第11話 襲撃
◇
昨日ぶりにグレイの実家を訪れた俺は、ノックも無しにドアを蹴破らんとする勢いで屋敷に転がり込む。薄々嫌な予感はしていたが、案の定入り口には鍵が掛かっておらず、何者かが侵入した形跡が。そして、玄関のすぐ近くには変わり果てたダーインスレイヴさんの姿があった。
長い黒髪を無造作に地に垂らし、うつ伏せに倒れ込んでいる。
今も広がり続ける深紅の血だまり。誰かと戦闘した後なのか、周囲にはダーインスレイヴさんのものと思しき黒い魔剣の分身が数百本にわたって顕現していた。しかし、そのどれもが相手に致命傷を与えた形跡はなく、血痕のひとつも付かないままに虚しく床に突き刺さっている。
(そんな……! ダーインスレイヴさんの攻撃をここまで捌かれるなんて! 一体誰がこんなことを……!)
手元から転がり落ちたと思われるスマホの待ち受け画面には、笑顔で花冠を載せ合う幼いグレイと俺の姿が映されていた。
「お父様、お父様ぁ!」
涙目になりながら駆け寄るグレイ。
その声に、血の気を失った手が僅かに反応する。
「グレイ、なのか……?」
「お父様、死なないで!」
「ダーインスレイヴさん、俺です! 研斗です! 聞こえますか!」
「はぁ……安心しろ。この様子だと、私はまだ死なないようだから……」
「何を言って――!? とにかく救急車を! 百十九番!」
即座にスマホを取り出した俺の手を、ダーインスレイヴさんは半身を這い上がらせておさえた。
「救急車は不要だ。心臓付近を抉り出されたときはもう終いかと思い、お前たちに連絡したが……全く、自身のバケモノのような身体には呆れるばかりだな。あれから数百年以上を生きて尚、未だに他者から吸った命を蓄えていようとは。私は――あと何回死ねば、妻の元に逝けるのだろうか……」
「お父様……?」
「こちらの話だ、気にするな。せめてお前が立派な魔剣となるまでは、私とて簡単に死ぬつもりはない。ただ、今回は少々油断し過ぎた。心配をさせてすまなかったな」
よろよろと上体を起こしてグレイの頭を撫でる。その手は血に濡れていて全く大丈夫なようには思えないのだが、ダーインスレイヴさんは『呪いの力について、あまり他者に知られたくない』と言って頑なに救急車を拒んだ。
俺達はその言葉を信じて、この惨状について問いかける。
「ダーインスレイヴさん、何があったんですか? いったい誰がこんなことを……?」
「ああ。『ラスティの遺産』を狙う者――『
その言葉に、グレイが血相を変えて立ち上がった。
「……っ!」
「待てグレイ! 何処に行くんだ!?」
「そんなの決まってるでしょ!? お父様の仇を討ちに行くのよ! こんなっ……こんなことされて、黙っていろって言う方が無理!! 研斗はお父様を信頼できるお医者さんの元へお願い!」
「おまっ、いくらなんでも無茶だ!! それに危険――」
言い終える間もなく、グレイの姿は見えなくなってしまった。
その後姿に向かって再びうつ伏せに倒れるダーインスレイヴさんが手を伸ばす。
「行くな、グレイ……! 万一お前に何かあったら、私は生きていけない……!」
「ダーインスレイヴさん、動かないで! 傷口が開きますよ!? 今かかりつけのお医者様を呼びますから! ええと、番号は!?」
「そんなことより、グレイを追ってくれ……!」
「ダメですって! 俺はあなたのことを頼まれたんです! グレイのことなら、お医者様が到着次第、すぐに追いかけますから!」
ダーインスレイヴさんがなんとか立ち上がろうとする度に、胸元に開いた風穴から血が大量に溢れだす。
「がはっ……!」
「やめてください! お願いだから動かないで! ダーインスレイヴさんが死んだら、俺もグレイも……!」
涙目になりながら制止する俺に、穏やかな金の瞳が微笑みかける。
「はぁ……君は優しい子だな、ケント君。だが、医者は待たなくていい。遥か昔に手にかけ吸収した、私に巣食う無数の命が、この身の内にまだ残っているようだから。きっと彼らが、私を生かすだろう……」
「……え?」
「『呪いの魔剣』としての力の一端だ。殺すことで、他者の命や力を我が物とすることができる、忌々しくおぞましい力。つまり私は、一度殺しても死ねない身体なんだよ……」
「殺した人の命を使って……生き永らえる……?」
(何を、言って……)
「できれば君には知られたくなかったが、これ以上隠しておくのも無礼だな……私がかつて地上最凶と呼ばれた事はこの通り、紛れもない事実なのだ。遥か昔、人の手によって一度は封印された『
「そん、な……」
「もし此度の襲撃が私に与えられた『罰』ならば、最愛の娘が君という大切なものを見つけた以上、私はこの世にとどまる理由なんて無かった。だが……君やグレイがまだ私を望んでくれるというのなら、その『願い』を聞き届けるのもまた、魔剣である私の責務か……」
「ダーインスレイヴさん……」
(これが、『呪いの魔剣』の力……)
