きみはともだち

テルミ

第1話 きみはともだち?

佐倉の筆箱がなくなったという話を聞いたのはたしか、昼休みのことだったと思う。

 直接本人から聞いたわけではないが、周りがそうらしいと言う話を小耳に挟んだ。

 それをただただ傍観している自分に一抹の嫌気というものを覚えたけれど、そのときは……いや、今もなにもしてやれていない。

 にたにたと気味の悪い笑みを浮かべている斎藤を見て、あぁ、あいつがやったんだろうなぁという目星はついている。

 他人のために自分を犠牲にできるほど俺は強くない。どうしても己の保身に目が行ってしまう。

 そんなことを思い出したのは部活終わり、夕日にさらされ鈍く染まった校舎を見て、それを思い出した。

 忘れ物を思い出して再び校舎に向かう足取りは重い。

 直接的には何もできなくとも、なにかしてやれたかもしれない。そういった気持ちはたしかにあったのに。今みたいに足を踏み出すことはできなかった。

 教室の扉に手をかけたところで中に誰かいることに気がついた。なにかを漁っているような音が寂しく響くそこに一度は躊躇したけれど、考え過ぎだと自分に言い聞かせ扉を開ける。

 斎藤がまたなにか良からぬことをしていると思っていたが、答え合わせをしてみるとそうではなかった。


「佐倉……」


 肩を大きく震わせながらこちらを恐る恐る覗く彼女の瞳に罪悪感を覚える。俺は何もしていないというのに。いや、何もしていないからこそ覚えたのかもしれない。


「その、まだ探してるのか?」


 返事はなく、また背を向けて探しものを続けている。俺にもいじめられるなんてことを思っているのだろうか。

 机に置きっぱなしにされていた忘れ物をかばんにしまうと、俺もまた教卓や掃除ロッカーを雑に開け形もわからない筆箱探しを始めた。こんな時間なら斎藤にも、その取り巻きの目に触れることもないから。

 彼女のためということもあったけれど、それ以上に見当違いにも湧き出した怒りを発散させるためでもあった。


「あと探してないところとか、あるか」

「みんなの机……とか」


 こちらに背を向けたまま、声だけが返ってくる。


「んだよ、一番ありそうな場所じゃねぇか」

「でも知らない人に漁られたら、嫌でしょう?」

「こんな時間にもなったら誰もこねぇし、気づかねぇよ」

「きみは、きたよね」

「まあ、それはそうだけど……とりあえず、俺は机ん中みとくから、佐倉はそこ以外見といてくれ」


 全員の机から探すとなると窓際か廊下側から手を着けるのが一番だろうけど、見当はついていたから中ほどのそれに手をかけ漁ってみる。どうせ主犯格はあいつなんだしな。

 乱暴に詰め込まれた教科書の中にあった本にしてはやわらかい感触に、見なくてもそこになにがあるのかわかった。

 使い込まれたそれは本来の色すら忘れさせられるほどに褪せていて、つい先ほどまで見ていた校舎を思い出す。


「ほれ、あったぞ」


 ロッカーに顔を埋めていた彼女の肩を2、3度叩くと大きく肩を震わせ、鈍く重い音が響いた。

 申し訳なさよりも乾いた笑いが先に出てしまったことを許してほしい。


「痛っ……!」

「おぉ…… その、すまん」


 もぞもぞという言葉はこのためにあったのかといわんばかりの動作をしながら出てくる彼女にソレを渡すと、瞳を少しうるませながら大事そうに抱えていた。2度と人の手に触れさせないという意思がにじみ出ているように。


「それ、そんなに大切なものだったのか」

「友達にもらったものだから、今は学校違うけど」

「そうか」


 思ったことがすぐに口からでてしまうのは悪い癖だという自負はある。感想は口にでると問いかけになり、その言葉がどれだけ小さくても彼女の胸をチクチクと刺すことになってしまっている事実に胸が痛い。


「じゃあ俺は帰……」


 彼女からも自分自身からも背を向けるように振り返ろうとするも、つままれた袖がそれを許してくれなかった。


「伸びる伸びる」

「きみは」

「おん?」


 逆の指で俺を指し、俺も俺を指して数秒にも満たない沈黙を過ごす。


「きみはともだち?」


 それ以上の沈黙を図らずもすることになって、彼女を見、自分自身に目を落として考えてみる。

 友達か? と問われはいそうですと答えるのは簡単だ。今の俺にもできる。

 けど、けれど。


「友達ではねぇな」

「そっか……」


 そうはしなかった。

 袖をつまむ指が離れていくのがわかる。首を縦に振ることが彼女の求めた正解かもしれないけど。

 友達でもない俺がそうしたところで、それは優しい嘘にすらならないことを知っていたから。


「けど、佐倉をいじめるようなやつでもねぇよ」

「そっか……」

「また明日な」


 今度こそ背を向けて教室を出る。

 返事はあったのかもしれないけど、俺の耳には聞こえない。

 とっくに夕日の落ちた廊下をひとり歩く。

 ――そっか。

  二度目に聞いたその言葉には落胆だけでなく、ほんの少しの安堵のような暖かさがあった気がすると、木枯らしが吹き始めた秋の夕暮れに、ひとり思った。

 

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