第4話 伝説の魔剣ファミリー


      ◇


 久しぶりに訪れた丘の上の実家。鬱蒼とした森に囲まれるようにしてひっそりと佇む様子から、『亡霊屋敷』と呼ばれて老若男女問わず恐れられている。

 この街に住む誰もが、『伝説の魔剣』がこんなところに住んでいるなんて知らない。だってお父様は、仕事が終わるとすぐ闇に溶けて姿をくらますから。


(はぁ……やっぱ実家は落ち着くなぁ)


 闇属性の魔剣である私やお父様にとっては過ごしやすい、光のささない屋敷。暗いって? だって『暗黒魔剣』なんだから仕方ないでしょう?

 ここには私のことを『呪いの魔剣』っていじめる人もいない、研斗の隣以外では数少ない安息の場所。一般人にとっては禁じられた不可侵の領域。だから、郵便物は全部お父様の職場に届くようにしてるんだって。


 お仕事、なんて言ってたっけ? たしか『議員を裁く議員』だとか……よくわからないけど、私と、友人の子の末裔である研斗を私立の小中高一貫校に優に通わせられるくらいには偉いっぽい。

 おかげで街のみんなはお父様のことをダーインスレイヴ卿なんて呼んでる。そのせいか、私も雰囲気的に『パパ』じゃなくて『お父様』って呼んだ方がいいのかな? って思ったりなんかして……


 そんなことを考えながら、私はテーブルの向かいに座るお父様に頭を下げた。


「お父様……申し訳ございません」


 返ってくるのは、いたって冷静な眼差し。敗北というこの結果にさして驚きもしないような、ただ静かに耳を傾けているだけの、感動のない言葉だった。


「別に、お前が勝った負けたと言ったところで私は一向に気にしない。高校に進学できないのであれば、そういう運命だったということだ」


 ナイフを片手にこくりと頷くと、私とよく似た艶やかな黒髪がさらりと揺れる。わずかに細められた金の瞳の奥から覗く本音が、私には時折理解できない。

 だって、このまま中卒でいいわけなんてないもん!


「でも、このままだと……」


「無理をせず、身の丈に合った人生を志しなさい。幸い、お前にはケント君がいる。彼さえ大事にできるなら、お前はひとりきりになることは無いのだから」


 儚くて今にも消えてしまいそうな微笑みが、白い肌をより蒼白に見せている。


(もう! 病人じゃないんだからせめてもう少し元気だしてよ!? 心配じゃん!)


 お父様はそうやっていつも『人生とはそういうものだ』みたいな、すぐに諦めるような物言いをする。

 そりゃあお父様は正真正銘の『呪いの魔剣』で、契約した誰もが絶望的な最期を迎え、人とか希望に裏切られる経験も多かったみたいで、考え方がマイナスになっちゃうのも仕方ないとは思うけど……娘的にはもうちょっと期待してもらいたいな、とか思う。

 今は魔剣がモノ扱いされてたような昔とはわけが違うんだし。


 お父様は今でこそ国で信頼のおける人物として扱われているけど、大昔は『最凶最悪の魔剣』と呼ばれて恐れられていた。

 手にした者を血と渇望に導く『命を喰らう魔剣(ダーインスレイヴ)』。そんなお父様が『伝説の魔剣』と呼ばれるようになったのは、この国を作った魔剣研究の第一人者、ラスティ博士の功績によるものだ。


 彼は史上で唯一『暗黒魔剣』であるお父様を自在に使いこなし、その力を制御して多くの偉業を成し遂げた伝説の冒険者だったんだって。

 それでもって、お父様の大切な契約者であり無二の理解者。彼にこの国を守るように頼まれたからこそ、お父様は今も誅裁議員としての要職に就いているのだとか。

 でも――


(ラスティ博士もよくこんな、口を開けば『亡き妻の元に還りたい』なんて言うような死にたがりと契約したわよね……諦観思想っていうの? 娘の私が言うのもなんだけど、もうちょっと前向きに考えられないのかなぁ?)


 だって、人生は悲しいことばかりじゃないし。

 私は研斗にそれを教わった。一緒に学んで、一緒に遊んで。嬉しいことも悲しいこともずっと一緒に。だから私は、研斗と一緒に高校に行きたいの。


「でも! 私は研斗と高校に進学したいの! 次の試験では必ず――!」


「……わかっている。それについては十分に理解しているから。ほら、夕食が冷める前に食べてしまおう。今日はお前の好きなシチューとラザニアだ」


「お父様……」


(私の話なんて、どうでもいいの……?)


 『このままでは高校進学できないかもしれない』。そんな重大な話を眉ひとつ動かさずにお父様は聞き流した。

 丁寧な所作で器にラザニアを取り分ける穏やかな表情からは、私の想いが伝わっているとは微塵も思えない。だって、あまりに『普段通りすぎる』から。


(やっぱり、私には、何の期待も――)


 私は幼い頃から伝説の――『呪いの魔剣』の娘として周囲の期待と恐怖心に晒されてきた。

 お父様は偉いから、皆は表立ってソレを口にすることはできない。けど、私の能力が未だ開花せずにこれといった恐ろしい力を発現しないことに対し、人々は安堵と失望のない交ぜになった視線を向けるようになった。


