第56話 信頼してます
翌日になってもジュリアスは帰ってこなかった。
連絡も今のところ一切ないらしい。
だが、マリーリはジュリアスの心配はすれど、彼を信じてそれ以上無闇に詮索して心配することはしなかった。
「ジュリアスさま、帰ってきませんね」
「忙しいのよ、きっと」
そろそろ寒くなり始め、今日は初霜もおりたと聞き、編み物を始めるマリーリ。
刺繍は苦手だが編み物は得意であったので、今日はジュリアスにマフラーでも編もうかと先日紡いでもらっておいた毛糸で編み始めているのだ。
「そうでしょうけど。それならせめて連絡の一つでも寄越してもいいでしょうに」
「ミヤ。マリーリさまの不安を煽るではない」
グチグチ言うミヤを窘めるグウェン。
この二人は年が近いせいか気安いようでよく言い合いをしている。
「べ、別に不安なんか煽ってないわよ。失礼しちゃうわねぇ〜」
「そうか? ならいいが。というか、ジュリアスさまには大事な役目があるから特に今は忙しいんだ。まぁ、そろそろ落ち着くはず、だが」
「ふぅん。……って、どういうこと? グウェン、もしかして貴方ジュリアスさまのこと何か知っているのではなくて?」
ミヤが詰め寄り、据わった目でグウェンを睨む。
すると、やはり失言であったのかあわあわと慌て始めるグウェン。
「え、あ、いや、……っ」
「怪しい!! グウェン、さっさと言いなさい!」
「い、言えるわけがないだろう!」
「やっぱり何か知ってるんじゃない!!!」
「あ」
ミヤに巧く誘導され、ついポロッと言ってしまったグウェンは真っ青な顔をしていた。
いくらマリーリが主人の妻というポジションとはいえ、主人であるジュリアスから厳命されて何かを隠しているのならいくら知りたいとはいえ、可哀想だと助け船を出そうとした時だった。
「ま、ま、ま、マリーリさま!」
ノックもそこそこに慌てて自室に入ってくるメリダに、「こら、メリダ! ちゃんとノックをしてから返事を待ってから入りなさい!」とすかさずミヤの指摘が飛ぶ。
「は、はぃいい!! す、すみません!! で、ですが、急ぎの用事でして……っ!」
「急ぎ? どうしたの?」
「そ、そ、そ、そ、それが……っ」
キューリスが来たときと同様、緊張しているせいか吃るメリダ。
それを「落ち着いて、ゆっくり話してちょうだい?」と優しくマリーリが諭すと、「は、は、はぃいいいいい」とメリダは目を白黒させる。
(余計に悪化させちゃったかしら)
思わずマリーリが苦笑すると、ミヤが「メリダ!」と叱責する。
すると一瞬気をやりかけてたメリダがシャキッとした。
「すすすすすみません!! そ、それがですね、ぐぐぐぐぐぐ……」
「ぐ?」
「グロウさま、おおおお王弟のグロウさまがお見えですうううう!!」
「え、グロウさまが?」
メリダは息も絶え絶えでその場に倒れ込む。
確かに王弟が来たとなるとブレアの地出身のメリダからしたら緊張どころの騒ぎではないことだろう。
まぁ前回も来てるから二度目であるし、そこまで緊張する必要はないにしろ、彼女はあがり症のようだから緊張するなというのが無理な話かもしれない。
(それにしてもまたアポなしで訪問とは)
「わかったわ、すぐに用意しないと。ミヤ!」
「はい! グウェン、メリダをよろしく。マリーリさま、すぐにお支度を」
「ありがとう、ミヤ」
「それにしたってキューリスに続いて今度はグロウさまって、次々アポイントもなしになんなんですかね。てか、前回もアポなしですし、王族のくせになんなんですかね、一体」
「こら、そういうこと言わないの」
「わかってますぅ〜」
ミヤはグチグチ言いながらも王弟を待たせてはいけないと、マリーリに化粧を施し、髪を結えて人前に出られるように仕上げる。
(もしかして、いえ、もしかしなくても先日のあのことよね)
