第四章 ライバル

第21話 お礼

      ◇


 人類滅亡という野望をひとまずは諦めたラスティ。奪った『遺産』は魔剣たちに返還するという約束をして、彼はその場を去った。

 俺達は、いつまでもその背を見送るレーヴァテインに声をかける。


「……よかったな? またラスティに会えて」


 ラスティ直々に返された『遺産』――蒼い炎の封じ込められたサファイアを、さも大事そうに抱き締めるレーヴァテイン。すると何を思ったか、声をあげて泣き出した。


「ふえっ……! ぐすっ……ありがとうぅぅ……」


「ええっ!? いったいどうしたんだよ!?」


「博士を殺さないでくれて……また博士に会わせてくれて、ありがとうぅ……!」


「ちょ、そんな大袈裟な……でも、よかったのか? レーヴァテインはラスティの旅について行くのが夢だったんじゃ……?」


 御園の顔色を伺いつつも問いかけると、レーヴァテインは『ひっぐ』としゃくりあげながら続ける。


「それはいいんだよぉ! だって博士がボクのこと、『最高傑作』で、『いい子』って言ってくれたんだからぁ! その言葉だけで、僕にとっては十分すぎる。本当は、不安で仕方がなかったんだ。人造魔剣実験成果の中でも僕は先発組。その中で最高傑作と呼ばれても、後発組からしたら型落ちプロトタイプに過ぎない。でも、博士が僕を見てそう言ってくれたんだ。たとえ周りがなんて言ったって構わない。僕はそのために最強になりたい。博士の言葉は嘘じゃないんだって、証明するために」


「レーヴァ、あなた……」


「それに、去り際に頭もなでなでしてくれた。『がんばれ』って、『元気でね』って……僕、言われた通りにお嬢とがんばっていくよ……!」


「ううっ。レーヴァにそんなこと言われる日が来るなんて……! ありがとう……ふたりとも、本当にありがとう……!!」


つられて泣きべそな御園にも礼を言われ、見たことのないふたりの様子に俺もグレイもたじたじだ。


「うぅっ……よかったよぉ。今まで生きてて本当によかった。ああ、お礼なら、なんでもするから。僕にできることなんでもするから! ええと、まず手始めに謝礼を……いくら必要?」


 ぐしゅりと涙を拭いてレーヴァテインが懐から取り出したのは、判の押された白紙の小切手だった。あの、好きな額を自分で決められるやつ。それを見て『どうしてそんなの持ってるの!?』とぎょっと肩を震わせる御園。


「ぐしゅっ……博士に見合う金額なんて僕には決められないし、たとえ百億つけられたって文句を言いたいくらいだけど。それくらい、博士に会えたことは僕にとって大切な思い出だから……」


 涙でいっぱいのレーヴァテインの眼差しを見るに、本気で言っているようだ。

 百億という言葉に一瞬目を輝かせたグレイを『こら』と叱りつつ、俺はその小切手を束ごと受け取って御園に手渡した。だって、御園の家が火の車なのを知ってるのに、こんなの受け取れるわけがない。


「お金はいいよ、別に」


「……あれ? そうなの?」


「い、いいの!?」


 拍子抜けのレーヴァテインをよそに、どこかほっとしたような御園。その様子に、俺も胸を撫でおろす。


「なんでもって言うなら、そうだなぁ……俺からレーヴァテインにお願いしたいことがひとつある」


「……僕に? なぁに? 言っておくけど、いくら僕が美少年だからってキミに身体は売らないよ? 『優雅さと気高さをもって大きくなりなさい』は博士が僕にくれた最初の言葉だ。男と寝るくらいなら、博士との思い出を抱いて死ぬね」


