第20話 決着
◇
――「 死 ね 」
よろめくラスティの首筋に、暗黒魔剣の刃が触れる。
『ダメッーーーーっ!!!!』
あと一歩。寸前で斬り込むことを止めたのは、変身を解いたグレイだった。
「どうして止めるんだグレイ!? こいつは諸悪の根源で、殺さなくちゃならないのに!!」
「それはダメだよ!!」
「どうして!? あと一歩! あと一歩なんだぞ!? それに、こいつはダーインスレイヴさんを――!!」
「もういいよ! ラスティは立てない! 世界も滅ぼせない! だから、もういいよ!」
「でも! 放っておけばこいつはまた……!」
(だから、殺さないと。殺さないと殺さないと殺さないと……!)
頭が真っ白になっていく俺の頬に、鋭い痛みが走る。
――パシーンッ!
「もうやめて!! さっきから目がコワイよ、研斗!」
(……っ!)
叩かれた頬をおさえて声の方を見やると、瞳に涙を浮かべたグレイがこちらを見つめていた。
「確かにこいつはお父様を……でも、それでも。殺すのはダメだよ。だって、もしラスティが死んだら、きっとお父様は悲しむだろうから……」
「グレイ、お前なに言って――」
「たとえどんな目にあわされても! 契約者は大切な契約者なの……!! それが、
(……!?)
だって、殺されたんだぞ?
それでどうして、殺した奴の死を悲しむんだ!?
(意味が、わからな――)
動転して視界が揺れる俺の前に、レーヴァテインが両手を広げて近づいて来る。
背後にラスティを庇うようにして。
「お願い……博士を、殺さないで……」
「な、んで……? お前だって、こいつのせいで大怪我を……」
「――それでも。僕は博士が大好きだから……お願い」
震える唇をきゅっと噛み、小さな両手で懸命にラスティを庇っている。いつも生意気なレーヴァテインのこんな姿は、見たことがない。
どうしていいかわからない俺に声をかけたのは、ラスティだった。
「どうやら、暗黒魔剣の殺戮衝動に呑まれかけているようだね? ボクを殺したくて、頭の中がいっぱいなんだろう? 絞殺、殴殺、刺殺……色んな手段でボクを殺す光景が浮かんでは消え、その光景をどうにかして現実にしたい衝動に駆られている。事実、魔剣の彼女が変身を解いていなかったら、キミの刃はボクの首を斬り飛ばしていただろう」
(……!)
「どうしてあんたは、それを知って……?」
「まぁ、経験者だからね。ボクも暗黒魔剣の持ち主だったんだから」
「…………」
これも魔剣の影響なのか。俺はどこか加虐的な思考をしていたようだ。グレイが引き留めてくれなかったらと思うと、途端に背筋が寒くなる。
「
きゅうっと俺の手を握るグレイの体温があたたかい。その温度に、思考が落ち着きを取り戻す。覚醒した
(ああ、やっぱり。俺達はふたり一緒じゃないとダメみたいだな……)
「ありがとう、グレイ」
礼を述べると、グレイは晴れ晴れとした笑みを湛えた。
「ううん、いいの。こちらこそ、覚醒しても私を手に取ってくれてありがとね? これからもよろしく、私のマスター!」
その声に、地に伏したダーインスレイヴさんが反応を示した。
「ん……私は――」
「ダーインスレイヴさん! 生きていたんですか!?」
「お父様!!」
駆け寄るとダーインスレイヴさんはよろよろと起き上がり、エクス=キャリバーに貫かれたはずの胸に手を当てる。
「傷が塞がっている……なんだ、まだ生きているのか。私は……」
「どうしてそんな残念そうなんですか!? いくら死んだ奥さんに会いたいからって、そういう顔するのやめてください!? とにかく、生きててよかった……!」
「お父様ぁ……! よかった、よかったよぉ……!」
俺達の仲睦まじい様子に、ラスティは穏やかな口調で声をかけた。
「おや? お目覚めかい? おはよう、ダーインスレイヴ」
「殺しておいて白々しいな、ラスティ?」
「だって、キミなら殺しても死なないと信じていたから」
「はぁ、お前は相変わらず……まぁいい。で? 一体どういう状況なんだ?」
その質問に、ラスティは――
「ボクの負けだ。人間を皆殺しにするのは、一旦諦めるよ」
「「「……一旦?」」」
「ああ、ひとまずは諦める。今は傷を修復させないといけないからね。いくらボクが再生能力持ちでも、その能力の暴走が原因でこんなことになってるんだ、こればっかりはおいそれと治せるもんじゃない。エクス=キャリバーの休息にも時間が必要だし、それに――」
(それに――?)
