第19話 博士

 怒涛の勢いで降り注ぐ黒い魔剣を前に、さすがのラスティもエクス=キャリバーを構えた。


「薙ぎ払え、キャリバー」


「――【煌光剣・刹の閃】」


 一振りで、視界が真っ白になる。


(なにも、見えない――!)


 俺達が次に目を開けると、黒剣の半数がへし折られて地に刺さっていた。


「な――」


(斬ったのか!? あの一瞬で!?)


 息を切らすこともなく、数十本に及ぶ魔剣の分身を両断したラスティだったが、数ではこちらに分があったようだ。その身体には細かな切り傷がついていた。しかし、どれも致命傷には程遠く、すぐに再生してしまう。


「この、バケモノめ……!」


「ははっ! 言っただろう? 半人半剣のこのボクに、人間に対する致命傷が効くわけないって。この程度の斬り傷、ダーインスレイヴから貰った再生能力で――あれ?」


 一瞬、ラスティの動きが鈍くなる。主の異常を悟ったエクス=キャリバーが、焦った声を発した。


『どうかしましたか、ラスティ!?』


「な――身体が……熱い……?」


 初めて苦痛に顔を歪ませるラスティ。その傷口からは煙が立ちのぼり、呼吸に乱れが生じていた。


『それはいったい――』


「多分、熱暴走だ……治癒能力が傷に過剰反応して、急再生している。傷口が熱をもって――」


『再生能力を使い過ぎたということですか? こころなしか動きも鈍いようですが、それもその影響で――?』


「いや、これは拒絶反応だ。細かな再生を繰り返し過ぎたせいで、ダーインスレイヴの刃から得た魔剣細胞が、ボクのヒトとしての細胞と反応を起こしている……血中の魔剣細胞が錆びついて、身体が思うように動かない……! くそっ、ダーインスレイヴめ。この期に及んでボクの邪魔をするっていうのか……!!」


『それは――どうにかならないのですか、ラスティ!?』


「残念ながら、錆びついた細胞を元に戻すには専用の抗血清が必要だ。ただ、その薬はまだ開発途中で、試作品も今は手持ちがない……」


『そんな……!』


 白い肌をより蒼白にして額に汗を滲ませる姿に、俺は勝機を見出した。


「いけるぞグレイ! このまま攻撃を続ければ、ラスティは動けなくなる!」


「……!」



 身体が軋むラスティの目に、年若い契約者と、魔剣の少女の姿が映った。


 ――目の前の悪を倒せる。

 そんな希望に満ちた眼差しは、かつて自分もしたような、そんな眼差しだった。


(あぁ、こんなところで、迷っている場合じゃないのに……)


「ボクは、世界を――人間を、滅ぼさないといけないのに……」


 油断し過ぎた。想定外だった。


 研斗とグレイというふたりが見せた人間と魔剣の絆は、それほどまでに強く、眩く、もう自分が手にすることは叶わない光。

 自分と彼らとでは、圧倒的な戦力差があった。通常ではありえない劣勢に立たされているというのに、そのことが、何故か心をあたたかくさせる。


(けど、負けるわけには――!)


 錆びついた指の関節に力を込め、ラスティは魔剣を握りしめる。すると、手元の魔剣が不意に変身を解いた。


「――ラスティ。あなたがどうしても負けたくないのなら、私は躊躇いなくアレを使います」


 覚悟を灯した目。それは、フランベルジュが最期に使ったあの技を、キャリバーが使おうとしている証拠だった。


「この身を以て、最大級の一太刀を。彼らもろとも、一撃のもとに。この世界を滅ぼしてみせましょう――」


魔剣の命と引き換えに、全ての力で目の前の敵を屠る最大の攻撃――

――灯の奥義。


(ああ、やめてくれキャリバー……キミまでそんな眼差しで、ボクを見ないでくれ……!)


 フランベルジュの最期の顔を、嫌でも思い出してしまうから。


 それは、なんの迷いも悔いもない、晴れやかな笑顔だった。

 まるで初めて冒険に出た、あの日の晴天のような。


 魔剣たちはいつだって、契約者のために尽くしてくれてしまう。それが魔剣かれらの使命で、生きがいで、誇りだから。

 でも、そんな彼らは考えたことがあるのだろうか? そうやって遺された者が、どんなに寂しい気持ちになるのかを。


「……やめろ。ボクは、誰かがアレを使うところは二度と見たくない」


(その為に、この身を『魔剣喰い』にしたっていうのに……! ボクが弱いせいで、自分で戦えないせいで、もう二度と、大切なものを失いたくないから……)


「頼むからやめてくれ、キャリバー」


「ですがラスティ、それ以上は……」


「わかってる。次で終わらせるさ。キャリバー、もう一度変身を」


 ラスティは輝く魔剣を手に詠唱した。同時に、危機を察した少年が自らの血を魔剣に分け与え、全力の構えを取ったのがわかる。おそらくは、向こうも奥義を放つつもりなのだろう。


(さぁ、キミたちの絆を、強さを。見せてくれ……!)


