第55話 なんとか言ったらどうなの!?
「ジュリアス……!」
珍しく日中に帰ってきたジュリアスに目を見開くマリーリ。
しかも何やら慌ててきたのか髪も乱れ、息も絶え絶えである。
「ジュリアスさま……っ!!」
キューリスがジュリアスを見るなり、涙ぐみながらひしと抱きつく。
それを見て、覚悟をしていたとはいえ胸がギュッと痛むもののなんとか奥歯を噛み締めて耐えると、マリーリはジュリアスとキューリスを睨むでもなく落ち着き払った瞳で見つめた。
「ジュリアスさま、聞いてくださいませ! マリーリが公爵令嬢である私の頬を叩いたのです!」
「マリーリ、本当か?」
苦虫を噛み潰したような表情でマリーリを見るジュリアス。
彼の表情からは複雑そうな心中は察することはできるが、それ以上彼が何を考えているかはマリーリには読めなかった。
「えぇ。でも先にミヤがやられたのだけど」
「そこのメイドが私を侮辱したのです!」
「どのように?」
「それは……っ」
「マリーリさまを先に侮辱して叩こうとしたのはキューリスさまです」
ミヤの言葉にキッと睨みつけるキューリス。
だが、ジュリアスがいる手前なのか先程のように悪し様に罵詈雑言を言うことはなく、憎悪は感じれどそれ以上の追撃は何もなかった。
「ミヤ、黙れ。キューリス嬢、我が使用人が大変失礼致しました」
「ジュリアス!?」
ミヤを諫め、恭しく頭を下げるジュリアス。
そんな彼が信じられなくて思わずマリーリが名を呼べば、キューリスは勝ち誇ったように笑みを浮かべた。
「いいんです。ジュリアスさまがそこまでおっしゃるのなら」
「寛大な御心、感謝致します」
ジュリアスはそう言いながら、彼にくっついているキューリスをやんわり離す。
キューリスは身体を剥がされ不思議そうに首を傾げていた。
「ですが、そもそもキューリス嬢はなぜここに? 私は我が家には来ないでいただきたいと再三申し上げたはずでは?」
「それは、でも……っ」
「その辺も含めてあとで貴女の言い分を聞きますから、ここはお引き取りを。グウェン、キューリス嬢のお帰りだ」
「はい、ただいま」
「ジュリアスさま!」
「すぐに参りますから。グウェン、丁重にお連れしろよ」
「はい」
ジュリアスはキューリスに有無を言わせずにグウェンに送り出させる。
キューリスはまだ何か言いたげではあったが、マリーリとミヤに殺気を向けたあと、そのまま何も言わずに家を出て行った。
そしてキューリスが出て行ったのを確認すると、マリーリはすぐさまミヤに抱きついた。
「ミヤ! 大丈夫!? あぁ、なんてこと……!」
「これくらい大したことはありませんよ。むしろマリーリさまに何もなくてよかったです」
「そんなことを言って! 貴女は無茶ばかり!」
マリーリが慌ててハンカチをミヤの頬に添える。
「ごめんなさい、ミヤ」
「謝らないでください。私としたことが、ついカッとなってしまって差し出がましいことを」
「いいのよ。とにかく早く治療しないと」
「それはこちらでやりますから。まずはジュリアスさまとのお話が先では?」
ミヤに促されてそこで初めてバツが悪そうな表情で立ち尽くしているジュリアスに気づくマリーリ。
てっきりキューリスのあとに続いて出て行ったのかと思ったが、そうではなかったらしい。
「邪魔者は退散しますから、どうぞ好きなだけお話ください」
ミヤはそう言うと集まっていた使用人達を引き連れて奥へと行ってしまう。
エントランスに残されたのはマリーリとジュリアスのみだった。
「キューリスのところに行かないといけないんじゃないの?」
冷静に言ったつもりだが、マリーリの声は震えていた。
なぜ震えたのかはわからない。
今なら何でもどんと来いと思ったのは本心からだったが、それでもまだマリーリの心のどこかで不安が少しだけ見え隠れしていたのかもしれない。
いや、それともミヤを諌められたことでの怒りか。
「あぁ。だが、少しは時間がある」
「……そう」
やはりすぐにキューリスと共に行ってしまうのか、と気落ちしつつもマリーリはそんな様子を見せずに気丈に振る舞う。
「マリーリは何かされなかったか?」
「えぇ、ミヤのおかげで」
「そうか」
ジュリアスが静かに答える。
それがなんだかいつものジュリアスではないような気がして、余計に苛立つマリーリ。
先程のキューリスへの態度といい、ミヤへの態度といい、普段のジュリアスとはまるで違う彼の姿にまるで同じ顔をした別人のように思えてくる。
「さっきの態度は何?」
「さっきの態度とは?」
「質問を質問で返さないで。ミヤが言う通り先に手をあげたのはキューリスよ。それなのに何でミヤを咎めたの?」
「そ、れは……」
「それも言えないことなのよね。私はそんなに信用ならない?」
言いながら自分で自分の言葉に傷つく。
ジュリアスを信頼しているからこそ、言わずにはいられなかった。
ジュリアスはまただんまりで、それが余計にマリーリの神経を逆撫でる。
「なんとか言ったらどうなの!?」
「悪い」
「そんな言葉じゃ、わからないわよ……!」
「マリーリ……」
「嫌いなら嫌いって言いなさいよ! 私と婚約破棄したいならそうハッキリ言ってちょうだい!! 私はいつでもフィーロ家に帰る準備はできているわ!」
