第17話 理由


 世界を、滅ぼそうと思った。


 こんな汚くて醜い世界、『彼女』が守る価値も無かったこの世界なんて、無くなってしまえばいいのにと。


 でも、できなかったんだ。


 彼女が命を賭けて守った世界をボクが壊すなんてできない。だってそれじゃあ、彼女が命を散らした意味がなくなってしまうから。


 だからボクは旅をした。この世界の価値を、もう一度確かめるために。そして今度こそ、彼女との約束を果たすために。


(――フランベルジュ……)


      ◆


 フランはボクの幼馴染で、ボクの初めての魔剣だった。


 彼女という一振りを携えて、ボクは意気揚々と旅に出た。

 『最強の魔剣』を探しに。



 『いつか最強の魔剣に出会って、手合わせしたい。そうして最強になりたい!』


 それが、彼女の口癖だった。


 『ねぇラスティ。次の街はどんなところ?』


 『さぁ、どんなところだろう? 美味しいものが沢山あるといいね?』


 『も~う! 強い魔剣はいないの? 私より強い魔剣はさぁ!!』


 『東と南大陸は、あらかた倒し尽くしたからね。そのうちの何人かは、ボクらについてきてくれたし。もうリュックがいっぱいだよ』


 『まだまだ! 世界はあと半分残ってるよ!』


 どこへ行くのも、一緒だった。

 小さい頃から。朝も、昼も、夜も。


 フランはその赤く煌めく刀身のように、きらきらとした笑顔の絶えない子だった。

 どんな強敵にも果敢に挑み、燃えるような勇気と情熱を秘めた魔剣。明るくて、前向きで、陽だまりみたいにあたたかいその笑顔に、何度励まされたことか。

 人より少しだけ収集癖が強いだけのボクが伝説の冒険者と呼ばれるようになったのも、すべては彼女のおかげだった。


 でも、彼女は旅の途中で命を落としてしまったんだ。僕を庇って、その身を挺して、強大な力を持つ敵の前に立ちはだかった。

 結果、彼女は折れてしまったんだ。儚い火の粉が、舞うように。


 ――『ラスティ、いままでありがとう』


 炎の刀身は揺らめいて……粉々に砕け散った。僕の、目の前で。


 ――隣に彼女がいる。ただそれだけで、ボクにとっては十分だった。それなのに。


  僕らは『最強』を求め、旅に出た。そして――


  最も大切なものを、失ったんだ。


      ◆


 エクス=キャリバーは、失意と共に旅することを辞めたボクに、その後も甲斐甲斐しく尽くしてくれた。


「ラスティ。彼女はもう、帰ってこない」


「…………」


 ――知ってるよ。


 そんなこと、ボクが誰よりわかってる。

 ボクの愛した彼女、フランベルジュはもういないんだって。


 粉々に砕けた欠片をどれだけ拾い集めようと、フランベルジュの刀身が再生することはなかった。どれだけ手を尽くしても。どれだけ懺悔し、祈り、願っても――


「ですが、貴方の中で、生き続ける」


 キャリバーは、そんなボクに生きる気力を取り戻させようと、ある提案をしてきた。それが、『エクス=キャリバーⅡ計画』だ。

 キャリバーをはじめとする、より強力な魔剣同士を交配させる禁忌の実験――非人道的で生命のへ冒涜とも思われるその計画に、ボクも最初は反対した。しかし、ボクを慕ってくれていた多くの魔剣が、あろうことか自ら実験への参加を名乗り出て、結果としてその計画を成功させたんだ。


『彼女』、フランベルジュとの約束――『最強の魔剣を手にする』という目的を果たす為に。


 レーヴァテインも、その過程で生まれた子だった。

 『契約者との絆を深めることで覚醒する』というその特性上、残念ながらボクの旅に連れて行くことはできなかったけど。

 だって、そのときのボクは既に半分以上狂ってしまっていたから、そんなボクと絆を結んだところで、彼にとっていい結果になるとは思えなかったんだ。


 そうして、最後に生まれた『最強の子ヴァレリア』を引き連れて、ボクは二度目の旅に出た。


      ◆


「旅をして、何を見た?」


 延命のため、刃の欠片を貰う目的で一時帰国したボクに、ダーインスレイヴが問いかける。


「――何も。何もだよ。この世界は常に醜い欲と争いに満ちている。停戦なんて口先ばかりで、アメリカは常にソビエト連邦や中国と腹の底で探り合い。魔剣についても、この国を一歩出れば未だにモノ扱いされていて、高値で売買されているところもあるんだ」