「キミたちを見ていたら、もう一度人間を信じてみたくなったのさ」
(……!)
「研斗君と、ダーク・イン・グレイヴ。ふたりは想いを共鳴させて『覚醒』に至り、見事にボクを打ち倒した。そんな姿がなんだか懐かしくって……久しぶりに胸があたたかくなったんだ。だから、キミたちに免じて今回は世界に破滅を齎すのを見送ってあげよう」
「諦め……は、しないのか……?」
伺うように視線を向けると、ラスティは何故かドヤっと胸を張る。
「それは、キミたち次第だ!」
「俺達……?」
「そう、キミたち。負けた上に、そもそもこの国にキミ達を閉じ込めているボクがこんなことを言うのもアレだけど、研斗君とグレイには、『外の世界』を見てきて欲しいんだ。ボクが見てきて、『滅ぼそう』と思った世界。それを今一度、キミたちの目で見て判断して欲しい。『滅ぼすべき』か、『祝福すべき』か――ボクは、その『答え』が出るまで待つ」
(……!)
「それって――」
「うん。世界の命運をキミたちが決めるってこと。その為に、魔剣と一緒に旅に出るんだ。どうだい? 楽しそうだろう?」
ニコニコと子供のような笑みを浮かべ、ラスティはエクス=キャリバーと顔を見合わせる。
「ボクらはキミたちが『答え』を出すまでの間に、世界を滅ぼすための力を蓄える。国民を洗脳する為に国の研究棟から出している『外に出なくてもいい』『この国で生まれて育つのが当たり前』と思い込ませる幸福周波も、微弱なものに設定を変えておこう」
「な――そんなもので、俺達は今まで操られていたのか?」
「幸福周波は急に全て無くすと世間が混乱するだろうから、弱めるだけにするよ。もしかすると、キミたち以外にも『外』に出ようとする者が現われるかもしれないけど、そのときはもう、ボクは止めたりしない。彼らの自由意思を尊重し、『外』への門を開くさ」
「ラスティ……あんた、随分と物分かりがいいみたいだけど……」
正直、俺にはまだ信じきれない。でも、言っていることに嘘は無い気がする。
本当に彼を信じてもいいのだろうか?
それに、俺達には危険を冒してまで言われた通りに『外』に旅に出てやる義理もない。だが、『外』の存在を知ってしまった以上は、このまま国の中でのうのうと生きていく気にならないのも事実。だって、俺もグレイと一緒なら、『外』に冒険に出てみたいと思ってしまったから。
そんな俺の戸惑いを察したのか、ダーインスレイヴさんは静かに頷いた。
「……大丈夫。ラスティは、ケント君を騙そうとはしていない。『外の世界』が気になるのなら、あとのことは気にせず行くといい。私もできる限り君とグレイをサポートしよう」
すると、グレイが不意に俺の服の裾を掴む。
「研斗……私、研斗と一緒に『外の世界』、見てみたいな? ラスティは、この国や私達に嘘をついていた。それは許せないし、まだ信用できないけど、でも、それでも……小さい頃から聞かされてきた『ラスティの冒険』にわくわくして憧れてきた私達の気持ちに、嘘はないと思うから……だから……」
きらきらとした金の瞳が、こちらを真っ直ぐに見据えて言う。
「一緒に行こう? 研斗!」
(……!)
「答えは決まったみたいだね?」
ラスティはにやりと目を細めると、おもむろに白衣のポケットから一本の短剣を取り出した。
「旅に出てくれるのは嬉しいけれど、キミたちはまだ若い。見聞を広めるという意味でも、学校に在籍する意味は大きいだろう。だから、コレを――出ておいで、ディメンションカリバー」
短剣の鞘をコツコツと叩くと、次の瞬間、その短剣は幼い少女に姿を変えた。
「わぁあ! なにこの子、可愛い! あなたも魔剣なの?」
――こくり。
見た感じ幼稚園生くらいの、薄紫色の髪をした女の子。
ぶかっとした白のニットセーターを一枚、ワンピースのように頭からすっぽりとかぶっている。首から下げたくまさんの形をしたポシェットを大事そうに握りしめるその少女は俺を見つめ――
「……おにぃたん?」
(……!?)
