第18話 災禍


      ◇


 黄金の切っ先が、俺の首筋を両断せんと狙いを定める。


 その瞬間――


 ――「させないと言っただろう」


「……!!」


『お父様!?』


「ダーインスレイヴさん!?」


 俺達を庇ったのは、漆黒の外套を血に塗らした暗黒魔剣だった。その胸には黄金の剣が突き刺さり、ずぶりと鈍い音を立てて身体を貫いていく。


「ぐっ……!」


『……ダーインスレイヴ。またあなたですか……』


 黄金の剣から凛とした女性の声が響く。ダーインスレイヴさんは胸元に刺さった刃に視線を落とし、それを引き抜こうと鷲掴みにした。


「エクス=キャリバー……お前にこうして貫かれるのは、何年ぶりだろうか。聖騎士戦争以来か……?」


『はい、五百年前です。私とあなたがラスティの魔剣になる以前のことでしたから。しかし、人類史においてアレは、災禍討滅戦というのですよ?』


「ふ、災禍……懐かしい呼び名だ。お前の刃は相も変わらず……憎たらしい程、鋭いな……」


 苦々しげに剣を引き抜いたダーインスレイヴさんは口から血を零し、その場に崩れ落ちる。


『お父様!!』


「はぁ……グレイ……無事で、よかった……」


『いや! お父様!』


「グレイ……よく、聞きなさい。大切なものは、たとえどんなことがあっても、必ず自身の手で守り通せ……ケント君は、お前が必ず――」


『お父様! お父様!! イヤぁあああ!!』


 グレイの叫び声は、最後までダーインスレイヴさんの耳に届くことは無かった。


「さすがのダーインスレイヴも、これで終わりかな?」


 血に濡れた魔剣を片手に、ラスティが飄々と近づいてくる。


「いやぁ、キミには参ったよダーインスレイヴ。まさか契約者ボク無しで数百の分身まけんを操った挙句に、ボクの左肩を斬り落とす直前まで負傷させるなんて。おかげで再生させるのに時間がかかっちゃった。ねぇ、キャリバー?」


『あのときはごめんなさい、ラスティ。貴方を守り切れなかった……肩の怪我は大丈夫ですか?』


「大丈夫、大丈夫。ダーインスレイヴから貰った再生能力があるからね。それに、もし彼が全盛期だったら、数千の魔剣で串刺しにされて四肢を貫かれていただろうから。肩くらいどうってことないよ。にしても――」


 動かないダーインスレイヴさんに視線を落とし、ラスティは尚も続ける。


「ただでさえボクに刃を差し出して、戦闘力は全盛期の七割も出せていないっていうのにさぁ? それでよく即死レベルの傷から再生直後に助太刀に来るなんて真似できるよねぇ?」


「…………」


「そんなキミが、契約者であるこのボクに勝てると思ったのかい? それともまさか相討ち覚悟? あと何回死ねるのかもわからないっていうのに。人間であるあの少年が人類共々殺されたら娘が悲しむからって……父親っていうのは、娘の為にそこまでするものなのか? 子供のいないボクにはわからないな」


 黄金の剣先が、ダーインスレイヴさんの喉に狙いを定めた。


「そんな親バカには、少し黙っていてもらおうか。これ以上、邪魔されないようにね……!」


「なっ――てめぇ……! やめろ!!」


 即座に攻撃を止めようと魔剣グレイに視線を向けるが、肝心のグレイはただ呆然と動かない父親に言葉をかけていた。


『お父様……そんな……ヤダ、死なないで……』


 次第に泣き声に力が入らなくなるグレイに、ラスティは優しく目を細める。


「大丈夫だよ、お嬢さん? たとえ人間を滅ぼして、キミの契約者がいなくなったとしても。キミみたいないい子な魔剣が幸せに暮らせる世界を、きっと作ってあげるから。だから、ダーインスレイヴも……安心して、死んでおきなよ!!」


「やめろぉおおおおっ!!」


 振り下ろされる魔剣の前に、俺は飛び出した。


(許さない……!)


