第二章 英雄の遺産
第7話 ラスティの遺産
◇
後日、俺とグレイはダーインスレイヴさんに頼まれたおつかいの目的地に来ていた。
この国、フラムグレイス独立国は建国から百年程しか経っていないということもあってか、その領土はかなり狭い。俺達の通う学校の広大な敷地と巨大な研究棟を中心に放射状に広がる国土は、他国におけるひとつの州や地方に匹敵してしまう程度の大きさだ。だから、隣町までおつかいといってもせいぜい電車で数駅程度だった。
そして、東西南北をはじめとする八つの各方角と、中央に位置する学校、そして国の中枢を担う研究所を守る『十剣』の一振りの元に、この深紅に輝く宝石を届けるのがおつかいの目的だった。
駅からの道すがら、隣を歩くグレイが俺の懐に不思議そうな視線を向ける。
「それにしても、お父様が『ラスティの遺産』を手放すなんて、いったいどうしたのかしら?」
「……『ラスティの遺産』? なんだそれ?」
「研斗聞いてないの? お父様が研斗に預けたその宝石のこと! なんだかすっごい魔力を秘めた、ラスティ博士からの預かりものなんだってよ? 確か、ラスティ博士と親しかった魔剣が交わした『再会の約束の証』……だったかな? お父様にとっては『絶対なくさないように』って、心臓の近くに手術で埋め込むくらいに大切なものだって聞いたことがある」
「え、じゃあ、ついこないだまでコレはダーインスレイヴさんの心臓に埋まってたってことか?」
「そうなんじゃない? あ~、だからこの前大きな病院に行ってたのかぁ。きっとソレを取り出す為だったんだね?」
「てか、あの伝説のラスティ博士から預かったって……ソレ、すっごい大事ってレベルじゃないくらい大事なものじゃないか!? しかも、心臓に埋めるくらいって……」
魔剣が契約者を大切に想っていて、主から貰ったものを大切にするっていう話はよく聞く美談だが、ちょっとそういう次元を超越している気がする。
俺は今一度自分の懐を確認し、大事にしないといけないのにコワイような、なんとも言えない心地に襲われる。
「で、そんな国宝級に貴重な代物を、どうして俺らに? しかも、『十剣のひとりにコレを預けたい』だなんて……」
「知らな~い。けど、その『十剣』の人に会えばわかるんじゃない? 西地区を守る『十剣』であるお父様のお隣さんの……北西地区の人だっけ?」
「そうらしいけど……」
「どんな人なんだろうね? 北西の『十剣』」
「さぁ……?」
「やっぱ強いのかな? お父様とどっちが強いと思う?」
「そりゃあ、ダーインスレイヴさんだろ? 『十剣』の中でも最も最強に近い人物が、学校と研究所に近い西地区を守る……って、昔から噂になってるし」
「でも、お父様が本気で戦ってるの、見たことある?」
「ない」
「普段あんなにどんよりしてて、しょっちゅう貧血気味なのに、本当に強いのかな? 私とたまに稽古するときも動きにくそうな外套羽織ってて、いつも片手しか出してないよ?」
「いやまぁ、娘相手に本気になる父親なんていないだろ? でも、ダーインスレイヴさんはかつてラスティと契約していた伝説の魔剣だぞ? 本気を出したら強いに決まってる。それに、ダーインスレイヴさんは懐も広い」
「研斗のそのお父様リスペクト、なんとかならないの?」
「うるさいな、男は強い男に憧れるものなんだよ」
「へぇ……そう? でも、楽しみだね、北西の『十剣』に会うの!」
ふたりして期待に胸を膨らませながら指定された地点までやってくると、いかにもな豪邸が見えてきた。北西地区は旧貴族街で、ブレイズヒルと呼ばれる、いわゆる高級住宅街。そして、豪奢な門構えの脇の表札には――
「あれ? ここって――」
「……柊? ひょっとして、いや、しなくても。御園の家じゃないか」
「ってことは、お隣さんの、北西の『十剣』って――」
「……なにしてるの?」
不意に声をかけられ振り向くと、清楚な紺のワンピースに身を包んだ御園が立っていた。
「ウチに何か用?」
可憐な私服姿にどぎまぎしつつも、懐から包みを取り出す。
「実は、ダーインスレイヴさんから北西地区の『十剣』宛てに預かりものを――」
説明し出したその瞬間――
――パリーン!