まるでおとぎ話のような能力に驚きと恐怖が隠せない。でも、それでもダーインスレイヴさんは俺にとっても父親みたいな人で、グレイにとってはかけがえのない唯一の家族で……たとえ過去に何があったとしても、死んでほしくなんてない。
俺はグレイの姿が見えなくなったことで緊張の糸が解け、みるみるうちに呼吸の弱くなっていくダーインスレイヴさんの手をそっと握った。
「あの……! あんまり無茶しないでください。『呪いの力』とかよくわからないけど、凄い魔法を使うとそれだけ魔剣にもダメージが大きいっていうから。俺は……グレイも。たとえどんなことがあっても、ダーインスレイヴさんには長生きして欲しいです……」
自分でも気が付かないうちに、俺の目には涙が溜まっていた。だって、いつも優しいダーインスレイヴさんがボロボロで、血まみれで、心臓には穴が空いていて。こんな姿、できれば一秒だって見ていたくない。いくら『大丈夫』と言われても、信じられるわけがない。
「死なないで……! お願いだから、死なないでください……!」
気が付けばそんなことばかり口にしていた。その言葉に、驚いたように大きく見開かれる金の瞳。祈るように握る手に、徐々に温かさが灯っていく。
「ああ、人の『願い』はいつの時代もあたたかい……君は本当に、ラスティによく似ているな?」
「……?」
「以前にした話を、覚えているかい? 魔剣とは、『願いを叶えるもの』である。それが良しかれ悪しかれ、魔剣の本質は変わらない。すべては、願った者の使い方次第だ。だから私は、約束しよう。もう二度と、自分の命を軽々しく諦めたりはしないと。そして、大切な君とグレイの幸せを……必ず守ってみせる。この私に、力が残されている限り……!」
ダーインスレイヴさんはよろめきながら身体を起こすと、自分の傷口に手を入れて大量の血液を掬い出した。
「ぐっ……! ごほっ……!」
「ダーインスレイヴさん!? 何をして――!?」
「――大丈夫。娘の花嫁姿を見るまでは……死なないさ」
そして跪くように地に向かって首を垂れると、自身の血を床にべしゃりと投げつけて血文字で魔法陣のようなものを描き出す。ダーインスレイヴさんを中心に。
「――【誰も、彼も、逃れられぬ呪いの力。血に刻まれし既知の命は、我が手中にあり――】」
「これは、魔法……?」
「『暗黒魔剣』特有の、血液を利用した索敵魔法だ。私の身の内に流れる血が、一度覚えた血の匂いを忘れるわけがないのだから。さぁ、教えてくれ。私の娘は何処にいる……?」
「――【
詠唱を終えるや否や、床に垂らした血液が茨のように四方に広がった。
瞬く間に廊下を突き抜け、何かを探すように外へと枝を伸ばしていく。
そして――
「がはっ……! はぁ……見つけた。だが、血液が不足して、捕えることまでは出来なかったようだ……」
「何処ですかっ!? 場所さえわかれば俺が行きますっ!!」
「……行ってくれるのか? 危険かもしれないぞ? なにせ犯人は――」
その問いに、俺は迷うことなく頷いた。
「構いません。ここで何もしないでグレイを失うくらいなら、死んだ方がマシです」
◇
ダーインスレイヴさんにグレイの居場所を聞いて即座に飛び出した俺は、屋敷から学園方面に繋がる街道を風を切るようなスピードで駆け抜けていた。
(たしか、グレイの気配は凄い速さで移動していて、『おそらく父親の血の匂いを頼りに犯人を追っている』って……でもって、索敵に引っかかったのはこのエリアを含む学園付近からだったな。結構範囲が広いけど、それでも半分以上絞れてる。さすがはダーインスレイヴさんの魔法だ……)
深夜すぎ。寝静まった街中を疾走してグレイの姿を探す。
ただ無事でいてくれと、それだけを祈りながら。
「何処にいるんだ!? 返事しろ、グレイ!!」
しかし返事は帰ってこない。
(くそっ……!)
「とにかく、一旦近くの高台から探してみよう……!」
国の中央に位置する、学園や研究棟を一望できる丘。そこを目指して走っていると、高台にある公園の前で見慣れた後姿を捕捉する。
「グレイっ!!」
「…………」
「ったく、ひとりで突っ走るなって! 心配したんだぞ!? いくら犯人が憎いからって、お前だけじゃあ危険だ! ダーインスレイヴさんには『やめろ』って言われたけど、敵討ちなら俺も一緒に――」
「…………」
「……って。聞いてんのか?」
「うそ、でしょ……?」
「……グレイ?」
足を止め、ただ呆然と一点を見つめる幼馴染。明らかにおかしいその様子に首を傾げながら、視線の先を追うと――
「え――?」
公園で鉄棒に腰かけ、街を見下ろす白い人。
「そんな、まさか……」
「……?」
こちらに気が付いて振り返ったその人物は、痩身で端正な顔立ちをした銀髪の青年だった。
「うそよ、この人……!」
唇をおさえて震えるグレイ同様、俺も絶句する。
だって、遠くからでもわかるくらいに血の匂いを纏ったその男は、教科書などで何度も目にした――
――俺の憧れの人。
「ラスティ博士……なのか……?」
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