第13話 英雄と魔剣
「ラスティ。お前は……『人間をやめる』つもりだな?」
「へぇ……?」
「魔剣は人間と異なり、その刀身が朽ちるまで命が尽きることはない。『魔剣喰い』を続けることで体内に金属物質を取り込み、その身を魔剣に近づけるのが目的なのだろう? 今までという百年余り、私が自身の刃を削って与えていた『命を喰らう能力』で延命していたお前だが、遂に私の分だけでは足りなくなったというわけだ」
「…………」
鋭い視線。
そろそろ、とぼけているのも無理になってきたかも。
「伝説の英雄として凱旋し、望むものはなんでも手に入れられる境遇にいたはずのお前が『魔剣喰い』に身を堕とし、『ラスティの遺産』の保持者を次々と襲撃した。そのうえで、私たち『十剣』に託していた『遺産』に込められた魔力を利用しようとしてまで寿命を延ばしたがる理由……人間を滅ぼすこと以外には、考えられない」
「ふふっ……ふふふっ……!」
あ~あ、ここまでか。できれば穏便に事を済ませたかったのだけど……
「さ~すが、ダーインスレイヴだなぁ? ボクのことはなんでもお見通しってわけか」
「…………」
「――そうさ。この世界に――『人間』に価値は無い。だからボクは、この世の全ての人間を滅ぼすよ。そうして新しく、魔剣だけでより良い世界を作るんだ」
「そうか……」
「ああ、その通りだよ! ボクは人間を滅ぼすために、『魔剣喰い』になった! だって、
ほんと、嫌になるよね。
「だから、その全てを駆逐するまで、永く永く……最後のひとりが死に絶えるまで、見守ってあげなきゃいけないんだ。その為には、人間であるこの身はあまりに脆すぎる。生物的にも、寿命という意味でも」
「……だから、自身も『魔剣になる』と?」
「ああ。ボクが誰より『魔剣』を愛しているのは、ボクの魔剣であるキミなら、知っているだろう?」
「……違う。確かにラスティは、この世の誰よりも魔剣に寄り添い、その想いを理解してきた人間だ。それ故に多くの魔剣に愛され、英雄となった。だが、今のお前は……ただ、人間が嫌いなだけの『人間』だ」
「そうさ、ボクは人間が嫌いだ。だから皆殺しにする。例外なく、根絶やしに。その為に協力してくれよ、ダーインスレイヴ? このボクが、『最後の人間』として死ぬ、その瞬間を見届けるために……」
「それはできない」
嘘のない、真っ直ぐな目だ。
ダーインスレイヴは、どうしてボクの邪魔をするんだろう? 昔は誰より人間が嫌いだったのに。以前の彼なら、『人間を滅ぼす』というボクの『目的』に賛同してくれた筈だ。だが、ここまで頑なにボクの邪魔をするなんて……
どうしてダーインスレイヴが『人間』を庇うんだ? いや、いったい『誰』を庇っている?
魔剣の身でありながら契約者であるボクに反する、決意を秘めた瞳……単にボクが死ぬところを見たくない、というのとはまた別な気がする。おそらくは――
「馬鹿な真似はやめろ、ラスティ。いくらお前の『望み』でも、これ以上は……看過できない」
「……だろうね。それができるなら、キミは今ここでボクの前に立ちはだかったりなんてしない。わかっているよ。昔は誰よりボクの味方だったキミだけど、この百年の間に、ボクよりも大切なものができたんだろう?」
「違っ――!」
ああ、ダーインスレイヴの心臓が揺れた音がする。アタリだな。
魔剣の
さぁ、腹の探り合いはここまでだ。いったい『誰』を庇っているのか、教えてもらおうか。ボクの邪魔をする理由を――
「隠さなくってもいいさ。出会った頃は人間が――この世界が大嫌いだったキミが、今は世界を守ろうとしている。それって、そういう意味だよね?」
「それは――私は別に、人間を守ろうなどとはしていない。ただ、この世界にはまだ可能性が――希望があると、終わって欲しくないと……ただ、それだけで……」
なるほどね、そういうことか。
「あはははは!! かつて世に混沌を齎し、世界を絶望の渦で包み込んだ『
「……っ……」
――わかったよ。
「……娘、だろう?」
「……!!」
「ボクがキミに西方の守護を任せて二度目の旅に出てからというもの、随分と丸くなったと、学院守護を任せている『
「だとしたら、考え直してくれるのか?」
「うーん。少し考えちゃうかな? だって、『地上最凶』で、ボクの良き相棒だったキミに反対されたら、さすがに面倒だもの」
「面倒、か……不可能だ、とは言わないのだな? それにその目……本当はやめる気なんて、毛頭ないのだろう?」
「ふふっ! バレた? ダーインスレイヴはさすがだなぁ! ボクの気持ちを人一倍わかってくれる! けど、キミの方こそその眼差しは……本気なんだね?」
「……ラスティ。もしお前が世界を滅ぼすと結論付けたなら、私はそれを認めよう。だが、私は私の愛する者のために、今、この世界を滅ぼさせるわけにはいかない」
「猶予が欲しいと? でも、そのキミの愛する者にも家族ができて、子々孫々とキミの大切なものが続いていくのだとしたら……ボクはそこまで待てないよ」
「…………」
『魔剣喰い』に身を堕とし、人類と世界の滅亡を願うラスティ。
その考えを改めさせようと、ダーインスレイヴは時間稼ぎをするつもりだった。
その為に、『ラスティの遺産』を軽々しく奪われないよう、ラスティが『最高傑作』と呼んで気に入っていたレーヴァテインに遺産を託し、あわよくば彼にグレイとケントを守ってもらおうと考えていたのだが……
ラスティの決意もまた、ダーインスレイヴの決意同様に揺るぎのないものだった。
「……わかっている。かくなるうえは、力づくで――」
「ボクを諦めさせるって? わかったよ。キミがその気なら……」
ラスティの目に殺気が満ちる。その心に呼応するように、携えられた黄金の剣に光が灯った。
かつてラスティと共に旅をし、もっと古い時代には、ダーインスレイヴの仇敵として刃を交えたこともある、憎たらしいくらいに眩い『希望を灯す魔剣』。
だが、その魔剣が光を灯すのは、世界平和の為ではない。
(ラスティ……お前が滅するその『人間』に、ケント君が含まれるというのなら、私は……)
戦闘が避けられないことを悟り、ダーインスレイヴは自身の分身となる黒い魔剣を宙に顕現させた。その数、およそ数百本。
戦時中『災禍』と恐れられ、数多の命を串刺し屠ってきた、黒い魔剣の雨。そして封印が解かれた後は、ときにラスティの剣となり盾となって共に旅をした暗黒魔剣が、再び刃を覗かせる。
相変わらずの壮観な眺めに、ラスティは懐かしそうに目を細めた。
「さぁ、魔剣を構えるんだ、ダーインスレイヴ。ボクの為に身を差し出した、その刃毀れした刃でどれだけの剣戟を響かせられるか……久しぶりに、キミの心の音を聞かせてくれよ?」
「……私は今でもお前の魔剣で、お前のことを大切に想っている。だが、今はそれと同等に大切なものができたのだ。だから……手足の一本は覚悟しておけ、ラスティ」
「ふふっ、その殺気……! いいね、いいね。やっぱりダーインスレイヴはそうじゃなくっちゃあ! それならボクも、少し本気を出そうかな?」
ラスティは黄金の剣を引き抜き、その名を呼んだ。
「――おいで、エクス=キャリバー」
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