第9話 蒼炎の魔剣 レーヴァテイン
◇
黒ずくめの襲撃犯を退けた俺達は、屋敷のそこかしこから蒼い炎が揺らめく中、一層燃え上がる蒼と聳え立つ氷柱を目印に中庭を目指す。
「大丈夫か、御園!?」
「その声……御劔君!?」
「ケガは――?」
言いかけて、その光景に息を飲んだ。中庭と思われる花が一面に咲き誇った場所には、あまりに不釣り合いなバカでかい氷の柱が何本も突き刺さり、美しかったであろう花壇が嫌な匂いをさせながら蒼く燃えている。
周囲に転がる黒ずくめのローブたち。ざっと数十はいるかというそのいずれもが凍らされ、火傷を負って、戦闘不能にさせられていた。
(やっぱり、レーヴァテインがここで戦闘を……!)
思わず背筋が凍りつく。もし、
(これが、本物の『十剣』の実力……)
「……って。そうだ、御園――!」
氷柱の根元にその姿を確認して近寄ると、中庭よりも一層ぐしゃぐしゃに顔を泣き崩した御園が、大怪我をして苦しそうに呻くレーヴァテインを抱きかかえていた。
「どうしよう……! レーヴァが……レーヴァが!!」
「外に救急車が来てるみたいだ、早く乗せて!」
「でも、レーヴァが『乗らない』って、言うこと聞かないの!!」
「は!?」
視線を向けると、うっすらと目を開けたレーヴァテインが青く生気の抜けかけた唇を開く。
「くそっ……早く、取り返さなきゃ……!」
混濁する意識の中で、宙を掴むようにして手を伸ばすレーヴァテイン。縋るように震える小さなその手を、御園はぎゅうっと握りしめる。
「ダメよ! そんな怪我でどうしようっていうの!?」
「離してお嬢!! アレが無いと僕は、僕は……! もう二度と! 博士に会えないかもしれないんだぞっ!?」
(『アレを取り返す』『博士に会えない』って……やっぱり。レーヴァテインも『ラスティの遺産』を持っていたのか。そして、襲われて盗まれた……)
だが、『ラスティの遺産』は元よりその存在自体が幻と言われるような代物だ。親しい魔剣と博士が交わした約束の証。グレイに今しがたその実在を聞いた俺とは裏腹に、事情が呑み込めていない御園。
「博士って、ラスティ博士のこと……?」
「他に誰がいるっていうのさ!?!? この世に『博士』なんて、彼を置いて他には――げほっ、ごほっ……!」
「レーヴァ……! 大丈夫!?」
「放っておいてよ、お嬢。いくら僕がまだ覚醒できてない幼体だからって、寝込みを襲われたからって、顔も見えない奴に遺産を奪われたなんて!! こんな……こんな情けない姿、博士に見せられない……!! うっ、ぐすっ……」
「でも、ラスティ博士は百年以上も昔の人物で、もうこの世には――」
「うるさいっ! 僕は博士に言われたんだ! 『これを肌身離さず持っていれば、きっとまた会えるから』って!! あの日、研究所でアレを貰ったあのときに! だからっ、僕はっ……! うっ! げほっ!!」
口から零れた血を拭うと、レーヴァテインは真っ赤に染まった脚を引き摺って立ち上がる。
「嘘かホントか知らないけれど、『ラスティの遺産』は世界に祝福と滅びを齎すと言われている。何よりも、博士と僕の約束の証だ。絶対に渡さない! 渡しちゃ、いけなかったのに……!!」
いつもの上品に澄ました彼からは想像もできないような鬼気迫る表情に、俺も御園もただ呆然とするしかなかった。
「行かなきゃ……!」
「動いちゃダメ!」
「だって僕は……博士の見込んだ優秀な魔剣なんだから。誰にも、負けるわけには……! いつか『最強』になって博士が迎えに来てくれるまで、アレを手放すわけにはいかないんだよっ!」
「お願いやめてレーヴァ! これまでに大規模魔法を何度も撃って、反動で肋骨が折れているはずなのに……! あなた、寝込みに毒を飲まされたんでしょう? 目がかすんで見えないんじゃないの? そうでもなければ、あんな敵にやられるわけ――」
「でも負けた! 奪われた! だったら取り返さなきゃ!!」
「ダメよ! これ以上無茶をしたら、あなたという魔剣自体が折れて砕けてしまうわ!!」
「僕は折れない……!! たとえ足がもげようが喉を裂かれようが、僕の心が折れない限り、炎の魔剣の火は消えない。だって、そんな『強い子』になるようにって、博士が僕をそう造ったんだから!!」
(レーヴァテイン、お前そこまで……でも、さっきから『博士、博士』って……!)
