第12話 魔剣喰い
「ラスティ博士……なのか……?」
「ん?」
問いかけられた男は、月夜にぼんやりと浮かびあがる亡霊のようにこちらを振り向いた。
「ああ、ダーインスレイヴの血の匂いを追って来たのか……」
白衣に付着した血痕をひとり納得したように見やり、男は向き直る。
「ダーインスレイヴの娘だね? 確か名前は……ダーク・イン・グレイヴだったかな? ってことは、後から追いついたキミは、この子の契約者か」
「私の名前、どうして……!?」
「どうしても何も。それは、キミ達が言うようにボクがラスティだからだよ? かつてこの世の危機を救い『白の英雄』と讃えられ、この国を作った、キミ達が教科書で習うような偉大な人物……それがボク、ラスティ博士だ。だから、ボクがこの国のことで知らないことは何もない」
「でも、ラスティ博士は百年以上前の人間で、すでに亡くなっているはずじゃあ……?」
「じゃあキミは、今目の前にいるボクを幽霊だと、そう思うのかい?」
からかうようにふわりと笑う口元。しかし、その異常なまでの穏やかさが俺達の背筋を一層凍りつかせる。だって俺達は、ダーインスレイヴさんの心臓を一突きにした凶悪犯、『
その笑顔が意味するものは、ひとつしかない。
「あんたが犯人……『魔剣喰い』なのか?」
その問いに、無情にも笑う薄い唇。
教科書で見た肖像画そのままの優しそうな顔立ちが、にやりと目を細めた。肖像画には無かったはずの目の下のくまを、一層濃くしながら。
「そうだよ?」
「……!」
「この国の各地で魔剣を襲い、その刃を喰らった凶悪犯……そして、レーヴァテインとダーインスレイヴを襲撃して『ラスティの遺産』を奪おうとした人物。どれもこれも、ボクのことだ」
「どうして……!? だってあんたは誰よりも、魔剣を愛していたはずだ!」
どうして生きているのかとか、それはこの際置いておいて。俺にはどうしてもその事実が信じられない。
脳裏に浮かぶ、ラスティとの思い出を語るときのダーインスレイヴさんの顔。それは、グレイが俺と一緒にいるときに見せる表情によく似た、穏やかで嬉しそうな顔だった。
「それなのに、なんで!?」
泣き出しそうになるのを堪えながら、ただそれだけを繰り返す。
「どうしてラスティ博士が、ダーインスレイヴさんを……! あんた達は魔剣と契約者……相棒なんじゃなかったのかよ!? それなのに、どうしてあんな惨い真似を……!」
「…………」
自分を見つめる、痛いくらいに真っ直ぐな瞳に、ラスティは先刻のことを思い出していた。
◆
「来ると思っていたぞ、ラスティ」
懐かしい金の瞳が、自分にはあまり向けない険しい表情を浮かべている。
「世間をこんなに騒がせて、あまつさえお前が作った国とその住人を傷つけるなど……いったいどういうつもりだ?」
罪を責める言の葉に、刺すような眼差し。
間違いなく、怒っているんだろう。
「ふふ……『久しぶり』の一言も無しに、開口一番、契約者であるボクに説教かい? 相変わらずだねぇ、ダーインスレイヴは。遠慮ってものを知らない」
「『遠慮は要らない。契約者と魔剣はあくまで対等な存在だ』と、人間不信な私にそう言ったのは、他でもないお前だっただろう?」
「……そうだったかな? うん、確かにそうだったかも」
開かれたままの玄関から吹き込む風に、靡く黒髪。ダーインスレイヴは、百年前にボクが国を出ていったときと変わらない、威厳に満ちた魔剣だった。
「お前が二度目の旅に出てからこの百年の間に、耄碌したのか?」
「そんなことはないさ。キミたち『十剣』にこの国を任せてから、外の世界で色々なものを見てきたよ。百年間のお留守番、ご苦労だったねぇ?」
「それで? 『答え』は得られたのか?」
「その顔……ボクの『答え』を、キミはもうわかっているんじゃないのかい? だから今、キミはこうしてボクの前に立ちはだかっている」
「では、やはり……」
「ああ。一度は救ったこの世界の価値に疑問を感じ、ボクはもう一度旅に出た。『彼女』が救ったこの世界に、今尚正せる可能性はあるのかと。未来はあるのかと。でも、やっぱりボクの考えは間違ってなかったよ」
だからボクは、こうして戻ってきたんだ。
でもまさか、自分を慕ってくれていた魔剣にこうも厳しい視線を向けられてしまうとは、ちょっと予想外だったかな。てっきり紅茶の一杯でも淹れてくれるかと思っていたのだけれど……ボクも堕ちたものだなぁ。
「『
「……どうして? キミは仮にも『十剣』最強の単騎戦力を保持する、『地上最凶の魔剣――
「私をはじめとする『十剣』の大半と契約関係にあったお前を前にして、最強だ何だという肩書など意味を為さない。例えお前が『禁忌の実験』の末に『核及び強力殲滅兵器禁止条約』に抵触し、国際的に指名手配されている悪人に成り下がっていたとしても、『十剣』の中には未だに進んでお前に協力する者が大勢いるだろう。私とて、お前が『魔剣喰い』なんて同胞を傷つけるような真似をしなければ、いくらでもこの身を差し出したし、お前に託された『遺産』だって快く返還したというのに」
