第35話 どうしてこうなった
「えっと、狭くない?」
「あぁ、狭くない。マリーリは?」
「え、えぇ、大丈夫だけど……」
「であれば、灯りを消すぞ」
「へ!? あ、うん。オネガイシマス」
(どうしてこうなった)
いや、元は自分の発言が悪いんだが、とマリーリは頭を抱えたくなる。
(いや、でもだって、まさか同じ布団で一緒に寝るだなんて普通言い出すとは思わないわよね!?)
内心プチパニックになりながらも平静を装うマリーリ。
すると、パッと灯りが消えて一帯が暗くなり、灯りを消してきたジュリアスが布団に戻ってきた。
ゴソゴソと布団が動いて引っ張られると、外気が入り込んで少し身震いする。
けれど同時に身体を割り込まれたことで、自分とは違う気配と体温や匂いを感じ、ドキドキと口から飛び出しそうなほど心臓が大暴れし始めた。
「そ、そういえば、先程陛下にこき使われていると言っていたけど、今は何のお仕事をしているの?」
緊張を解そうと暗闇になったのを利用してマリーリは世間話を振る。
現在ジュリアスは伯爵という称号を与えられたことで、騎士としての立場から離れて領主としてこのブレアの地を治めているが、並行して陛下から仕事の依頼を受けているらしい。
具体的にどんな仕事を受けているかわからなかったので、つい興味本位でマリーリが尋ねると、なぜか黙り込むジュリアス。
「あ、もしかして聞いてはいけないお話だった? それなら言わなくていいわよ。ただ気になっただけだから」
沈黙が長いということは過去の経験上ジュリアスが言いにくいこと、もしくは言いたくないことでもあるのだろうと察する。
一応、陛下に仕えている以上、守秘義務というのがあるくらいマリーリも知っている。
なので無理に聞き出すのはよくないというのは心得ていた。
(とにかく重要な任務を請け負っているということよね。一応、出世しているわけだし)
一体どんな仕事をしているのだろうか、例えば……とマリーリが考え始めたところで「とある人物の調査だ」と短い言葉が返ってくる。
「人物の調査? へぇ、まるでスパイのようね!!」
「まぁ、そんなところだ」
スパイ、という響きにちょっとときめく。
以前本で読んだことがあるが内密に調査して、悪事を
それをまさかジュリアスがしてるだなんて思うと、マリーリは勝手にテンションが上がっていく。
さっきまで一緒の布団で寝るのに緊張していたことなど忘れて、マリーリは彼に近づき、布団の中で手探りしてジュリアスの両手を掴んだ。
「凄いわね! 大任じゃない!! 陛下はジュリアスを買ってくださっているのね」
「っそうなのか……な?」
「えぇ、きっとそうよ! さすがジュリアスね」
「あー、まぁ……、そのぶん色々と大変ではあるのだがな」
「ジュリアスならきっと大丈夫よ」
「ありがとう、マリーリ」
ジュリアスは嬉しそうにそう言うと、マリーリに手を伸ばす。
暗闇でジュリアスの表情は窺い知れないが、グッと身体を寄せられ抱き締められると、髪をなぞるようにそっと撫でられた。
吐息が近い。
再びドキドキがぶり返してきて、今更ながら距離感を詰めすぎたと後悔した。
「だからこれから先、普段の俺と違う側面を見せるかもしれないが、できればマリーリには俺を信じていてもらいたい」
「うん? えぇ、わかったわ」
「ありがとう。すまないな」
緊張も相まってジュリアスが言うことが具体的によくわからないものの、彼を信じればいいということだろう、とマリーリなりに解釈する。
(お仕事って大変なんだな)
抱き締められながら目を瞑る。
マリーリはこれが一体どういうことなのか、そのときはまだ何もわかっていなかった。
◇
「く、苦し……ぃ」
蛇にでも巻きつかれたかのようにギュウギュウと身体にまとわりつく何か。
あまりに苦しくて重い瞼を持ち上げると、目の前には金色の毛の塊があって思わずマリーリは「ギャッ」と小さく叫んだ。