 ――『だって、あの子はポンコツだから』

 ――『本当に、あのダーインスレイヴ様のお子さんなのかしら?』


 世間の目が届きにくい学校内では『拾われっ子じゃない?』なんて侮られていじめられたり。


 しょんぼりと肩を落としていると、お父様はそっと温かい器を差し出す。


「タバスコは?」


「自分でかけるからいい……」


(私ばっかり必死になって……お父様に進路を相談しようなんて、馬鹿だったみたい。この調子じゃあ、戦闘で契約者を勝利に導く秘訣なんて教えてもらえるわけないや……)


 これ以上この話をしても無駄。試験に関してはとにかく研斗一緒に頑張るしかない。色々と諦めた私は、気になっていたことを問いかけた。


「ねぇ、お父様? 私達が中等部に入学するとき、研斗に何か言ったの?」


「何か、とは……?」


「『節度のある付き合いを』とかなんとか……」


 そう言うと、お父様はきょとんと目を丸くする。そして、虚空に視線を逸らしながら小さく口を開いた。


「ああ、そんなこともあったかな? お前とケント君がパートナーとして寮の同室で下宿すると聞いたので、父親として一応……」


「余計なことしないでよ。付き合うとか付き合わないとか、私と研斗の勝手でしょう? そういうの、世間じゃお邪魔虫っていうのよ?」


「しかし……」


「お父様には関係ない」


「私はただ、お前たちの将来を心配してだな――」


 食事の手は止まり、目がきょろきょろして焦ってる。お父様がしきりに空席――昔のお母様の席と遺影を見るときは、どうしたらいいかわからないときだ。

 娘が心配なのはわかるけど、交際にまで口出しするのは過保護なんじゃないの!? てゆーか、余計なお世話なんですけど!!


(なんか、話してたら段々イラついてきた……!)


 押されつつ口を開きかける父親に、私は思わず立ち上がる。


「お父様がそんなだから、いつまでたっても研斗が手ぇ出して――進展してくれないんでしょう!?」


「なっ――どっ、どうしてそうなる!?」


「だって、研斗が『あんまり馴れ馴れしくくっつかないで』って言うのよ!? きっとお父様の言葉を気にして、遠慮してるに決まってる!!」


「グレイっ……! そこまで嫌がられる程ケント君に迷惑をかけているのか!?」


「失礼しちゃうわねっ!? 嫌がられてなんかっ……ないもん!! 多分!」


「だが、ケント君は『やめろ』と言っているのにお前はベタベタとくっついている、そうなんだろう!? 大切な、唯一の幼馴染である彼になんてことしてるんだ!」


「だから、研斗は本気で嫌がってるわけじゃないの! 嫌よ嫌よも好きのうちなのよ!!」


「そういう台詞は迷惑をかけている側の言葉ではない! そんなこともわからないのか!? あああ……! ケント君を失ったら、私は誰にお前を委ねればいいというのだ……!」


「もぉお! それがお父様のせいだって言ってるの!! 研斗が私とイチャイチャしてくれないのはお父様のお節介のせいなのよぉお!!」


 ここ最近のもどかしさを思い出し、我を忘れて激昂してしまった。

 あまりの勢いに固まるお父様。しかし、唖然とした表情のお父様から零れた言葉は、私の予想の斜め上を行く回答だった。


「つまりケント君は、まだお前とそういう仲ではないのか……?」


「え?」


「私はてっきり、お前たちはとうの昔に付き合っているのかと。だからせめて、『婚前ならば避妊しろ』との意を込めて、『節度のある付き合いを』とオブラートに包んで言ったのだが……」


「ひにんって――!」


 やばばばばぃ! 一瞬想像しちゃったじゃん!? 

 私と研斗が――えへへ……♡ って、やめてよ顔熱いから!


「パパ……! なんてこと言って……!」


「いや、年頃の男女がひとつ屋根の下で下宿しているのだから仕方ないかと思って。だが、お前たちはまだ幼いし、万一があった際に責任の取れる歳でもあるまい、せめてその一線は守ってくれればという意味だったのだが。まさかケント君、未だに手をつけずにいるとは……なんて意志の固い男だ」


「そういう問題じゃないでしょう!?」


 その言葉に、お父様は私をじっと見つめた。首を傾げながら眉間に皺をよせて、さも不思議そうに上から下までを念入りに眺める。そして――


「ふむ……いったいグレイのどこがダメなのだ?」


「~~っ!?」


「私としては、彼のような真面目で心優しい少年にこそお前を預けたいと思っていたのだが。グレイ、ケント君とはうまくいっていないのか? 我儘ばかり言って、彼を困らせているのでは?」


「~~っ!!」


「こんなに可愛いのに、どうしてだ……解せん」


「もういいっ!! パパのばかっ!!!!」


 私はそれ以上を言い返せなかった。だって心当たりがあり過ぎて、ぐぅの音も出ないんだもん。

 結局この日も喧嘩しちゃった。お父様と進路のことで話すといつもそうだ。心配されて、『ケント君に迷惑をかけてないか?』『幼馴染とは仲良くするんだぞ』って、そればっかり。そんなお父様を見てると、本当に『伝説の魔剣』なの? って疑いたくなる。

 どうせ口を出すのなら、絶対負けない戦い方とかを教えてくれてもいいんじゃないの? 今日だって半分はその為に実家に帰ってきたんだよ? 研斗に内緒で、もっと、強くなれたらなぁって……

 思えば昔から、お父様は『暗黒魔剣』の力について話したがらない……


 どうして、教えてくれないんだろう?

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