 ダーインスレイヴさんがラスティに負けたのは、戦闘力が衰えていたからとか、そんなんじゃない。

 魔剣は契約者を守る――それが誇りで生きがいなんだ。たとえどんな理由があったとしても、契約者であるラスティと本気で戦えるわけがなかったはずだ。それなのに!


(許さない、許さない……!)


 魔剣と一部の人間たちをこの国に閉じ込めて、偽りの歴史を擦り込んできた。ラスティは皆の英雄だって、信じてたのに。本当はずっと、憧れていたのに……!


(許さない、許さない、許さない!!)


「あああああ……!」


 手元が震える。視界が揺れる。

 もう、頭の中がぐちゃぐちゃで、何も考えられない。


『研斗!!!!』


 暗黒魔剣の声に応えるように、ただ、叫んだ。


「俺が、俺達が! 切り刻んでやるよ!!」


「ふふっ。いいねぇ、その顔。人間が狂気に呑まれていく顔だ。初めてダーインスレイヴと契約したときを思い出す……」


「黙れ!!」


「――【黒き魔剣の五月雨よ、我が血を以て降り注げ】――【災禍の黒雨カラミティ・フラッド】!!」


 詠唱した瞬間。頭上に無数の魔剣が顕現し、ラスティめがけて降り注いだ。


「死に晒せっ! ラスティィイイ……!!」


 俺とグレイの怒りを具現化したような、黒い魔剣の雨。

 ラスティは俺達を侮っているのか、また再生すればいいとでも思っているのか。それを弾くエクス=キャリバーを振るう手はどこか投げやりだ。それどころか、自身に付いた細かな傷が修復する様子を眺めて観察している。


「ククッ……! 素晴らしいねぇ、ダーク・イン・グレイヴ。やはり、怒りや憎しみという感情は、魔剣の力を爆発的に高めるトリガーなようだ。そして、それらの想いが同調すればするほど、人間と魔剣の絆は強くなる。一瞬の儚い煌めきとはいえ、時にこのボクの予想を上回るほどに。けど、この勢いで攻撃を続ければ、契約者くんの方はその感情に呑まれてしまうんじゃあないのかな?」


(……!!)


「胸の奥が熱くて、肺が苦しいだろう? なのに頭はスッキリしていて、空がどこまでも広がるように心地がいい。魔剣を振るえば振るう程、自分が自分でなくなっていく――いや、正確には、何かを超越した心地になる……」


「はぁ、はぁ……黙れ……」


「気持ちいいよねぇ? 身の内に燻る力を放出する解放感。全ての生殺与奪を握り、蹂躙する感覚……それが、暗黒魔剣の魔性の快楽だ」


「……うるさい……」


「人間には、生まれた時から闘争本能が備わっている。人間がそういう造りをしている以上、その快楽に意図的に抗うことは難しい。だが強い意志があれば、その感情を、欲望を、制御することが可能だ。さぁ、見せてくれ。キミたちはその快楽に抗えるのか? その狂気をどうやって乗り越えるのかを……!」


――(そしてもう一度、人間と魔剣の絆を、可能性を……)


「見せてくれよ、ミツルギケント!!」


 ラスティに煽られ、俺とグレイの想いがひとつになる。

 ただ、こいつを倒したいと。


「やって、やるよ……! グレイ、全方位から集中攻撃! 逃げ場を与えず傷をつけ続ければ、出血多量でラスティは動けなくなる!! もう一回だ!」


『任せて! 今度は百本魔剣ぶんしんを出すから!!』


『「――【災禍の黒雨カラミティ・フラッド】!!」』


 怒涛の勢いで降り注ぐ黒い魔剣を前に、さすがのラスティもエクス=キャリバーを構えた。


「薙ぎ払え――キャリバー」

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