第8話 死中に活

 中庭に駆けだした御園を見送って、相棒の魔剣に声をかける。


「グレイ! 得体の知れないワルなんて、とっとと切り伏せるぞ!!」


『うん!』


 とは言ったものの、グレイは魔剣なのに魔法が使えないポンコツだ。前方と後方から浴びせられる風属性っぽい『見えない斬撃』を、野生の勘ともいえる運動神経で察して捌くのが精一杯。要は防戦一方だった。


「くそっ……! こんなところでやられるわけには……!」


「ラスティノ……遺産……返セ!」


 ローブの男の手にした魔剣が、鈍い輝きを見せる。


『研斗! 右下から来るよ!!』


「はいよ!」


 ズバンッ!


「ラスティノ……遺産……」


「ラスティノ……遺産……返セ……」


「話が通じない!? くそっ、なんなんだよ、こいつら!?」


(光のない目に、意思を感じない単調な攻撃……こいつら、人形か何かか? でも、見たところ刃が触れた部分から血が出てる。ってことは生きている人間か魔剣? まさか、誰かに操られて――?)


『研斗、後ろ!!』


「あああ、もう!!」


 そんな攻防が繰り返されること数分。


「はぁ……そろそろ息切れか?」


 俺は魔法科の人間じゃあないが、『魔眼』が使える分、人や魔剣が技を出すのにはそれなりに疲労やリスクが伴うことを身を以て知っている。

 奴らは基本、自身の腕を変化させた魔剣を用いて魔法を詠唱する、という攻撃しかしてこない。それはつまり、詠唱も魔力消費も自身の力で全てを補っているということだ。

 捕まえようとする奴らと捕まりたくない俺達がこうして攻防を繰り広げれば、長引くほどに魔剣を振るだけでその場を凌げる俺達に分があるはずだった。だって俺達は魔法が使えない。その分、魔力を消費することもないんだから。

 だが、その甘えが浅はかだった。


「ラスティノ……遺産……返セ――【幾百の風塵ハンドレッド・ナイフ】」


(なっ……! 無数の斬撃だと!?)


『なになに!? あっちもこっちも! きゃああ! 捌ききれない!!』


「はぁ……こんな数、俺にも……!」


 俺は相手をナメていた数秒前の自分を呪った。そして、細い道の奥から斬撃――遠距離魔法を放ち続けることで『剣士』である俺達を近づけないようにしていたのだと、今になって気づく。


(疲労させられていたのは俺達の方か……! くそっ!)


「グレイ!!」


 中庭に続く一本道の両側から迫る風刃の嵐。当たればズタボロに切り裂かれるだろう数秒先のビジョンが脳裏に浮かぶ。


「グレイ、鞘に入れ! 危ないから! そうすればお前は怪我しなくて済む!」


『でも! そしたら研斗が!!』


「俺に考えがある! いいから信じろ!」


『考えって!?』


 どこまでも俺と共にあろうとする健気な魔剣の気持ちが痛いほど胸に沁みる。しかし、焦っている今このときに限っては、ただ俺を信じて言うことを聞いて欲しかった!


「あああ! もう!」


(ごめん、グレイ!)


 俺は契約者にのみ許された強制権を執行した。

 魔剣が暴走などをした際に被害を食いとめられるように、契約者を持つ魔剣には必ず備わっている安全装置セキュリティ――【絶対命令オーダー】。

 魔剣の意思に反するその命令権は、ときに魔剣との絆を損なうことになる。できれば使いたくなかったが……背に腹は代えられない!


「――【絶対命令オーダー! 『鞘に戻れ!! ダーク・イン・グレイヴ』】!!」


『イヤっ!? 研斗!? 待っ――!!』


 俺は叫び声と共に吸い込まれるようにして魔剣が鞘に収まったのを確認して、ポケットに潜めていた奥の手に手を出す。


(頼む……! 今はコレに頼るしかない!!)


 それは、ここへ来る前にダーインスレイヴさんに『万が一のときは』と持たされた『覇滅の点眼薬』。両親が俺に残した研究成果だというソレを、俺は一気に瞳に垂らした。


(魔眼の力を強制的に引き出す秘薬……どうにかして俺達を助けてくれ! 親父!!)


 そして、教わった通りに呪文を詠唱する。


「――【満たせ万象、映せよ真理。其が導くは覇の滅び】……!!」


 『本当に困ったときだけ使いなさい』というソレの効果は果たして……


「行っけぇええ!!!!」


 ――ドォオオオンッ……!!


「「「ギャアアアアア……!」」」


(え……?)


 俺の目からビームが出て、視界に映る景色がもろとも消し飛んだ。


      ◇


「「…………」」


 『覇滅の点眼薬』によって一旦は危機を脱した俺達だったが、それは新たな危機を齎した。友情の亀裂という名の危機を。人型に戻ったグレイはむすーっと頬を膨らませ、さっきから一言も喋ってくれない。


「なぁ、機嫌直せよ?」


「むーっ……」


「俺が悪かったって……」


 ただひたすらに中庭を目指すグレイと並走しながら、あちこちが瓦礫まみれになった通路を突き進む。黙々と足だけを動かしていたグレイはちらりとこちらを見て、不満げに呟いた。