「ダメだ。そんなの許さない!」
「何でよ! キューリスと新しく婚約するのでしょう!? だったら、私は用済みじゃない!!」
「マリーリ!」
「ジュリアスなんか大嫌い!」
マリーリがそう叫べば、ジュリアスはショックを受けたように顔を歪める。
けれどマリーリの怒りは治らなかった。
「いつもいつも大事なことは黙ってばかりで! 寄宿舎に行くときだって急に決めて、帰ってきたと思ったら急にプロポーズだなんて……!! それで今度は婚約破棄!? もう、信じられない!!!」
「マリーリ、落ち着け!」
「落ち着けるわけがないでしょう!? どこまで私を振り回すのよ! ブランよりも酷いわ! ジュリアスなんか、ジュリアスなんか……っ!」
「マリーリ!!」
グイッと腕を引かれて痛いくらいに強く抱きしめられる。
そして「お願いだから大嫌いなんて言わないでくれ……」と切実な声で訴えられた。
マリーリは彼の腕の中で暴れるもびくともしなく、むしろ抱きしめる力がさらに強まる。
「そんなこと言ったって、ジュリアスは私のこと好きでもなんでもないんでしょう?」
「そんなわけあるか。そんなわけあるわけないだろう……!」
「……っ! んぅ……っ」
ジュリアスに唇を奪われる。
今までにないほど激しく、深く深く口付けられて息もままならない。
「やっと手に入ったんだ。今更、手放せるわけがないだろう?」
「え?」
「愛してる」
「うそよ……そんなわけ……」
「嘘なわけがないだろう。嘘をつく必要がどこにある」
ジュリアスの言葉に、ぼろぼろと堰を切ったように涙が溢れてくるマリーリ。
そしてそれを指で拭われながら、何度も何度もジュリアスに口づけられた。
「ジュリ、アス……っ」
「黙って」
苦しいくらいに唇が重なる。
身体を掻き抱かれ、離さないとでも言うかのように角度を変えてはジュリアスに唇を貪られた。
時間がどれほど経ったかわからない。
けれど、この口づけのおかげでマリーリの昂っていた感情はだんだんと落ち着き、代わりに今まで感じたことのない高揚感が身体を包み込んだ。
「……すまない、もう行かねば」
「ジュリアス……」
「無茶なお願いをしているのはわかっている。だが、どうか俺を信じていてほしい。愛しているのはマリーリだけだ」
「……わかった。信じる」
やっと身体が離れ、ゆっくりマリーリが息をつくと、上気した頬を優しく撫でられた。
「行ってくる」
そう言うと、名残惜しそうにマリーリにチュッと額に口づけ、そのまま家を出るジュリアス。
マリーリはまだ先程のキスの名残りで心が浮つき惚けたままだった。
ーーカサッ
「ん、あれ? こんなものあったかしら」
足元に見慣れぬ薄汚れた紙が落ちていることに気づいて拾い上げるマリーリ。
丁寧に折り畳まれたそれを開くと、そこにはマリーリ自身が書いた文字があり、それが自分がジュリアスに送った手紙だと気づいた。
「これって……」
まだ寄宿舎に入ったばかりの頃にジュリアスへと送った手紙。
当時は勝手にジュリアスが寄宿舎に行ってしまったことへの恨みつらみを書きつつも、ジュリアスをずっと待っているから立派な騎士になって戻ってきてほしいという願いが綴られていた。
「私ったら、随分と自己中な内容を送りつけたわね」
つい自嘲してしまうが、そもそもどうしてこの手紙がこんなところにあるのだろうか、と不思議に思っていると、ジュリアスが慌てた様子でまた戻ってくる。
「ジュリアス、どうしたの?」
「いや、その、忘れ物というか、落とし物を……」
「もしかして、これ?」
「っ! 中身を見たのか?」
「いえ、まだだけど」
「そ、そうか」
咄嗟にマリーリが嘘をつけば、ジュリアスは安堵したように手紙を受け取ると胸元のポケットにしまいこんだ。
「今度こそ行ってくる」
「えぇ、今度こそいってらっしゃい。気をつけて……あ、あと! 私もジュリアスのこと愛してるわ!」
マリーリが先程言えなかった言葉を紡げば、カッと頬を染めるジュリアス。
そして、「遅くなるかもしれないが、待っていてくれ。それと帰ったらちゃんと話をしよう」と頭を撫でられる。
「わかった、待ってる。ずっと待ってるから……っ!」
「ありがとう、すまない」
再び見送り、ジュリアスがいなくなると同時に小さく思い出し笑いをするマリーリ。
(今まで悩んでたのが馬鹿らしい)
自分はジュリアスの何を見ていたのだろうか、と今までキューリスに散々振り回されている自分が情けなくて再び涙が出てくる。
もっと早くこうして気持ちをぶつければよかったと今更ながら思った。
それにしても……
「まだあんな手紙を大事に取っていただなんて」
(しかもあのぼろぼろ具合を考えると、ずっと肌身離さず持っていてくれたのよね)
あんな手紙をまさかずっと持っていただなんて、マリーリさえも驚きだった。
そしてそんな前から自分を想ってくれていたと思うと、なんだか居た堪れないマリーリ。
(私が信じなきゃ、誰がジュリアスを信じてあげるっていうのよ)
ギルベルト国王の言葉を思い出し、改めてジュリアスを信じようと誓うマリーリだった。
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