マリーリは気が重いなぁ、と思いながら何と断りの文句を言えばグロウの気分を害さずに済むかと考えるのだった。
◇
「お待たせいたしました」
「あぁ、すまないな。急に立ち寄ったりして」
「いえ。それで、何かご用件が? 主人は今外出中なのですが」
「あぁ、知っている。ジュリアスはキューリス嬢のところだろう?」
(相変わらずこの人はなぜそんなことを知っているのだろう)
一つ疑問に思うと次々と気になってくるも、さすがに王弟に問いただすというのはできないので、マリーリは疑問に思いつつもそれを飲み込んだ。
「そうなんですね」
「気にならないのか?」
「気にはなりますが……ジュリアスのことを信じておりますので」
「ふん、そうか。随分とあいつのことを信頼しているのだな」
「はい。信頼しています」
真っ直ぐグロウを見つめ、きっぱりと言い切る。
これで先日の件を断っているのだと察してくれればいいのだが、とマリーリは期待をこめてグロウの瞳をジッと見た。
するとグロウは一瞬顔を顰めたあと、ふぅと小さく息を吐く。
そして、こちらを見つめ返してきた。
「そうか。だが、残念だな。あいつはオルガス公爵令嬢のキューリスと結ばれる。現にキミとの婚約破棄の書類をしたため、彼女との新たな婚約をするべく手続きに入っている」
「なぜそれを私におっしゃるんです?」
「キミには知る権利があるからだ、マリーリ。そしておれはキミに好意を持っている。だからあいつと婚約破棄をしたあと、おれの元に来いと言っている」
腕を掴まれて引き寄せられる。
マリーリが「キャッ!」と声を上げると、すかさず近くに侍っていたミヤが「マリーリさまっ!」と声を上げた。
するとすかさず苛立った様子のグロウがミヤを睨みつける。
「おい、そこのメイド。何だ、今のは。態度を慎めよ」
「……はい。申し訳ありません」
ミヤは取り繕うようにすかさず頭を下げる。
だが、それだけでは満足しなかったのかグロウはマリーリの耳元に口を寄せた。
「今のメイドの態度、不敬に値するぞ。ただちにここで処罰することもできるが」
マリーリにしか聞こえない声で囁かれ、あまりの内容にマリーリがグロウを見れば、彼は愉快そうに口元を歪ませて笑っている。
その笑みがあまりに邪悪でマリーリは密かに恐怖を覚えた。
「やめてください。彼女は私のことを気遣っただけですから、咎を受けるなら主人である私です」
「ほう、随分と殊勝な心がけだな。……であれば、おれの要求を飲めるな?」
脅しとしか取れない言葉に生唾を飲み込む。
ジュリアスがいない今、対処できるのは自分しかいないとマリーリは覚悟を決めた。
「わかりました」
「マリーリさま!?」
「……いい心がけだ。ということでこの娘を借りていくぞ。いいか、下手な真似をしたら首が飛ぶのはお前達でなくここの主人だからな」
ぎろり、と鋭い視線で使用人達を睨みつけるグロウ。
さすが王族というべきか、その視線は誰もが震え上がるほどの威圧感があった。
「使用人達を脅すのはやめてください」
「ふん、つくづく心優しいことだな」
「ミヤ、グウェン、家のことはよろしくね。すぐに帰ってくるから」
「マリーリさま……」
不安げに視線を彷徨わせるミヤにマリーリは安心させるようにわざとにっこりと微笑む。
そしてグロウに引き連れられ、マリーリは家から遠く離れた場所に置かれた彼の馬車に押し込まれた。
だがその寸前、ぽとり、と足からマリーリが何かを落とし、地面へと落ちる。
それはグロウに気づかれなかったようで、そのまま馬車は発進した。
(どうかジュリアスが気づきますように)
地面に落ちたそれは、日の光を受けてキラキラと輝いていた。
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