「研斗が……【絶対命令オーダー】を使った……」


「だって、あのときはそうするしかなくて……」


 バツが悪そうに視線を逸らす俺に、ご機嫌斜めボイスが追い打ちをかける。


「自分だけ助かって、それで魔剣わたしが満足するとでも思ってるの?」


「それは……」


「契約者の為に戦うのが魔剣の仕事で、生きがいで……誇りなの。何もできない私でも、それを捨てたら魔剣としては恥ずかしくて生きていけない。お願いだから、もう二度とあんなことしないで」


 いくらグレイを守る為とはいえ、【絶対命令】はやりすぎた。いつにない真剣なトーンに、俺は謝ることしかできなかった。


「ごめん……」


 俺が心の底から反省したのを理解したのか、グレイは『わかればよろしい』と言って声のトーンを一変させる。


「にしても、さっきの凄かったね! ズババババァーン! って! 怪獣みたい!」


(か、怪獣って……)


 にぱっと無邪気な笑顔。ほんと、こういう切り替えの早さっていうか、俺が素直に謝るとちゃんとわかってくれるところが幼馴染パワァーっていうか。そういうところも含めて、俺はやっぱりグレイが好きだった。


「ねぇねぇ研斗? さっきのアレ、何だったの?」


「いや、俺にも何がなにやらさっぱり……ぐっ! 目が痛い! 走ると風が入ってヒリヒリする!」


「そりゃあ、目からビーム出せばそうなるよ……」


「いや、きっと見間違いだって。人間の目からビームが出るわけないだろう?」


 俺も、現実が受け入れられなくて頭が真っ白なんだから。

 ぶっちゃけ自分でも引いてる。


(目薬一発で辺りが消し飛んだ……ウソだろ? そんな薬を開発した親父は何者? それに、俺と同じくこの魔眼の持ち主だったっていう母さんは、そもそも人間だったのか!?)


 幼い記憶を掘り起こしても、母さんの温かい笑顔しか浮かんでこない。だが、俺はそれ以上にそんな魔眼シロモノを持っている自分が恐ろしくなった。だからさっき目にした……というか、目から出たっぽい現実から目を背けていたのに……


「絶対出てたよ、ビーム」


(こいつはっ……!)


 純真で嘘がつけないグレイさん。それはときにデリカシー無し子ともなる。


「おかげで助かったんだからいいだろ!? せめて忘れてくれ――痛ってて……目が熱いっ! 破裂しそう!!」


「うわ、大丈夫!? でもおかしくない? 研斗の魔眼は一日四回までで、間は六時間あけないと使えないんでしょう? さっき【刻止め】を使ったばっかりなのに……どうしてまた魔眼が使えたの?」


「ああ、普段ならそうじゃないと失明するってダーインスレイヴさんに教わってるんだけど。おつかいを頼まれたときにコレを託されたんだ」


 そう言って、俺はポケットからふたつの小瓶を取り出した。


「ソレは?」


「『不滅の点眼薬』と『覇滅の点眼薬』……だってさ」


 俺はダーインスレイヴさんに見送られ、託されたときのことを思い出す。


      ◆


「『不滅の点眼薬』と『覇滅の点眼薬』。万一のことがあれば君に渡して欲しいと君の両親から預かっていたものだ。彼らはラスティの研究の一部を引き継いだ優秀な研究者だった。今は行方がわからなくなっているが、君のことを愛していたのは本当だよ。その証拠がコレだ」


「ソレは……?」


「君の魔眼は発動に限度がある。だが、『不滅の点眼薬』を使えば一時的に失明のリスクを軽減して魔眼を使用することができるそうだ。だが、使っていいのは一度きり。つまり、魔眼の連続時間停止は最大で二回が限界だ」


「最大二回……」


「そして、『覇滅の点眼薬』だが……実は、これに関しては私もよく理解できていない」


「え? どういうことですか?」


「魔眼の能力のひとつ――君にまだ発現していない、『攻撃手段』を強制的に発動させるものだとか。両親の言葉通りに伝えるなら、その……『目からビームが出る』らしい」


「え????」


「私にも意味が分からない。しかし、魔眼の持ち主であった君の母親が窮地に陥ると、辺り一帯を吹き飛ばしたという噂を耳にしたことはある」


「「…………」」


 ふたりして、半信半疑の眼差し。


「ただの目薬にしか見えないですけど……」


「私もそう思う」


「「…………」」


 僅かばかりの沈黙のあと、ダーインスレイヴさんは俺の肩をぽんと叩いた。


「君のためにこれを残した両親の愛を信じなさい。親の愛情は偉大なものだぞ?」


「ダーインスレイヴさんが言うと、すごい説得力ですね……」


「ふふ、そう褒めるな。照れるだろう?」


      ◆


 半ば呆れ気味に受け取ったソレの効果を、俺は信じていなかった。

 ついさっきまでは。


(本当に、ただの目薬にしか見えなかったけど……)


「え、じゃあソレを使うと研斗の目からビームが出るの?」


「……さっき見ただろ?」


「目薬さすだけで? 凄くない? そっちは【刻止め】が即時発動できるようになるの?」


「目への負担が凄いから、これも一回しか使えないらしいけど……」


「うそだぁ!」


「ありえないよな? でも、さっき見た光景が真実だ」


「研斗、こわ……かいじゅう……」


「怪獣じゃねーし。『呪いの暗黒魔剣』に言われたくねーよ。まぁ、コレに頼らなくてもいいように慎重に進もう」


「ふふふっ……! 恐いモノ同士、お揃いだねっ!」


 どこか嬉しそうなグレイを横目に、俺達は瓦礫の中を駆け抜けた。


(無事でいてくれよ、御園……!)

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