「はぁあ!? そんなこと言うわけねーだろ! 俺をなんだと思ってる!?」


「思春期童貞おにーさん?」


「…………」


 ……ほんっとに生意気。


 調子を取り戻したみたいなのは何よりだけど、その一言は聞き捨てならない。


「余計なお世話だっ! つか、ほんと可愛くねーなお前!? あ~も~! たった今お願いがふたつに増えました~!」


「えええ~?」


 げんなりするレーヴァテインに俺は告げた。


「ひとつめは、その小生意気な態度を改めなさい! グレイのことを『ポンコツちゃん』ってバカにするのも二度とダメだからな?」


「え~? でもまぁ、グレイたちが博士を引き留めていてくれなければ僕は博士に会えなかったわけだし、そこは認めるしかないか。ありがとう、グレイ。正義感が強いのはダーインスレイヴに似たのかな?」


「えっ? ええ、まぁね……ふふっ!」


「卑屈で死にたがりなところが似なくてよかったね?」


「あ~! お父様をバカにしないでよ!?」


「おまっ、そういうとこだぞレーヴァテイン!」


「ふふふっ……♪ はいはい。それで? ふたつめは?」


「ええと、それは……」


 俺は一瞬御園の方に視線を向ける。


「金遣いが荒いのはちょっと……いや、そうじゃないか。ふたつめのお願いは、御園のことだ」


「お嬢のこと? そう簡単にキミのお嫁にはあげないよ? これでもウチの大事なお嬢なんだから」


「大事って……もう、レーヴァってば。えへへ……」


「はいそこ、安易に照れるな。チョロインかよ? つか、そんなんじゃなくって。俺は、レーヴァテインには御園の話をもっと聞いてやって欲しいんだ」


「お嬢の話……?」


 怪訝そうに首を傾げるレーヴァテイン。やっぱり、自分の行動が御園を困らせている自覚なんて微塵もないのだろう。いくら長生きだろうが生意気だろうが、やっぱり中身はまだまだ子ども。俺はそんなレーヴァテインに諭すように目線を合わせる。


「あのな? もう少し周りをよく見てみろって。御園はああ見えてお前に強く言えないとこがある。それは家の事情だったりもあるかもしれないけど、一番は御園がお前に優しすぎるからだと俺は思う。だから、御園が困ってたら助けてやって欲しいし、同じ魔剣使いのライバルとして、クラスメイトとして、俺は御園と競い合って強くなりたい。そのために、レーヴァテインにも御園と『仲良し』であって欲しいんだよ」


「僕とお嬢が、『仲良し』……?」


「ああ。契約とかじゃなくて、家族みたいに仲良くなれないのかな?少なくとも、俺はグレイのこと家族みたいに大切に思ってるよ。それは御園もそうなんじゃないか?」


 視線を向けると、御園はこくこくと頷いた。

 それを見て、一瞬驚いたようにレーヴァテインの瞳が大きくなる。


「お嬢、そう……だったの……?」


「そうよ?」


「そんなの今まで一言も……だって、僕は『家宝』で、代々受け継がれているだけの魔剣。そのくせいつまで経っても『最強』に至れないし、キミたち一族にとって、僕はもうただの権威の象徴なんじゃあ……?」


「レーヴァ、あなたそんなことを思っていたの? ただの家宝? そんなわけがないじゃない。だって、あなたは一緒に暮らして、話ができて……こんなにあったかいんだもの」


 御園がぎゅっと手を握ると、レーヴァテインは再び驚いたように御園を見上げた。


「レーヴァが生まれた頃はどうだったのか知らないけれど、魔剣がモノ扱いされていたのはもう随分昔の話よ? 今は、人と魔剣が手を取りあって強くなる時代なの。たとえ『外の世界』がどんなものであったとしても。私は、レーヴァと一緒に強くなりたいな? ねぇ、仲良くしてくれる?」


「お嬢……」


 御園よりも一回り小さく華奢な手が、きゅっとその手を握り返す。そして、御園はこれ以上ない程にあたたかい笑みを浮かべたのだった。


「一緒に『最強』を目指しましょう?『最強』になるのはあなただけの夢じゃない。私だって強くなりたいの。そうして、もしまたラスティ博士に会えたら、そのときは……私を最高のパートナーとして紹介してくれる?」


「……うん!」


 ふわりと明るくなる御園の顔を見て、レーヴァテインは呟いた。


「ねぇお嬢? 僕も学校……『本気で』行こうかな?」

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