第38話 余計なことは言わないでくださいよ

「陛下、本日はお招きいただきどうもありがとうございます」


 ジュリアスに続いて恭しくこうべを垂れるマリーリ。

 いざ陛下を前にすると緊張で顔が引き攣ってしまっているが、粗相がないようにしなければ、とキュッと裾を握る手に力がこもった。


「おぉ、よく来たなジュリアス。そしてこちらがマリーリ嬢か。お噂はかねがね」

「陛下」

「おぉっと、いいじゃないか。ジュリアスは何でも隠したがるからな。ようやくご対面できたのだから少しくらい話をさせてくれ」


 朗らかに笑うギルベルト国王陛下。

 先王が早くに亡くなったため彼はまだ二十五ととても若く、文化は重んじれど悪しきしきたりなどは排除し、まだ在任期間は短いもののその見事な手腕で執政改革を行なっていた。

 今回ジュリアスにブレアの地を任せ、国王陛下直々の任務に当たる人材として重用したのもその改革の一環らしい。

 ちなみにギルベルト国王には兄弟が三人いて、二男のダラスは宰相として、三男のグロウは騎士団長として国王陛下を支えていた。


「余計なことは言わないでくださいよ」

「不敬なやつだな。我がそんなことを言うわけがなかろう。例えば、なんだ、ずっとマリーリ嬢一筋で肌身離さず「そういうことです!!」」


 ジュリアスが珍しく語気を荒げる。

 それを見てギルベルト国王は悪戯が成功した子供のように楽しげにケタケタ笑った。


(肌身離さず……? 何のことかしら)


 気になりつつも、ふーふーとまるで獣が威嚇するときのような殺気でギルベルト国王を睨みつけるジュリアス。

 というか、この二人はどういう関係なのだとマリーリは色々な疑問が湧いてくる。


「おぉ、恐い恐い。マリーリ嬢、大丈夫か? ジュリアスはこう涼しい顔をしているが、本音では……」

「陛下。あの任、今すぐ放棄してもよろしいのですよ?」


 唸るようなジュリアスの声に、ギルベルト国王がはたと止まる。


(あの任、ってこの前言ってたスパイのことかしら?)


 目の前で繰り広げられる謎の応酬に訳がわからない状態だが、仕事に口を出してはいけないと心得ているので疑問は胸の中にしまっておいた。


「それは、困るな。うぅむ、からかいすぎたか? まだまだ物足りないのだが」

「もう十分でしょう」

「そうか。マリーリ嬢、こんな真面目だけが取り柄の何も面白みのないやつだが、彼を信じてしっかりと添い遂げてやってくれ」

「も、も、も、もちろんです!」

「はは、愛されているな、ジュリアス」

「いい加減にしてください」


 陛下に向かってこんな口利きしちゃって大丈夫なのかしら、とマリーリはジュリアスのことが心配になるがギルベルト国王は気にする素振りもなく、「せっかく来たのだから楽しんでいってくれ」と笑われた。


「はぁ、あいつはいつも余計なことばかり……」

「あの……ジュリアスと陛下ってどういう関係なの?」


 とりあえずこれくらいは聞いていいだろう、とホールへと移動したあとにジュリアスに尋ねる。

 ジュリアスは「あぁ、言ってなかったか」と苦笑した。


「ギルベルト国王とは寄宿舎で同室だったんだ」


 初めて聞く衝撃的事実に目を剥く。

 国王も経験として寄宿舎に入ることは知っていたとはいえ、まさかそんなに近い存在だったというのは驚きだった。


「え、そうだったの?」

「と言っても国王の任に就く前までだからそんなに長くはないが……」

「そうは言っても陛下が即位されたのって一年前でしょ?」


 今からちょうど一年前に先王が流行病で急逝し、そこからドタバタと現王ギルベルト国王が長男ということですぐさま即位し国王になった。

 そして今日はその即位一周年記念のお祝いなのだ。

 本来は盛大に執り行ってもよいのだが、流行病のせいでだいぶ景気も落ちてきており、ジュリアスが取り戻した土地以外にもまだ略取された土地もあって火種が燻っているということで簡略化されている。

 そのため招かれた客もだいぶ少なく、今日は国王の親しい人物のみが招かれているパーティーであった。


(寄宿舎時代同室で、しかもここに呼ばれているということは結構深い付き合いってことよね)


 ジュリアスは寄宿舎時代のことは多く語らないため、マリーリにとってジュリアスの知らない部分である。

 よくギルベルト国王と会っているなぁ、と思っていたがまさかそんな繋がりがあったとは知らなかったマリーリ。

 できればもっとジュリアスのことを知りたいと思いつつも、どこまで聞いていいのかと考えあぐねていた。


「あぁ、だから同室だったのは実質二年ほどか。元々父も先王とは親しかったのもあってそれなりに親交はあったのもある。……まぁ、よくからかわれたり悪戯されたりとろくでもないことしかしないイメージしかないけどな」

「そうなの? 意外」

「公私はわける人物だ。だから執政に関してはそういう姿は見せないと思うがな。まぁ、なぜか気に入られてこうして重用はしてもらってるが、正直人遣いが荒いから遣われる身としては大変だが」

「ふふ、でもそれだけ信頼されているということね」

「まぁ、そうだな。国王になるとそれだけ敵も多くなるし、若くて未婚なぶん大変なようだ」

「なるほど」


(国王も色々大変なのだなぁ)


 それに比べたら私もまだまだ頑張らなくては、と思ったそのときだった。


「バード伯爵。オルガス公爵がお呼びです」

「……っ。あぁ、すぐ行く。すまない、マリーリ。ここで少々待っていてもらえるだろうか」

「え、えぇ、大丈夫よ。私は行かなくて大丈夫?」

「あぁ、俺だけで十分だ。すまない、ちょっと席を外すが、あまり一箇所には留まらず色々見て回るといい」

「え、っと……わかったわ。そうする」

「悪いな。なるべくすぐに戻ってくる」

「いいわよ、気にしないで。いってらっしゃい」


 手を振って見送ると、ジュリアスは後ろ髪引かれるような素振りを見せつつ案内されたほうに行ってしまう。


(一箇所に留まらず、って変なことを言うのね)


 よく端で声をかけられるのをずっと待っている女性のことを壁の花、と揶揄する言葉があるが、そのことについて言っているのだろうか、とマリーリは疑問に思いながらも言われた通りにうろうろとホール内を見て回っていた。

 普段ならお目にかかれないものばかりだしせっかくの機会だからと、ついまじまじと調度品を見ながら歩いていると不意に「あら、なぜここに貴女がいるの? マリーリ」と聞き覚えのある声に思わず身体が固まる。

 そしてゆっくり振り返ると、そこには想定した通りの人物がいて、思わずマリーリは生唾を飲み込んだ。


「貴女こそ、何でここにいるの……? キューリス」


 そこには明るくて華やかなゴールドのドレスに身を包み、ニッコリと妖艶な笑みを浮かべたキューリスがいたのだった。

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