第57話 どこへ行くんです?
「どこへ行くんです?」
「貴様には関係ないことだ」
(関係ないって……人を連行しておいてどういうつもり!?)
それ以上は口を閉ざし、何も言わないグロウ。
マリーリは内心憤るも、相手は王族なので追及したいができない状況だった。
明らかに王都とは別方向、むしろ国境近くに向かっていることに気づき、不安になりながらもグロウに弱気を悟られぬようマリーリは背筋を伸ばして堂々と振る舞う。
「ふんっ。ヤツといいお前といい、随分と癪に触るヤツだな」
「それはどうも」
グロウの態度を見て、どう考えても自分に好意があってこんなことをしてるとマリーリは思えなかった。
一応馬車に乗せられているにしても扱いがいいとは言えず、グロウは愛想もなければ会話もなく、どちらかと言えば忌々しげに一瞥されるのを鑑みても、明らかに好意とは真逆の感情が見え隠れしている。
(一体、何の意図があってこんな脅しのようなことをするのかしら)
マリーリはグロウの意図を探ろうとするも、そもそも接点もあまりなければ自分に利用する価値などがあるとは思えず、思考はすぐに行き詰まった。
しいて言うなら今までの話ぶりから何かジュリアスと確執があるようなのと、キューリスと何かしら繋がっている可能性もなくはないと思うが、それはそれで接点が思い浮かばないため、さらに謎が深まる。
(目的は何?)
様々な可能性を逡巡するも、結局マリーリには皆目見当がつかなかった。
そのため目的地もわからないまま、会話もなくただ馬車に揺られているだけ。
だが、なんとなくこの先自分にとってよくないことが起こりそうな予感はしていた。
(怖い。本当はとても怖い。あのブランのときのようなことがあったら私……)
過去のトラウマに、ギュッと握る手に力がこもった。
何も会話がない空間でだんだんと緊張感だけが高まっていき、マリーリの額には無意識のうちに冷や汗が浮き出て顔色が悪くなっていく。
それを見て、グロウは嬉しそうに口元を歪めるとゆっくりと口を開いた。
「はは、さすがに怖いか。無理もない。貴様には相当量の薬が盛られているはずだからな。本当は今すぐにでも泣き出して逃げ出したいのだろう?」
「薬……? 何のことですか?」
突然グロウから「薬を盛られた」と言われても身に覚えがなくて、訝しむようにマリーリが眉を顰めるとグロウはクックッと声を殺しながら笑う。
それがあまりにも醜くて、美形だと名高いグロウの表情がこんなにも醜く歪むのかとマリーリの恐怖をさらに煽った。
「あのキューリスという娘からずっと薬を盛られていたのさ。キミが何も知らずに彼女と仲良くしていた頃からね」
「え? そんな、まさか……」
思わぬグロウの告白に、絶句するマリーリ。
そんな以前から一体何の薬を飲まされていたというのか、と不安で震える。
「お前はよっぽど効きが悪いようだがな。この薬を大量に盛られた者は普通なら精神が錯乱して死んでいてもおかしくないはずだが」
「うそ……そんなわけ……」
「身に覚えがないわけではないだろう? たまによからぬ妄想に取り憑かれて悲観し、死にたくなることはないか?」
「そ、れは……」
(もしかして、私が悪いことを考えがちだと思っていたのは薬のせい……?)
言われてみれば辻褄が合うことが多い。
キューリスと会ったのはブランとの婚約後ではあったが、その頃からブランと少しずつギクシャクし始めたし、あまり考え込まない楽天家だったはずが悪いほう悪いほうに思考がいきがちなのもその時期辺りであった。
社交界に出なくなったのも、そもそもキューリスが周りが自分の悪口を言ってると教えてくれて、それで実際に遠巻きにされたことがキッカケであるとだんだん鮮明に記憶が蘇ってくる。
(全部、キューリスに薬を盛られていたせい……)
「もはや致死量と言っていいほど盛られてるはずなのに未だに平気にしているというのは、ある意味賛辞に値するだろう」
「それを私に言ってどうするんです?」
「さすがタフなだけはある。それを見込んで今後の話をしよう。このあと越境し、隣国へと入る」
「隣国へ……!?」
隣国とは牽制し合っている仲で、いつ戦争が始まってもおかしくないほどピリピリとした状態だ。
その国へ行くだなんて死地に向かっていると言っても過言ではない。
ますますマリーリの顔色が青ざめた。
「ところで、ジュリアスがどうして出世したかは聞いているか?」
「それは、隣国に奪われた土地を取り戻したって……」
「そうだ。つまり隣国のヤツらはあいつに怨みを持っている。理不尽な逆恨みというやつだが、あちらからしたら土地を奪った敵国の男だからな」
「それが、私に一体何の関係が?」
「大アリさ。敵国はジュリアスが最も大切にしている宝……お前を奪えるのだからな」
(まさか、私をジュリアスへの仕返しに利用するということ?)
ますますとんでもないことだとマリーリは恐怖で凍りつく。
ブランのときとは比べものにならないほどの恐怖。
たった一人、ブランの力にさえ勝てなかったというのに、ジュリアスに恨みを持つ敵国に差し出されるなど、死ねと言われているのと同義である。
「そんな……! グロウさまは王族なのになぜそんなことするんです!?」
「そんなこと決まっているだろう。ジュリアスが目障りだからさ! あいつばかり兄上に目をかけてもらって……! おれのほうが優秀だというのに!! だからジュリアスではなくおれのほうが優秀だということを兄上にアピールするのさ!! そしてジュリアスにも一矢報いることができる!」
(ジュリアスが憎いからって隣国を巻き込むだなんて……!)
こんな人物が騎士団長を務めているという事実に目眩がする。
そしてなぜギルベルト国王がジュリアスを頼っているのかもマリーリは察した。
「何、安心しろ。殺させはしないさ。程々に
つまり隣国に自分という餌をやり、それに群がっている間に一網打尽にするというつもりらしいと知って、マリーリは目の前が真っ暗になる。
自分の手柄、ジュリアスよりも活躍するというところをギルベルト国王に見せつけるためだけに自分は利用されるのかとマリーリは絶望した。
「少々痛い目に遭うかもしれんが、さらに薬を盛って全部忘れさせてやるから安心しろ。あぁ、いっそジュリアスのことも忘れてしまったら面白いな。あぁ、それは傑作だな!! あはははははは!!」
(狂ってる……)
目の前で笑う男は正気の沙汰ではないとマリーリは絶望しながらも、どうしたらこの状況を脱せられるのかと思考を巡らせるのであった。
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