どこからかガラスの割れる音がして、柊邸の警備システムがサイレンをかき鳴らす。濛々と立ち込める煙に、春にも関わらず異常に冷え込んだ空気。そしてどこかから漂う血の匂い……
ドクドクと、イヤな音が頭に響いて仕方がない。
「……っ!? なにごと!?」
慌てて振り返る御園と俺達の目に飛び込んできたのは、燃え盛る蒼い炎と天から降り注いだ巨大な氷柱だった。
「この炎は、まさか……!?」
「あの方角っ……! 中庭!?」
即座に駆けだす御園に俺達も続く。しかし、中庭に辿り着く直前、黒ずくめのローブを纏った何者かに道を塞がれた。
「あなたたち、侵入者ね!? 通して! レーヴァが中庭に!!」
激昂して取り乱す御園を相手に、ローブの不審者たちは微動だにしない。しかし、その一言で合点がいった。
(やっぱり……北西の『十剣』はレーヴァテインだったのか。ってことは、中庭で戦闘してるのは
「ひょっとして……『ラスティの遺産』が目的か?」
ぽつりと零した言葉に、ローブの男が目の色を変えて袖口から剣を取り出した! いや、正確には取り出したのではなく、腕を剣に変化させたのだ。
「なっ――! 魔剣か!?」
ゆらりと動く黒い影。脳裏に一瞬でクラスメイトの言葉が蘇る。
――『なぁ、また出たらしいぜ?
――『噂によると、『十剣』もヤられたんだって……』
――『やっぱり、犯人は魔剣なのかな?』
「――っ!! 『
咄嗟に身構えるが、『
「グレイ! 魔剣フォーム!!」
「え!? まさか研斗、戦うの!?」
「だってしょうがないだろう!? このまま黙ってやられるわけにもいかないし、今の御園は丸腰だし……!」
「そんなぁ!? 相手ふたりがかりじゃん!? いくら私が魔剣でも、攻撃を切り捌くのには限度があるよぉ!?」
「いいから変身しろ! もし何かあったとき、鞘に収まればお前だけでも助かるんだから!」
「『私だけでも助かる』って……そんなのイヤ!! 私も戦う!」
「だったら尚更魔剣フォームだっ!! 俺達が、今ここで! やるしかないんだよ!!」
「わ、わかった!」
更に来た三人目の追手に挟み撃ちにされた俺は、咄嗟に魔眼を発動させた。
「――【
その瞬間、目に鋭い痛みが走る。
(うっ……! やっぱり、今の俺じゃあ一回が限度か。でも、まだ奴らが犯人かどうかもわかっていないのに!!)
俺は目をおさえながら変身していくグレイに視線を向ける。
美しい黒髪が夜空のように一瞬煌めいたかと思うと、足元から忍び寄る闇が太腿を黒く覆いつくし、ぎゅうっとボディラインを強調するようにしてグレイのシルエットを漆黒に映し出す。闇に光る金の瞳は柄に刻まれた宝珠となり、身の丈ほどある細身の長剣が俺の手に齎された。
『ダーク・イン・グレイヴ、魔剣フォーム! 完了~!』
魔法少女顔負けのエロかわ変身シーンを終えたグレイはドヤ!っと手元で声を発した。
「三秒……なんとか間に合ったか」
『せっかくの研斗の魔眼が変身分の時間しか稼げないなんて、なんか勿体ないね』
「お前が早く変身しないから!!」
『私のせい~!?』
手元に
「行け、御園! こいつらの目的はおそらく『ラスティの遺産』……レーヴァテインだ!!」
「……!!」
「こいつらが『
「ありがとう、御劔君……!」
俺は中庭に駆けだした御園を見送って、相棒の魔剣を構え直したのだった。
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