――訂正しよう。
その『幼女』は俺に挨拶を終えると、とてとてとラスティの後ろに隠れた。
「紹介しよう、この子はディメンションカリバー。わけあってボクの研究所で育てていた『次元を超える魔剣』だ」
「じ、次元を!?」
「とはいっても、ご覧の通りまだ幼くて。現在、過去、未来などの時空を超えることはできない。できるのは、せいぜい数百キロ単位の瞬間移動だけだ。だが、この子の力を使えば、キミたちは学業と冒険を両立させることができる。というわけで、貸してあげよう」
(!?!?)
あまりに軽すぎるラスティに閉口していると、エクス=キャリバーがため息を吐いた。
「……ラスティ。貴方はまたそうやって、貴重な研究を易々と手放して……」
「いいんだよ。ボクはもうこの世界に興味がない。だったらこの子はボクのところでなく、彼らと共にいるべきだ。だって、魔剣はみんな、旅をするのが大好きなんだから。そうだろう? ディメンションカリバー?」
――こくり。
小さく頷いた幼女は、俺とラスティの間できょろきょろと視線を行き来させている。
「……おじたん?」
「失礼だなぁ、ボクはまだ見ため的には『おにぃたん』だ。ほら、新しいおにぃたんはこっちだよ?」
そう言ってラスティは俺を指差す。
「帰って来たら、楽しい冒険の話を聞かせておくれ?」
――こくり。
「というわけで、この子のこと、頼んだよ?」
「ええっ!?」
突拍子もない展開に思考がついていけない。
「ってゆーか、その『おにぃたん』て呼ばせ方――」
「ボクの趣味だけど?」
平然と答えるラスティに、彼の魔剣であるダーインスレイヴさんとエクス=キャリバーは、同時に視線を逸らした。
「「…………」」
他人のフリをしたい気持ちでいっぱい、と顔に書いてある。
(――あ。ラスティってやっぱ変な奴なんだ……)
負けを認めた途端に毒気の抜けたラスティ。
戸惑いつつも、話は完全に彼のペースだ。
「あと、負けたボクなんかがこんなことを言うのは変な話かもしれないけれど。ひとつ、キミたちにお願いがあるんだ」
「「お願い?」」
改まって真剣な表情に、『今度は何が来るんだ?』と警戒する俺とグレイ。だが、次に彼の口から出たのは、思いもよらない言葉で――
「学校には、引き続き通ってくれないか?」
「え? 学校に……?」
ふたりして顔を見合わせていると、ラスティは今までにないような穏やかな表情で語りだす。
「この国は、ボクの作った箱庭だ。偽りの歴史に、偽りの教育、そして偽りの安寧……ボクの罪を数え出したらそれはもうキリがないけれど。でも、それでも……ボクはただ、魔剣の皆の喜ぶ顔が見たかったんだ」
(ラスティ……)
「だから学校も、通えばきっと楽しいはずのものになっている。だって、百年前の創設時、そうなるように学園長の『魔剣・グラム』と一緒になって三日三晩頭を絞ってカリキュラムを組んだんだもの。それに……」
懐かしそうに目を細めるラスティは一瞬、寂しそうに天を仰いだ。
「夢、だったんだ……」
「……夢?」
「うん。いつか、人と魔剣が対等に扱われる世界が来たら。
百年前、ラスティがまだ幼い頃、魔剣は道具として扱われるのが常だった。
ラスティと幼馴染のフランベルジュが暮らした村は小さな村で、住人は皆気立てが良く、大した魔剣差別は行われていなかったものの、学校へ通って教育を受けることができたのは人間だけだった。
当時、魔剣と一緒に学校へ行ってもフランベルジュの席は無く、『魔剣の持ち込みは禁止』と教師に言われて追い出されるのがせいぜいだった。
でも、フランベルジュは決して不貞腐れることなく、家に帰ると『おかえりラスティ! 待ってたよ、一緒に遊ぼ!』と言って、彼の手を引いたのだった。
目の前にいる研斗とグレイを見ていると、そんな懐かしい記憶がラスティの脳裏に浮かぶ。
「ねぇ……学校、楽しいかい?」
ふと振り向いたラスティの問いに、俺たちは――
「「それは、もちろん……!」」
顔を見合わせ、そう答えたのだった。
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