私からあなたへ

秋本そら

切手のないおくりもの

 仕事を終え、自宅に帰りついた私はまず、郵便受けを見る。けれど、今日も中身は空っぽだ。誰かからはがきや手紙が来るわけでもなく、捨てるのが面倒な広告すら入っていない。

 なにもない。私と一緒だ。

 取り柄があるわけでも、個性があるわけでもない。必要とされないし、周りの人に簡単に埋もれてしまうような、いや、周囲と同化することすらできずに悪目立ちしてしまうような、そんな「空っぽ」を抱えているのが、私なのかも。

 ……ああ、ビラでもいいから、なにかしら入っていればよかったのにな。

 誰からも音沙汰がないと、この世界に自分が存在していないような気分になる。きっと、わけもなく郵便受けを見てしまうのも、誰かに必要とされていることを感じたいからなんじゃないか、なんて思ってしまう。

 ふいに喉が詰まりそうになったけれど、唇をかんでぎゅっとこらえた。そんなことを考えたって仕方がない。

 そして、玄関に向かおうとした、そのとき。

「――!?」

 突然、カタリと音がした。

 何もないはずの、郵便受けの中から。

「……な、なあに?」

 不思議に思って覗いてみると、そこには、さっきまではなかったはずの小包がひとつ。

「だ、誰からだろう……」

 見慣れない丸文字で書かれていたのは『佐々木梓紗様』という宛名だけで、ここの住所も、差出人の名前も、なにもなかった。信じられないことに、切手すら貼られていない。

「これ、どうやって届いたんだろう……」

 郵便配達人の気配もなかったし、そもそもこんな夜に配達業務をやっているわけがない。そして、住所も切手もない荷物を届けてくれる人など、いるわけがなかった。

 ひゅるり、冷たい風が吹く。

「……中、入るか」

 考えることを、とりあえず今は放棄することにした。


「いただきます」

 コンビニで買ってきたお弁当を温め、夕食にする。

 選んでいるときはおいしそうに見えたおかずたちは、実際に食べてみると、味が薄くてまずい。

 けれど、食べ進めるうちに、口の中がだんだんとしょっぱくなってきた。

 箸が、止まる。

 唐突に口からこぼれだした嗚咽に、ようやく自分が泣いていることに気がついた。

 泣いている場合じゃない、早くご飯を食べなきゃ――。

 そう思うけれど、手は動きそうにないし、涙は止まってくれない。

「……無理だよ……っ」

 今日も、辛いことばかりだった。

 まるで人を物のように扱うような、上司の態度。ふとした拍子に聞こえてしまった陰口や悪口が、耳の奥でこだまする。

 せめて必要とされるように、文句も泣き言も口にせず、ずっと笑っていた。そうすればきっと、いつかいいことがあるかもしれないって思って。

 だから、いつも笑顔で頑張ろうって、それで、耐えてきたのに。

 でも、もう、限界だ。

 いっそのこと、ここから、消えてしまいたい――。


 気持ちをなんとか落ち着けて食事を終え、空になった弁当箱を片付け終わったとき、部屋の片隅に放置していた小包が目に入った。

 すっかり忘れていた。あの、住所も切手もないのに届いた郵便。

「……これ、どうしたらいいんだろう」

 丸文字で書かれた自分の名前を眺めながら、途方に暮れていた。

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