御園がまた泣き出しそうなのは、きっとそのせいなんだろう。
レーヴァテインがここまで必死なのは、足を引きずってまで立ち上がりたいのは、契約者である御園の為じゃない。悲しいけれどそれは俺にもわかった。
そして、それが契約者の俺達にとってどれほど辛いことなのか。だって、レーヴァテインの目には御園が映っていないから。そんなの、俺なら耐えられない。
「魔剣の強さは心の強さだ。そして絆の強さ。だからそう簡単に折れることはない。博士も昔からそう言っていた……ああ、だから僕らは……負けたのか……」
「……っ!」
「僕は行くよ」
「レーヴァ……お願い。待って……」
「……お嬢。もしキミがこれからも僕の主でありたいと願うなら、どうか止めないで。僕とキミの願いは『最強になること』。その利害が一致するから、僕は代々キミの家に仕えてきた。守ってきた。共に強くなってきた。でもその目的は、僕の本当の願いは――」
「……!」
びくりと御園の肩が跳ねた。それ以上は言って欲しくない。そんな御園の想いは伝わらなかったのか。レーヴァテインは静かに口を開く。
「――博士に、また会うことだ」
「レーヴァ……」
「ごめん、お嬢」
折れて赤く腫れあがった足を引きずりながら、それでも立ち上がろうとするレーヴァテイン。もはや傷のことなんて頭にない。そんな様子の彼に、御園は何を思ったかパンッ!と自身の両頬を叩くと、涙を拭って肩を貸した。
「……お嬢?」
「たとえあなたの心の主がお母様でもない、お婆様でもない――ラスティ博士ただ一人だったとしても。今の契約者は私です。あなたが行くなら、私も行くわ」
「……キミはそれでいいの?」
「――構わない。私はただ、『最強』になりたい。一族の悲願を叶えるために。その為には……あなたの力が必要なのよ? レーヴァテイン」
そう言うと、御園はふっと笑った。
これがただの強がりだなんて誰の目から見てもわかるだろう。それでも、蒼い火の粉に照らされた、どこまでも澄んでいて慈愛に満ちた表情に、一瞬レーヴァテインの瞳が大きく見開かれる。そうして、俺の胸にも暖かく強い炎が灯った気がした。
その勇気に背を押されるように、俺は静かに口を開く。
「俺が行く。ふたりはここにいろ」
「「え?」」
「だって、いくらレーヴァテインが強くても、その怪我じゃあ無理だろう。毒が回ってるならなおさら。学院最強とも言われてるレーヴァテインがここまでやられたんだ、犯人は只者じゃない。下手をすれば、今度は遺産だけでなく、レーヴァテイン自身を奪われることになるかもしれないぞ? なにせ相手はあの『魔剣喰い』かもしれな――」
「でも、それでも僕は……!」
「犯人なら、絶対ここに戻ってくる。だって、ダーインスレイヴさんの持つ『ラスティの遺産』が、まだ俺の手に残っているから」
「「……!!」」
そう告げると、レーヴァテインは信じられないといったように目を見開いた。
「どうしてミツルギがそれを……!?」
「ダーインスレイヴさんに頼まれたんだよ。北西の『十剣』に渡すように、って」
「え。なんで!? ソレは、そう簡単に手放していいものなんかじゃないはずだ!!」
「いや、それは『十剣』に聞けばわかるって言われたけど……?」
「そんなん僕にわかるわけないだろうっ!? ダーインスレイヴの考えてることなんて!! あいつ暗いしネガティブだし、体調不良とかいって『十剣』の会合にもたまにしか顔出さないし! そんとき何してたと思う!?
「ちょっと、傷にさわるからそれくらいで……!」
「これが黙っていられるか!? どうしてそんな奴が『博士の魔剣』なんだ! どうして僕じゃなくて……僕じゃ……どうして博士は、僕を連れていってくれなかったんだ……? 僕が幼く、弱いから……?」
「レーヴァ、あなた……」
「……まぁいいや。幸か不幸かダーインスレイヴの分の『遺産』があるっていうなら、存分に利用させてもらう。犯人がまた戻ってくるなら、好都合だ」
「ああ、その意見には賛成だ。でも、怪我のこともある。御園とレーヴァテインはまだ無理しない方がいい」
「はぁ!? 今無理しなくて、いつしろって言うんだよ!? 僕はまだやれる!!」
「いや、ダメだ。いくらお前が『十剣』だからって、その怪我……人間だったら間違いなく気ぃ失ってるし、全治三か月いっててもおかしくないだろ?」
「けど……!!」
「それに、おそらく次に狙われるのは『遺産』を持ってる俺だろう。犯人がいつ戻ってくるかは知らないが、居場所がわかったら必ずお前たちにも知らせるから。だから……」
俺はレーヴァテインの目を見てまっすぐに願った。
「お願いだから、今は御園の傍にいてやってくれ……」
「ミツルギ……」
「お前はわかってないんだろ? 御園がどれほどお前を大切に思っているか。だったらせめて傍にいて、安心させてやってくれ。これ以上御園を……泣かせないでやってくれないか?」
「…………」
「……頼むよ」
ダーインスレイヴさんは昔、『魔剣の本質は願いを叶えるものだ』と教えてくれた。もしそうなら、俺のこの願いがレーヴァテインに届いてくれるなら。そう一縷の望みをかけた言葉だった。
祈るように再びレーヴァテインの瞳を見ると、蒼くゆらめく炎の魔剣は観念したように呟いた。
「……わかった」
「じゃあ……!」
「キミの実力がどうであれ、仮にもダーインスレイヴが認めた男だ。キミとお嬢がそう『願う』なら、僕はキミを信じてここで待つ。けど、もし犯人の居場所を突き止められなかったら、そのときは――」
(そのときは……?)
「僕は、この世の全てを焼き尽くしてでも犯人を見つけだす。ただ、それだけだ……」
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