第37話 ど、どうかしら、似合ってる?
「ど、どうかしら、似合ってる?」
レースをふんだんにあしらった仕立て上げたばかりのネイビーの
普段は明るい色を選ぶことが多いのだが、今回は夜会、しかも国王陛下主催のパーティーで表向きは既婚者というていとのことであえて落ち着いた色にしてみたのだ。
「あぁ、とても似合っている。新しくおろしたのか?」
「えぇ、今日は国王陛下への御前に出ると言うから」
「そうか。その髪の色に合っていてとてもいいと思う」
「そ、そう?」
「そうだ、先日あげた髪飾りがあっただろう。それをつけて行ってはどうだ? きっと似合うと思う」
言われて、つい先日ジュリアスが市場で売っていたのをたまたま見かけたからと買って来てくれた髪飾りを思い出す。
「あ、そうね。せっかくだし、つけていこうかしら。ミヤ、お願いできる?」
「はーい、あのパールをあしらった髪飾りですねぇ〜」
ミヤはパタパタとマリーリの私室へと走っていく。
すると、何やら不穏な気配を感じてそちらを見ると、なんとも苛立った様子のグウェンがジュリアスをじとりと据わった目で見つめていた。
「パールをあしらった髪飾り? それ聞いてませんけど、いつお買いになったんです?」
「……別に、金に困っていないのだからわざわざ言う必要などだろう」
「そういう問題ではないとあれほど……! 本当毎回マリーリさまのことになるとリミッター外れるのやめてもらえます!?」
「別に外れてない。マリーリに似合っているのだからいいだろう」
「だからそういう問題ではですねぇ……」
最近は毎度この言い争い。
大体こうしてグウェンがジュリアスの普段の行いや振る舞いに対して怒っていることがほとんどなのだが、ジュリアスはいつも適当にいなしているので余計に怒りを拗らせているのが常であった。
それを見ながら自分のせいで、とおろおろとするマリーリ。
そこへ、ミヤが髪飾りを持って戻ってきた。
「もう、行く前からカリカリしないの、グウェン」
「ミヤ、いつもボクの話に割り込むのはやめてくれ」
「だって煩いんですもの。はい、マリーリさまつけましたよ〜」
「ありがとう、ミヤ」
ミヤは手慣れているからか、手早くマリーリの髪に髪飾りを装着する。
そして終わるや否や、ミヤはジュリアスにあれこれ言っているグウェンのほうに向き直った。
「そもそもねぇ、そうやって言うならマリーリさまがいないとこでやってくれる? マリーリさまがねだって買ったならまだしも」
「いや、それはっ、……確かに、そうだな。マリーリさま申し訳ありません」
「い、いいのよ。ジュリアスが何でも買ってきちゃうのが悪いんだろうし」
突然謝ってくるグウェンに、マリーリがおろおろしつつも答えると彼女の返答で水を得た魚のように勢いを盛り返す。
「ですよね! ジュリアスさまは買いすぎですよね!?」
「別にそんなことはない。妻に買い与えて何が悪い」
「だからそういうことじゃなくてですね!」
「はいはーい。もう時間だから終了〜! パーティーに遅れちゃいますからさっさと馬車乗ってくださーい」
ミヤがパンパン、と手を叩くとマリーリはそのまま馬車まで背中を押される。
そして、「せっかくですから、楽しんできてくださいね!」とニッコリとミヤに微笑まれた。
「行ってきます」
「留守を頼んだぞ」
「承知しております」
さすがのグウェンもこのときまでお小言を言うことなく恭しく頭を下げて見送ってくれる。
そして馬車に乗り込むとお互い隣合って座り、馬車はゆっくりと出発した。
「先程はグウェンが煩かったが、よく似合っている」
「もう、それさっきも聞いた。でも、ありがとう。ジュリアスも似合ってるわよ、その格好。騎士服じゃないのも新鮮ね」
「そうか」
今日のジュリアスは刺繍がたっぷり施されたスーツを身につけている。
とても豪華な衣装だが、それに負けず劣らずの顔立ちで着こなせてしまっているジュリアス。
隣にいるのが自分では見劣りしないだろうか、と多少不安になるが、ジュリアスに何度も褒められて満更でもないのも事実だ。
「えぇ、どちらも似合っててカッコいいと思うわ」
「……そうか」
言いながら眉間に皺を寄せたかと思えば、顔を押さえて外を見やるジュリアス。
たまにそういう複雑な表情をするのだが、褒められるのが苦手なのだろうか、とちょっと不安になるマリーリ。
(私には褒められても嬉しくない、とか?)
そんな考えが頭をよぎって、ダメダメ、と自分の顔をつねる。
すぐに悪いほうに考えてしまうんだから、と自分の思考を持ち直した。
「そういえば、社交界はだいぶ慣れてきたか?」
「まぁ、多少は……? と言ってもここ最近出たのはお母様達がいたから」
ジュリアスが新領主になってから晩餐会や舞踏会などの招待が多く、マリーリはバード伯爵夫人として参加することがとても多かった。
そのため慣れない社交界に参加していたのだが、いずれもどちらかの両親が参加していて常にマリーリのそばから離れず一緒に行動していたので、あまり不便さや緊張などを感じることなくこなせたと言っていいだろう。
しいていえば、マーサが何度目かのときに「わたくしもマリーリのおうちに行くー!! このままずっと離れない〜」とおいおい泣かれて、引き剥がすのに手間取ったくらいだ。
「今日はお母様達がいないからちょっと不安ではあるかも」
心構えしてきたつもりだが、いざ味方が誰もいないと思うと急に不安になってくる。
すると、ジュリアスが肩を掴んで力強く引き寄せ抱きしめられた。
「大丈夫だ、今日は陛下がいるぶん余計な口出しをする者は少ないはずだ。俺もなるべくマリーリのそばを離れないようにはするが、何かあればすぐに呼べ。駆けつけるから」
「ありがとう。でも平気よ。私はバード伯爵夫人なのだから、ジュリアスがいなくたって今後のためにも立派に夫人としての役目をこなさないといけないし」
「マリーリがそんなことを言うなんて珍しいな。何か変なものでも食べたか?」
「失礼ね! 私もちゃんと考えてるんですー!!」
ポカポカと軽く叩けば、ジュリアスに笑われる。
(今日も無事に乗り切れますように)
そう祈りながら、ジュリアスと寄り添いながら目的地に着くのを待つマリーリだった。
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