「――【希望を灯す魔剣エクス=キャリバー救世の光ディザイア】」

「――【暗黒魔剣奥義・永久ノ生贄ユア・サクリファイス】!!」


 少年の叫びと共に、彼らの全てを込めた闇の衝撃波が襲い掛かる。手元のエクス=キャリバーも同様に光の奔流を放っているというのに、それを持つ手が軋んで支えきれない。

 ラスティは、観念したように呟いた。


「ねぇ、キャリバー? ボクはまだ、人を信じてもいいのかな……?」


 彼の魔剣もまた、全てを察したように呟く。


『貴方の望むままに。私は、どこまでもお供致します』


 自分への信頼に満ちた、魔剣の言葉。脳裏に、フランベルジュの声が蘇る。


 ――『これからも、ず~っと一緒にいようね? ラスティ!』


 目の前には暗黒魔剣の一撃が迫り、視界いっぱいの闇に包まれているはずなのに。


(ああ、どうしてこんなに、眩しいんだ……)


「……ありがとう」


 ラスティの手から魔剣が零れ落ちようとした、そのとき――



「 博 士 !!!!」



 背後から、聞き覚えのある声が響いた。


「な――レーヴァテイン!?」


(どうしてここに……!?)


 思わず振り返った拍子に、少年らの攻撃があらぬ方向に逸れた。

 闇の奔流の先には――


「レーヴァテイン!!」


(キャリバーは……ダメだ、奥義を放った反動で動けない!)


 ラスティは魔剣を放り出し、すかさずその前に割って入る。そして、左腕を振りかざした。


(間に合え……!!)


「……っ!!!!」


 黒い光がぶつかる激しい衝撃に思わず目を瞑る。左半身が痺れ、骨が砕け散りそうだ。しかし、ラスティの左腕から突如としてあらわれた白い盾は、レーヴァテインを守りきった。


「……怪我はないかい? レーヴァテイン」


 背後に庇ったレーヴァテインを見やると、涙の滲む幼い瞳と目が合う。


「博士……? どうして……?」


「ダメじゃないか。急に飛び出すと、危ないよ? どうして来たんだい?」


「それは、エクス=キャリバーっぽい光が見えたから……もしかしたら博士かも……って、そうじゃなくて! どうして博士が戦ってるの!? 魔剣じゃなくて、!!」


「…………」


「その白い盾は、魔剣エクス=キャリバーの変化した姿なんかじゃない……じゃないか!? それは博士の……骨なんでしょう!?」


「ふふ。ボクはもう、魔剣みんなに守られるだけのボクじゃない……ってことさ?」


 半人半剣の『魔剣喰い』としては未完成な身体。いくら体内に魔剣の細胞を取り込んでいるとはいえ、ラスティは未だに自身を剣に変化させる技術を会得できないでいた。それ故に、自身の骨を剣や盾のように硬化させるといった中途半端な形でしか、形態変化をすることができない。


(できればレーヴァテインこの子には、『魔剣喰い』だって知られたくなかったんだけどなぁ……)


 その為に、わざわざキメラ人形を使って『遺産』の回収を行ったのに。この姿を見られたんじゃあ、隠し通せっていう方が無理だろう。

 ラスティは、『博士がヒトでなくなった』という事実を受け入れられずに尚も震えるレーヴァテインの頭を撫でた。


「……ごめんね、レーヴァテイン。キミを傷つけるつもりなんてなかったのに、ボクの調整が不十分で、自律人形キメラたちが暴走してしまった。『遺産』の回収が第一目標となってしまって、キミに毒を盛るなんて……」


「そんな……! あの襲撃は博士の仕業だったの……? でも、言ってくれれば僕は博士に快く『遺産』を渡したのに!! なんで!?」


「それは……」


 純真に自身を慕うレーヴァテインには、『遺産』を回収する目的――自分が人類の滅亡を目論んでいるなんて知られたくなかった。

 彼の中の『博士』は、いつまでも『優しい博士』のままでいて欲しかったなんて……未練がましいだろうか?


 そんな風に『炎の魔剣』にばかり甘いから、ダーインスレイヴはレーヴァテインの元に『遺産』を逃がしたのかもしれない。きっとボクは炎の魔剣には手を出せないと見越して……

 確かに、ボク自身の手では難しかったかもしれないな。 ボクは炎の魔剣を前にするとどうしてもフランベルジュを思い出してしまうから、強く出れないんだ……


 言い淀んでいると、遠くから研斗少年の声がした。


「離れろレーヴァテイン! そいつはもう、お前の知っているラスティ博士じゃない!! 世界に覇滅を齎す――『白い悪魔のラスティ』だ!!」


「は!?」


「そいつが『遺産』を回収する目的は、その魔力を利用して人間を滅ぼすことなんだよ!!」


「え……? 博士が……? どうしてそんな、人間を滅ぼすなんて……」


「レーヴァテイン、キミが知る必要はない。キミは今まで通り、キミの主人の元で『最強』を目指しなさい」


 そう告げると、レーヴァテインはこれまでにないくらいに声を荒げる。


「どうしてそんなこと言うの!? 僕は――僕が『最強』になりたいのは、博士の魔剣になりたいからなのに! 博士に、一緒に連れて行って欲しいからなのに!!」


「それはダメだ」


「なんで!?」


「だって、キミはボクの最高傑作で、とってもいい子なんだから……」


ボクの隣悪役は、似合わないよ……)


「ほら、キミの主が心配しているよ。そっちにお帰りなさい」


 息を切らしてやってきた、優しい目をした少女の方を指差す。

 ボクは、心配して駆け寄ってきたキャリバーに肩を借り、ふらつく身体に鞭を打って少年たちに向き直った。


「はは、まいったなぁ……ボクの負けみたいだ」

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