「へぇ……それは嬉しいねぇ? 皆はまだ、世界的犯罪者であるボクを信頼してくれていると?」
「白々しいな。私が誰よりお前を信頼していたからこそ、『遺産』の返還を拒まないと踏んで、南西からほど近い私のところに来たのだろう? ラスティ、お前は昔から非効率的なことは好まない傾向にあった。だから、南から始めた『遺産』の回収は西から北へ、最短ルートで行われるだろうことは目に見えている」
「それで、次は自分の番だと気が付いたってわけ? さすが、ボクの考えをよく理解しているね、ダーインスレイヴは。でも、予想外だったよ。ボクの一番の理解者であったはずのキミが。一番最初にその
「……私だけなら良かった。私の持つ特殊能力だけが望みなら、私さえ
(…………)
責任感が強く、魔剣に優しいところは相変わらずだなぁ。やっぱり、ダーインスレイヴや『十剣』の皆にこの国を預けたのは正解だったみたいだ。
でも――
ボクの『目的』の、邪魔はしないで貰いたい。
「ふふっ……! そんな怖い顔するなって。別に殺して回っているわけじゃあないだろう? 襲われた魔剣たちは誰一人死んでなんかいない。ボクはただ、魔剣の身に流れる金属物質が欲しいだけであって、その刃を少~し削って食べさせてもらっているだけなのに。眠らせて、人型から剣に戻して、刃を粉末状にして――ちょっと、ほんのちょっと、貰っているだけだよ?」
「それでも、捕まえるために襲撃していることに変わりはない。それに、魔剣の刃は戦闘能力や生命力に直結する重要な器官だ。その硬度や輝き、美麗さに誇りを持って暮らす魔剣が大半であり、喰われて刃毀れしようものなら魔剣の自尊心を奪いかねないというのに……」
「だから、嫁入り前の女の子には手を出していないだろう?」
「そういう問題ではない」
「ふふ、ツレないなぁ? ジョークだってば」
だが、ただ『この国の魔剣が可哀想だから』という理由だけでボクの要求を拒んでいるとは思えない。おそらくダーインスレイヴは、ボクの『目的』に気付いている。そして、それが気に入らないんだろう。
「いずれにせよ、お前のしている行為は魔剣という存在への冒涜だ。たとえお前が、私の一番信頼する契約者――ラスティだったとしても。これ以上、協力することはできない」
「だから『遺産』は渡せない?」
「そうだ。それに……ラスティ、お前……『彼女』との約束はどうした?」
「…………」
「お前は一度、
「ああ、エクス=キャリ=ヴァレリアか……」
「幼いヴァレリアを旅路の中で育てあげ、『最強の魔剣を手にする』という『彼女との約束』を果たすのが、お前の目的だったろう?」
「残念ながら、ヴァレリアには逃げられたよ。いったいどこで間違ったんだろうねぇ? やっぱりボクの育て方が悪かったのかな? レーヴァテインはあんなに良い子に育ってくれたっていうのに……」
「……やはりな。だからお前は『魔剣喰い』となって、『遺産』の回収を始めたのか。あの子と本気で仲違いをしたのなら、捕まえるにもそれなりの体力と戦力が必要だ。『十剣』として国を守護させるべく多くの魔剣を手放した今のラスティには、荷が重かったのだろう?」
「まぁね。あの子ってば、誰に似たんだか。可愛い顔しておてんば極まりないんだよ? こないだなんてさぁ、寝込みに斬りつけられそうになっちゃった! ヴァレリアはボクのこと、相当キライらしいね?」
「だとしても。魔剣たちを無差別に襲うなど……らしくないぞ、ラスティ」
「らしくないのはキミの方だよ、ダーインスレイヴ。ボクの大切な友人で、ボクの魔剣であるキミが、なんだってボクの邪魔をするのさ? 『同胞を傷つけられたから許せない』なんて、戦争を経験したことのあるキミにとっては今更人のことを言えた義理じゃあないでしょう? キミがボクを止めようとするのには、他に理由があるはずだ」
「それは……」
「契約者のボクに隠し事なんて、本当にキミらしくないな。そんなにボクの出した『答え』に納得がいかないのかい? キミだって、人間の醜さは嫌というほどわかっているはずだ。かつて、地上最凶という忌み名を勝手に与えられ、人の手によって古城にひとり封印されていた、キミならば」
「私だって、理解している。だが、だからといって人間という種そのものを根絶やしにしようなど……」
「あれ? ボクの『答え』……もう言ってたっけ?」
「魔剣を愛するはずのお前が『
「…………」
――ああ。やっぱりバレてたか。
「ラスティ。お前は……『人間をやめる』つもりだな?」
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