「え、と……ジュリアス……?」
どうやら寝ている間に錦糸のような金色の長い髪がジュリアスの顔を覆っていたらしい。
自由になるほうの手で髪に触れ、彼の顔を発掘するように髪を避けてあげれば綺麗に整った美しい顔が現れた。
「ふふ、相変わらず綺麗な顔。本当、羨ましいくらい」
つい魅入ってしまうほどの顔。
幼少期のときのジュリアスはまさに美少年という様子で、よく天使だなんだとマーサやネルフィーネが騒いでいたが、よく見るとあれから成人もして年相応の顔つきになっていた。
「あら、ここに髭がある。ジュリアスもやっぱり男の人なのね」
人間味のある部分を見つけて、なんだかちょっと嬉しくなる。
無防備な姿を自分しか見てないと思うと、少しだけ優越感に浸るマリーリ。
(なんだか今なら言える気がする)
「ジュリアス、好き……」
寝てるのをいいことに、マリーリはそう口にする。
もちろん寝ているから反応はないし、意味のない行為だということはわかっていた。
きちんと起きているときに気持ちを伝えることが大事だということもわかっていた。
けれど、いつも土壇場になると緊張してしまうマリーリにとってはこれが精一杯であった。
(今度はちゃんと起きてるときに言わないとね)
そう自嘲しながら、ここぞとばかりに自らジュリアスに抱きつく。
そして、彼の体温を感じながらジュリアスの匂いを嗅いだ。
はたから見たら変態っぽいかもしれないが、今は誰に見られてるわけでもないし、せっかくの機会だからとジュリアスとの密着を堪能する。
だが、それにしても……
(うーん、そろそろ起きなきゃだけど。動けそうにないわねぇ)
さて、この状態をどうしたものか。
めいいっぱい抱きついたり匂いを嗅いだりしてジュリアスを堪能したはいいが、そろそろ起きたくなってきた。
だが寝ている間に何がどうしてこうなったのか、ジュリアスに抱き枕よろしく、マリーリは羽交い締めにされていて、身動きを取ろうにもガッチリとホールドされてしまっているため手以外は動かせそうにない。
「困ったわね。起こすしかないかしら」
そろそろ感覚的に起床時間である。
起こしにくるのはミヤだが、もしこの状況を見られたらからかわれるどころの騒ぎじゃないのは目に見えていた。
(ミヤが起こしに来る前までには何とか脱出しないと)
「ジュリアス、ジュリアス起きて……っ」
唯一動かせる手で、ジュリアスの胸板を叩く。
だが、目蓋は未だに固く閉ざしたまま、起きる気配はない。
「もう、人のこと寝坊助だなんだって言ってて、ジュリアスのほうがよっぽどじゃない」
ぶつぶつと文句を言ってると、不意に手を掴まれる。
「ジュリアス、起き……っんんん」
やっと起きたかとマリーリがジュリアスの顔を覗き込むように近づけば、急に力強く抱きしめられてそのまま口づけられる。
何がなんだかわからなくて、目を白黒とさせていれば、「マリーリさまぁ〜起きてますぅ〜?」と外から能天気なミヤの声が聞こえてきた。
(ま、まずい……!!)
一緒に寝てるところだけでなく、キスしてるとこまで見られるわけにはいかないと必死になってもがくマリーリ。
だが、マリーリの非力ではどうにもならず、無常にもガチャリと音を立てて開くドア。
(わあぁぁああああああぁあああ!!!)
どすんっ!
「ま、マリーリさま、大丈夫です!?」
「え、えぇ、大丈夫よ!」
「え、と何なさっていらっしゃるので? というか、ジュリアスさま、大丈夫です?」
「……大丈夫だ」
そこには火事場の馬鹿力でベッドから突き落とされ落下したジュリアスと髪を乱して息も絶え絶えなマリーリがいて、ミヤは状況把握ができず、呆気に取られるしかなかった。
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