第34話 いっそここで寝ちゃう?

「煩いです、ひよこ」

「ひよこではないわ。アスクレピオスよ」


 朝食後マリーリはひよこを自室に連れ帰り、入れている箱の中に木屑を増やして餌をやる。

 食事によって黄身の色が変わるとは聞いたが、まずはやはり無難な色がいいだろうとまずはとうもろこしをあげているが、小さなクチバシでツンツンと突っついている姿はとても可愛らしくてずっと見ていて飽きなかった。

 ちなみに今日も朝からジュリアスが国王に呼ばれて不在なため、マリーリは家で留守番だ。


「またそんな難しい名前をおつけになって」

「いいじゃない、覚えやすいでしょう?」

「そう思ってるのはマリーリさまだけですよ〜」

「そうかしら?」

「そうですよぉ、以前もポニーにアポロニアスとつけてませんでしたっけ?」

「カッコいいでしょう?」

「マリーリさまは名付けのセンスはあまりよろしくないかと。そもそもメスに男性の名前つけるのはいかがかと思いますが」

「それは、確かにそうね。じゃあ、この子はアステリアにするわ」

「やっぱり名付けはその路線なんですね」


 呆れたようにミヤが言う。

 マリーリは構わずアステリアと名付けたひよこをずっと構い続けていた。


「もう、マリーリさまったらひよこにばかり構わないでください」

「えー、だって可愛いじゃない」

「可愛いですけどぉ。もう、本当ジュリアスさまったらなんでもかんでもマリーリさまに買い与えて〜!」

「そんなことないと思うけど、そうかしら?」

「そうですよぉ〜! 宝飾品やらドレスやらアトリエやら。今度は馬だの射撃場だの言ってますし、あまり散財されては破産するのでは?」

「言われてみたらそうね。今度ジュリアスに言っておくわ」

「ぜひそうしてください〜」


 ここに来てからミヤの小言は少しずつ増えていた。

 マーサの代わりを勤めんとばかりにビシバシと指摘が飛んでくる。


「そうそう、マリーリさま。このあとドレスの採寸しますからね〜」

「はーい」


 以前持っていたドレスだけではどう考えても足りないと、今日新たにいくつか新調したりリメイクしたりする予定である。

 というのも近々に国王陛下の誕生パーティーがあるということで、それまでに用意しなければならないからだ。

 ちなみに今週は夜会、再来週には社交会など引っ越してきてから怒涛の勢いでスケジュールが埋まっていき、マリーリにとっては憂鬱な日々が続きそうで戦々恐々としていた。

 唯一の救いといえば、グラコスとマーサも呼ばれていたり、フィリップやネルフィーネも参加したりするということで顔見知りが全くいないわけではないことだけだ。

 だが、それだけでもマリーリにとっては安心材料であった。


 ーーコンコン


「はい」

「マリーリさま、仕立て屋の方々がおいでです」

「わかったわ、すぐ行く。ミヤ、この子お願い」

「えーー!? 私動物苦手なんですよ〜!」

「大丈夫、噛んだりしないわ。そのうちジュリアスが鶏舎を作ってくれるそうだから、それまでの我慢よ」

「鶏舎っていつできるんですか〜!!」

「さぁ?」

「ちょ、マリーリさまぁ!??」


 久々に珍しく悲鳴を上げているミヤを尻目に、マリーリは仕立て屋を迎えに行くのだった。



 ◇



「ドレスは買えたか?」


 夕食を済ませ、就寝前にマリーリの自室に来るジュリアス。

 ここに越して来てからというもの、就寝前にジュリアスがマリーリの部屋に訪問することが日課になっていた。


「えぇ、おかげさまで。てか聞いてよ! 久々にコルセットでギュウギュウに締められたんだけど、もっと絞れますから完成までにはあと少しダイエットしてくださいって言うのよ!? 信じられる!??」

