挨拶代わりのおくりもの
迷いに迷って、結局、開封してみることにした。唯一書かれている名前は、私のものなのだから、そうしたって問題ないはずだ。
ぺりぺり、ぺり、とガムテープを剥がし、小包を開けてみる。
まず一番最初に目に入ったのは、白いメッセージカードだった。
『私からあなたへ
ささやかですが、贈り物です。
辛いことがあった日に、
あなたの心に寄り添えますように。』
封筒に書かれている文字と、同じ筆跡だ。丸っこくてかわいらしい、ほのぼのする字体。こんな文字、私も書いてみたいなあ。
他に入っていたものは、卵の形をした黄色い入浴剤、鳥と桜の彫刻が施された掌サイズのオルゴール、不思議な形をした耳栓、桜の花びらが封じ込められたレジンのキーホルダーだった。
オルゴールやキーホルダーのデザインは私の好みにぴったりで、驚いたと同時に嬉しくなった。どうして私の好みが分かったんだろう?
「……どこの誰がくれたのか分からないけれど……ありがとう」
そんな言葉が、こぼれ落ちた。心が、ほんの少しだけ軽くなる。
いろいろと疑問はあるけれど、一つだけ、たしかなことがあるならば。
――顔も姿も見えないその人は、私の存在を認めてくれているということだ。
お風呂に入るとき、試しにあの入浴剤を入れてみることにした。
四十二度のお湯にそっと浮かべれば、黄色い卵はシュワシュワと音を立て、発泡しながら溶けていく。柑橘のような私好みの匂いが風呂場全体に充満し、思わず、鼻で深呼吸を繰り返してしまった――いい香りだなあ。
そんなことをしているうちに、入浴剤は溶けて消えてしまった。その代わりに現れたのは……ビニールに包まれた、金色のウサギのチャームがついた、イヤリング?
なんでこんなものが、入浴剤の中に?
首を傾げていると、突然、水面からピチャピチャと音が聞こえてきた。
「ねえ、ここから早く引き上げてくれないかい?」
「袋に包まれてるとはいえ、ずっと浸かってるのは困るんだよねぇ……」
——げ、幻覚かな? 幻聴かな?
ウサギのチャームが動いて、しかも喋ってるんだけど……。
「おーい、聞いてるのかーい? ……固まっちゃってるな」
「まぁ、考えてみなよぉ。イヤリングのチャームが突然動いたり話したりするんだよぉ? びっくりしてもしょうがないよねぇ」
「ま、幻じゃなかった……」
浴槽のふちに、思わずへたり込む。
「とりあえずお姉さーん、ここからあげて?」
「ボクたち金属だから、熱いんだよねぇ」
「え? あっ、ごめん!」
ざぱん、と袋を引き上げると、二匹は口を揃えて「ありがとう!」と嬉しそうに言った。
「さて、自己紹介をしないとね。僕は右耳のウサギ、ライだよ」
「ボクは左耳のウサギ、フートっていうんだぁ。よろしくねぇー」
……ちゃんと左右が決まってるんだ。
「で……ライと、フート? なんで、動いたり喋ったり出来るの?」
「そんなの、理由はひとつしかないよ」
「ねぇ?」
二匹はクスクスと笑い、袋の中でぴょん、と飛び跳ねながら、こう言った。
「梓紗ちゃんのお話相手になるために、ぼくらは生まれたんだから!」
――私の、話し相手に?!
その後、詳しい話を聞いたところ、二人(二匹?)はあの小包の差出人に『あなた達を……梓紗ちゃんのところに送るから、お友達になってもらえたら嬉しいなぁ』と言われたのだそうだ。
差出人は誰なのかを聞いてみたが、彼らも知らないらしい。ただ、その人は自分のことを『梓紗ちゃんのことを、誰よりも知っている人だよ』と言っていたという。
「梓紗ちゃん、僕たちと一緒にお話ししよ?」
ライがぴょこり、と飛び跳ねた。
「……何でもいい?」
私の問いに答えたのは、フートだ。
「もっちろん! 楽しいこと、嬉しいこと、辛いこと、苦しいこと、なーんでもいいよ。梓紗ちゃんが話したいことを、ボクは聞かせてほしいなぁ」
その言葉に、じわりと涙が滲む。
「あのね――」
愚痴を吐き出し、泣きじゃくる時間となってしまった入浴タイムを終え、髪の毛を乾かし、ライやフートがぶら下げられたイヤリングを耳につけ、明日の支度を済ませた。
イヤリングをつけた状態でも、二人(二匹?)とは会話ができるらしい。三人で言葉を交わしながら、さっきの小包をもう一度確認した。
「ねえ、二人はこの中身がなんなのか、知ってるの?」
オルゴールや耳栓、レジンのキーホルダーを手に取り、問いかける。
「うん、なんとなくはね」
「確かー、『安眠できるオルゴール』と『仕事の時に使える耳栓』、『幸せを封じたキーホルダー』って言ってなかったかなぁ? ライ、合ってる?」
「うん、それで合ってるよ」
……なるほど、このオルゴールは眠る時に鳴らすものなのか。早速、後で使ってみよう。どんな音楽が流れるか楽しみだ。
そして、この耳栓は仕事専用のものらしい。こんな限定的な用途のものがあるなんて……。とりあえず、この耳栓は仕事鞄に入れておこう。
最後に、キーホルダー。幸せを封じ込めるなんてできないだろうと思いつつも、もしそれができたのならどんなに素敵だろう、なんて考えてしまう。気休めでもいい、これがお守りになってくれたらいいな、と願いながら、スマホカバーに取り付けた。
「梓紗ちゃん、荷物の確認も終わったし、もう遅いから寝た方がいいと思うんだけど」
「さっきのオルゴールも、はやく聞きたいんでしょう?」
「うん、そうだね。そうしよっか」
ベッドに入った私は、スマホを近くの充電器に挿し、目覚ましをセットする。枕の横に二人を寝かせると、反対側の枕の横に、さっきの『安眠できるオルゴール』を置いて、ネジを巻いた。
優しく流れ出したのは、私が大好きな曲。昔、小学生の頃に初めて聞いてから、今までずっと歌い続け、聞き続けてきた歌だ。送り主が『梓紗ちゃんのことを、誰よりも知っている』と言っていたというが、あながちその言葉は嘘ではないのかもしれない。
ただ、さっきの入浴剤の香りといい、曲の好みといい、こんなに私のことを知っている人って……誰なんだろう。心当たりが、全くない。
それだけ少し疑問に思いながら、心地いい眠りに吸い込まれていった。
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