「だが、ラスティが世界を救った影響で、魔剣に対する理解が進んでいるところもあると聞くが?」


「それはほんの一部さ。人間っていうのは、そうそう変わらないものなんだよ」


 事実として、ボクが多大な犠牲を払って世を救ったあと、世界はボクを歓迎した。しかしそのことが、ボクをどれだけ苦しめたことだろう。


 国々はボクを勇者だ、英雄だと湛え、こぞって国賓として自国へ迎え入れようとした。まつりごとに利用する為に。

 それに嫌気がさしたボクが冒険者を辞めて研究者へと身を転じると、今度は多額の出資金を投じ、研究成果のおこぼれになんとかして与ろうと頭を垂れてくる。


『ラスティ博士の研究が進めば、魔剣の保護活動にまた大きな一歩が――』


 ――なんて。

 その裏で保護した魔剣を改造して軍事実験に利用していたのは、どこの国の政治家だったっけ? もう随分前にみんな殺してしまったから、よく覚えていない。


 どいつもこいつも口では綺麗ごとばかりで、頭の中は自分の利益のことばかり。そんな欲にまみれた人間に、ボクは嫌気がさしていた。


 結局、ボクが二度目に旅をして得たものは、そんな絶望だけだった。


(どうしてこんな世界のために『彼女』が命を賭さなければならなかったんだ?)


 胸に残ったものは、無念と後悔。


 ボクと彼女の生まれた世界は、旅した世界は、あんなにも美しかったっていうのに。ボクと彼女が守った世界は、こんなにも醜かったというのか?


 ――だから滅ぼす。


 ボクが、魔剣みんなを守るために。

 そのためにはもっと命が、『ラスティの遺産』が必要だ。


      ◆


「この世界は滅びるべきだ。ボクらの国以外はね」


 その為に、ボクはフラムグレイス独立国を作った。


 なんとなく、こういう結論になるんじゃないかって思ってたんだよ。だったら、いざ世界を滅ぼす時になって『ここだけは守ろう』っていう場所がひとつでもあれば、そこに大切な魔剣たちを避難させておくことができるだろう?

 それに、ボクの留守中に研究所が襲われて、住んでいる魔剣たちに危険が及ぶのを防ぐ目的もあった。だから二度目の旅に出る前に、ボクは仲の良かった魔剣――『十剣』に後を任せて、この国を守るようにお願いしたんだ。


「この国は、ボクの作った箱庭だ」


 目の前で魔剣を構える真っ直ぐな目をした少年に、ボクは告げた。


「百年前に『白の英雄』ラスティ博士は姿を消した。教科書ではそう習うけど、それはこの国の中だけの話だ。この国に住む者たちは、実はラスティ博士ボクが生きていて、国の外では『白い悪魔』と呼ばれていることを知らずに育つ。そして、外では魔剣たちが今も尚差別に苦しんでいることも」


「……!」


「この国の人々は思ったことが無いだろう? 『国の外に出たい』だなんて。旅行でもなんでも。だって『そう思わないように』、ボクが歴史を生み出してきたのだから。それに、中央の研究棟からは『この国で生きて死ぬのが当たり前』と思うように、そういう周波が発せられている」


『そんな……!』


「偽りの歴史に、偽りの教育……それ故に、偽りの安寧の中で、魔剣たちはのびのびと育っていくことができているんだ」


「それじゃあ、俺達の信じていたものは……」


「全てが、ボクの作ったハリボテだ」


 告げるや否や、みるみるうちに戦意を失っていく瞳。

 自分の中の価値観が音を立てて崩れていって、今にも泣き出したい気分だろうに。でも、それでも手にした魔剣だけは決して離さない。そんな少年の様子に、ボクの心には戸惑いが生じた。


(人間の中にも、まだ彼のような優しい存在がいるのだろうか……?)


 ――でも、ボクはもう狂うところまで狂ってしまった。

 今更ここで、立ち止まるわけにはいかないんだ。


「ごめんね、憧れのラスティがこんなので。幻滅しただろう?」


(本当に、ごめんね……)


「だからボクは、『白い悪魔のラスティ』の存在を知ってしまった者は――全員殺しているのさ!」


 未練を断ち切るように、ボクは魔剣キャリバーを構えた。

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