「なんだ、太ったのか?」

「もっとオブラートに包んで聞いてよ! 実際……ちょっと太ったけど、そこまででは……ないと思うんだけど」


 言いながら尻すぼみになっていくマリーリ。

 考えてみればここのとこバタバタしていたせいで運動不足だし、家にこもっていることが多くてついお菓子などを摘んでしまっていた。

 特に最近新しく入ったキッチンの子に菓子作りが得意な子がいて、それはそれは美味しい焼き菓子を作るものだからそれを食べないというのは無理である、と心中で言い訳する。


「確かに、ここ最近はマリーリもあまり外に出られてないようだからな」

「別に引きこもりたくて引きこもってるわけではないのだけどね」

「では、なるべく早く馬と射撃場を揃えなければな」

「あ、そのことなんだけど、お金は大丈夫なの?」

「ん? グウェンに何か言われたか?」


 グウェン、というのはマリーリ達の執事である。

 ジュリアスと年が近く、バード家で長年執事をしている人物の息子であり、ジュリアスと顔見知りで親しくしているということでこちらで執事として雇っていた。

苦労性のようで、ある意味傍若無人なジュリアスの行いに毎日振り回されているらしい。


「いえ、ミヤに言われて」

「そうか。……金の心配には及ばない、騎士時代に使わずに貯め込んでいたからな。それに必要経費しか使ってないから無駄遣いじゃない」

「そう? でも、ここのところ私に色々と買ってくれてない?」

「それは……」

「もらえることは確かに嬉しいけど、別にこれ以上買わなくていいわよ? 今のままでも十分だもの」

「まぁ、そうだな。約束の馬と射撃場以降は自重するようにしよう」

「うん、そうして」


 なぜだか苦笑するジュリアス。

 可愛げない女とでも思われただろうか、と多少心配になるも、いや、元からこういう性格なのだから仕方ないと考えるのをやめた。

 実際、お金を使ってくれるのはありがたいが、ここは仮でも奥様としてきっちり締めるところは締めておかないといけないだろう。

 ゆくゆくは本当の奥様になるわけだし、その辺りの管理はしっかりしなくては、と意気込むマリーリ。


「ジュリアスはどうだったの? 今日はお城に行ってきたんでしょう?」

「あぁ、陛下にこき使われて疲れた」


 言うなり、マリーリにのしかかるように抱きつくジュリアス。

 あまりの重さに「ぐぇ」とマリーリが鳴けば、「カエルでも飼っているのか?」と笑われた。


「ジュリアスがいきなり抱きついてくるからでしょ」

「騎士を目指していたならそれくらい受け止めねばならないのでは?」

「あのときの話を掘り起こさないでよ! もう、意地悪なんだから!!」


 笑うジュリアスに膨れるマリーリ。

 そしてマリーリがベッドに腰掛けると、自らの膝をぽんぽんと叩いた。


「しょうがないから膝なら貸してあげる」

「あぁ。ではちょうど今は寝心地がいいようだし、貸してもらおうかな」

「あー! またそれ、嫌味でしょう!? 今に見てなさいよ、すぐに痩せてほっそりしてやるんだから!」

「はは、程々にな。俺は今のままでも十分だと思うぞ」

「全くもう、どっちなのよっ」


 ぶつぶつとマリーリが溢すも、そんなものお構いなくドサっとマリーリの膝に頭を預けて寝転がってしまうジュリアス。

 こうして見下ろすと童顔も相まって幼いイメージだ。

 安心したように伏せられた目。

 黄金に輝くまつ毛は長く、綺麗にカールしていて羨ましいと思ってしまう。

 だが、やはり疲れが出ているせいかどことなく肌の色が悪いし、クマまでできていた。


「そんなに疲れてるなら、いっそここで寝ちゃう?」


 冗談のつもりでつい軽口を言うマリーリ。

 この部屋にはこのベッド一つしかなく、クイーンサイズと言えども身体が大きいジュリアスが寝転がったら二人で寝るには窮屈だし、ジュリアスも寝室を分けようと言ったくらいだからきっと断るだろう、そう思っていた。

 黙り込むジュリアスに、もしかしてもう寝てしまったのかと顔を覗き込めばパチっと近くで目が合った。


「……では、そうさせてもらおうかな」

「へ?」


 想像していた答えではなくて、マリーリはフリーズする。

 冗談かと思ってそのあとの言葉を待ったがそれ以上ジュリアスは何も言わず、マリーリは自分が言った言葉の重大さに今更ながら気づくのだった。

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