第3話 反省会


      ◇


 試験が終わり、俺達は自室のソファで反省会をしていた。


「私のせいでごめんね? 研斗、せっかく魔眼まで使って手助けしてくれたのに……」


「グレイだけのせいじゃないよ。俺の魔眼だってまだまだ未熟でポンコツだ。本来なら三秒止められるはずなのに、レーヴァテインを二秒しか止められなかった。魔眼の力を過信して三秒でカウント合わせてた俺にも責任がある」


「そんなことないよ! あのとき確かに、レーヴァテインには隙ができてたもん!」


「でも、俺が中途半端に助けたせいでレーヴァテインにもとやかく言われて……悔しかっただろ? ごめんな?」


「それは……でも、あいつの言ってたことは本当のことだから。私は、魔剣のくせにパートナーに守られてばかりのポンコツなの……」


「そんな顔するなよ? 俺の意図に気がついて魔剣をサーフボード代わりにしてくれたときは嬉しかったぞ?」


「ふぇえ、研斗ぉ! でも……ぐすっ。強くなりたいよぉ……」


「これから一緒にがんばろう?」


「……うん」


「……よし。わかったら、そこからどいてくれるか?」


 ぐすぐすとべそをかくグレイを放っておけなくて、続くクラスメイトの試合をそっちのけで戻って来てしまったが、これはこれで緊急事態だ。

 だってさっきからグレイが胸元に縋り付いて一向に離れてくれないから。


「……どして?」


「それは……そんなにくっつかれたら、いくら幼馴染でも気が気じゃないんだけど……」


 さっきから胸がぷにゅぷにゅと当たって、正直話の半分も頭に入って来ない。

 だが、そんな俺の気持ちなんて露知らず。幼馴染はしれっと言い放つ。


「小っちゃい頃は、よく一緒にお昼寝したじゃん?」


(こいつっ……! 本気で言ってるのか!? ああ、もぉぉ……!)


 これだからグレイは。


「いつの話してんだよ? 俺達がもうそういう歳じゃないのわかるだろ? そうじゃなくたって、俺はダーインスレイヴさんに『節度のある付き合いを』って言われてるんだから」


「お父様に?」


「そうだよ」


「そんなこと、いつ言われたの?」


「中等部に入学して同室になったとき」


「えっ。私言われてないよ?」


「そりゃあ、そういうのは普通男の方に言うべき問題で――ってそうじゃなくて! いいから離れなさい!」


「やぁだ! それじゃあお父様の思うツボじゃない!!」


 ぎゅう。


「こういうときだけ反抗期ぶるなよ!? 俺だってグレイとは節度のある付き合いを望んでるんだから!」


「やぁだ! 私は研斗ともっと仲良くしたいの!」


 ――ハッ……


「な、なんでもない!」


 赤面しつつパッと身を離すグレイは、隠したところで意味が無いくらいに内心がボロボロに出まくっている。

 くるくると毛先を弄ってはこれ見よがしに視線を逸らし、とか言いつつ寂しそうに俺の指先をちょいちょいと摘まむ。


「別に、今のはそういう意味で言ったわけじゃないんだから……」


(え~……)


「今更ツンデレなムーブされても……」


 意味ないし、ポンコツっぽいこと極まりない。

 それに――


(可愛いが過ぎるんだよなぁ……)


 俺も大概グレイに甘い。っていうか弱い。つられてこっちまで赤くなりそうだ。


「とにかく! 負けちゃったことは私からお父様に報告するから! 責任とるの!」


「え、一緒に行くよ。俺もパートナーなんだし」


「ダメ。それじゃあ私の気が済まないの! 負けたのは十中八九私のせいだし。こんなこと報告するんだもん、研斗は絶対お父様に頭下げるでしょ?」


「そりゃあ、まぁ。一次とはいえ進級試験で大事な娘さんを勝たせられなかったわけだし?」


「それがダメって言ってるの! そんなことする必要ない! だいたい研斗はいつもお父様に気をつかい過ぎ! もっと、本当の家族みたいに振る舞っていいんだからね!? どうせ……将来的には、そうなるんだし……」


「え?」


「なんでもない! そういうことで、今日は実家帰るから晩御飯いらない! 研斗は来ちゃダメだからね!」


「あっ。待てよ、グレイ!」


 ぱたぱたと駆けていくその後姿に、俺はため息を吐いてスマホを取り出した。

 メールの送信先はもちろん、グレイの父親にして伝説的魔剣――『十剣』の一振り、ダーインスレイヴさんだ。


『グレイがそちらに向かいました。今日はご自宅に泊まるそうです、よろしくお願いします』


 既読が秒で付いて、即返信が来る。


『了解した。いつもすまないな』


「ふぅ……グレイのやつ、なんだかしょい込んじゃってるみたいだけど……ダーインスレイヴさんに任せれば平気だろ」


 グレイは『お父様は私に期待してないから』なんて寂しいことを言うけど、俺はそれが愛情の裏返しだということをよく知っている。

 だって、ダーインスレイヴさんは娘を愛するあまりに上手く会話ができず、俺を介してその動向を常に気にしているような不器用なだけの優しい人だから。


 俺はその後に送られてきたメッセージに目を通した。


『ケント君は来ないのか?』


『はい。グレイに来ちゃダメと言われてしまって』


『あの子はまた勝手な……娘が迷惑をかけて申し訳ない。ああ、そうだ。もしよければ、グレイが今日食べたいと思いそうなものを教えてくれないか?』


 その文章に、思わず口元が綻ぶ。


『今日は多分、お父様お手製のシチューとラザニアな気分だと思いますよ。実家に帰るときは、いつも楽しみにしていますから』


『そうか、ありがとう。ケント君も、いつでも来てくれて構わないからな?』


「ほら、やっぱり」


 こんなに優しい父親を素っ気ない人だと勘違いしているなんて、グレイはなんておバカさんなんだ。まぁ、ダーインスレイヴさんの不器用さもどっこいどっこいだけど……


「やっぱ親子だなぁ」


 いくらグレイやダーインスレイヴさんが『呪いの暗黒魔剣』だったとしても、そんなのはただ魔剣としての性質がそうであったというだけの話で。俺にとってはどこにでもいる普通の家族で、それ以上にあたたかい家庭にしか思えない。


(羨ましいなぁ……)


 俺は幼い頃に両親が失踪している。唯一の手がかりは毎月一定額で振り込まれる生活費のみ。だが、これもオンラインバンキングからの定期振り込みなので、両親が今どこで何をしていて生きているのかいないのか、俺にはわからない。

 だから、グレイやダーインスレイヴさんの家庭にまるで本当の家族のように招かれるということはとても嬉しいことだった。

 でも、大切な報告にせっかくの家族水入らず。俺はグレイの意思とダーインスレイヴさんの親心を尊重するべく、その想いをそっと胸にしまい込んだ。


 スマホをしまって、久しぶりに静けさを取り戻した部屋のソファにどかっと腰を下ろす。


「今日の夕飯は……カップラーメンでいいかな?」


(グレイ、今頃どうしてるかな?)


 きっと今頃は親子で仲良く食卓でも囲んでいるんだろうと――


 思った俺が、馬鹿だった。

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