第三章 帰ってきた英雄
第14話 覚醒
◆
グレイの父親の血に濡れた白衣を纏った、銀髪の青年。そして、レーヴァテインや罪なき魔剣を襲撃し、その刃を喰らう凶悪犯『魔剣喰い』――それは、幼い頃から聞かされていた、この国の建国者にして救世の『白の英雄』、ラスティ博士の成れの果てだった。
――信じたくない。
だが、目の前に佇む男の瞳から滲みだす狂気が、執着が。否応なしに真実を突きつける。
俺は、震える唇を開いた。
「この国に住んでる人間なら誰だって知ってる。あんたは誰よりも魔剣の想いを理解し、その心の
「……そうだよ? ボクはこの世の誰より、魔剣の気持ちがわかる人間だ。だからこそ、今そこで突っ立っている彼女がどうしようもない絶望に満たされ、怒りに震えているのがよくわかる」
ラスティは長めにもさついた銀髪をくるくると遊ばせながらそう返すと、目の前で俯いていたグレイをちらりと見やった。
「父親の胸に風穴が空いた姿は、年頃の女の子には少し刺激が強すぎたかな?」
「…………!!」
憧れていた英雄の口から語られる、信じたくない言葉の数々。
だが、ここまで言われて黙っていられる俺達ではない。
「あんたのせいで、お父様は……!」
錆びかけた鈴が鳴るようにか細くて、それでいて大気が震えるような声。同時に、俺の中にふつふつと『何か』が湧き上がる。
これは、このドス黒い感情はおそらく――
――『殺意』。
俺たちとダーインスレイヴさんの気持ちを踏みにじったラスティへの、明確な怒りだった。
「お父様はラスティのことが大好きだった。昔から、一緒に旅をしたときのことを嬉しそうに沢山話してくれた。それは、百年経っても変わらない。それなのに……」
零れ落ちそうだった涙が、ひとしずく。音もなく地に落ちた。
もう、我慢の限界だ。
「ダーインスレイヴさんは、俺にとっても父親みたいな存在だ。……グレイ、いいな?」
「研斗……」
答えは、言われなくてもわかってる。
だって俺たちは、この世で最も大切な――
俺達は、一斉に声をあわせた。
「「――許さない!!!!」」
抑えきれない感情に、瞳が震え、呼吸が乱れる。
「来いグレイ! お前が本当に『呪われし魔剣』なら、契約者である俺の感情――怒りとか憎しみとかで強くなったりできるだろ!?」
「……!!」
「どうなったって構わない! 覚醒して
――『覚醒しろ、グレイ!! 俺に、目の前の敵を屠る力を!!』
その『願い』に、俺の魔剣が応えた。
「――【来たれ、力の奔流。覚醒の渦。我が契約者の呼びかけに応えよ――】!」
(これは……覚醒の呪文?)
「――【満たせ、壊せ、想いのままに。目に映るあまねく命を手折り、愛しい貴方へ深紅に染まりし花束を贈ろう――】」
金の瞳は輝き、周囲の闇がグレイを中心に渦を巻く。
「――【覚醒の詩・葬送】」
最後と思われる詩を紡ぎ終えた瞬間。グレイが、生まれて初めて魔法を発動させた。いや、正確には自身を覚醒させる呪文を唱えたのだ。
美しい黒髪がさぁっと靡いたかと思うとどこからともなく現れた闇に身を包み、瞬く間にグレイは一振りの剣に姿を変えた。
俺の手元に握られた、その魔剣は――
『嘆きを封じ込めし魔剣――【
「レクイエム……?」
そう呼ばれた身の丈ほどある魔剣は黒く輝き、まるで星屑を散らしたように柄に埋め込まれた金の宝珠からバチバチと稲妻を迸らせる。その稲光はときに白く、ときに黒く。グレイの感情を映しているかのようだ。
(なんだこれ……大きさは変わらない筈なのに刀身が異様に軽い。まるで羽みたいだ。それに、この漆黒の輝きは、いままでに無いくらい綺麗で鋭くて……)
『いいからしっかり握って研斗! 私を使いこなせるのはあなた以外にいないんだから! 私は、研斗と一緒がいい。研斗と一緒なら、この呪われた力も正しく使える! そうでしょう!?』
「……!」
(わかる、わかる……! グレイの気持ちが伝わってくる!)
これは幼馴染だからとか、契約者だからとか。全部ひっくるめて俺とグレイの絆なんだっていうのがわかった。知らない筈なのに魔法の呪文が浮かぶ。わからない筈なのに、剣の振り方がわかる。
俺は無尽蔵に湧き上がるその力に全て、身を委ねた。
「ああ、そうだな……やってやる。死に晒せ……ラスティ!!」
「――【影断ちの閃】!」
思いのままに振りかぶり、脛に一太刀を浴びせると、まるで鎌鼬に悪戯されたかのようにラスティの脚がスッパリと裂け、血飛沫をあげた。
「――!」
(すごい! 当たった手ごたえは確かにあるのに、ブレや反動を全く感じない!これが、『覚醒』した魔剣の力……!)
思わずごくりと喉が鳴る。覚醒したグレイの切れ味はまさに異次元で、今までに感じていたような重さもギクシャクとした違和感も全くなかったのだから。
だが――
「あぁ……痛いじゃないか……」
ラスティは、その場から一ミリたりとも動いていなかった。
「ふふ……相変わらず暗黒魔剣はよく斬れるねぇ? ボクが纏ったキャリバーの
あろうことか、口の端を歪めて笑みさえ浮かべていたのだ。
「けど、この程度なら、剣を抜くまでもないな……」
「――は?」
ちらりと脛を見やるラスティ。その傷口が、みるみるうちに塞がっていく。
「なっ――再生能力だと!?」
『嘘でしょう!? だって、ラスティは人間で――』
そこで、気が付いた。俺達の目の前にいるのは、魔剣の刃を喰った『
「まさか、魔剣の力を得る為に、魔剣を喰っていたっていうのか……?」
「ふふ、ご明察。半人半剣のボクにとって、『人間に対する致命傷』なんてかすり傷程度にしかならないってこと」
「でも、人間に魔剣の力を取り込む実験は、人体実験の必要性があるから頓挫して、永久に封印されたって習――」
『まさか――!』
どこか誇らしげに細められた目が、その先を肯定した。
「そのまさか、さ。人間を魔剣にする人体実験について研究をしていたのは、他でもないこのボクだ。そして、国際機関から研究の永久凍結を命じられた後も密かにそれは続いていた。その成果がボクであり、柊邸でキミ達を襲った人形、ってわけ。まぁ、要は人間をベースにしたヒトと魔剣のキメラみたいなもんさ。ああ、勿論魔剣は一本も殺してないよ? 魔剣の方は……ね?」
「……!!」
「まぁ、そんなこんなで、救世の英雄も今ではしがないマッドサイエンティスト。世界に破滅を齎す諸悪の根源ってわけだ。でも、おかげでダーインスレイヴの刃から『他者の命を糧に、再生する』という特殊能力を得ることに成功した。ボクの研究も、決して無駄ではなかったんだよ? 現にボクはこうして、キミの父親の能力で細胞を再生させ、百年という月日を生き長らえている」
『え? 今、なんて――? だって、お父様の特殊能力は人の命を糧にするから、「もう二度と使いたくない」って――』
手元のグレイから血の気が引いていくのを感じる。
同様に、俺の背筋も凍りついた。
「つまりあんたは、人殺し……なのか?」
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