第31話 どうしよう……
「まぁ、ご機嫌よう、奥様!」
(どうしよう……)
庭に出ようとしたタイミングで、ばったりと昨日のパーティーで自分の悪口を言っていた領民の女性と遭遇してしまったマリーリ。
相手はこちらがあの会話を聞いていたことなど気づいていないだろうから、マリーリだけが気まずくて、思わず顔が引き攣ってしまった。
「ご、ご機嫌よう。えっと、貴女は本日はどのようなご用件でこちらに?」
「あたしはマチルダと言います。実は、ここの使用人になりたくて面接を受けに来ました!」
「あ、あぁ、なるほど」
まさかあんな悪口を言ってたのに使用人採用の面接に来るとは思わなかったマリーリは、さらにどうしたらよいかわからず困惑する。
そもそもあのときは散々な言われようだったにも関わらず、今はニコニコと人のいい笑みを浮かべるマチルダに、あのときの彼女は自分の幻想だったのではないかと錯覚しそうになった。
「奥様はこれからどちらへ?」
「えっと、庭へ……行こうと思って」
「庭ですか! とっても素敵なお庭ですよね! 昨日パーティーでお邪魔させていただいたときもとても綺麗だって友達と言っていたんです〜!」
「そ、そう。どうもありがとう」
すらすらと笑顔のまま言ってのける彼女に目眩すら覚える。
こうも見事に本音と建前を使いこなされてしまうと、自分のコミュニケーション能力に懐疑的になってしまいそうになる。
「ところで、ご領主様は今日はいらっしゃらないのですか? せっかくだからお話したかったのですが」
「えぇ、彼は今ちょっと外出してます」
「ふぅん、そうなんですかぁ。残念」
あからさまに気落ちしている彼女を見て、やはり目的はジュリアスなのかと察する。
というか、彼女はこのまま居座るつもりなのだろうか。
面接はこれからなのか、それとも終わったのかすらもわからず、マリーリも彼女をどう対処したらいいかもわからない。
だが、だからと言って見知らぬ人物をこのまま放っておくこともできず、何か上手い言い回しで彼女をどうにかする方法を考えあぐねているときだった。
「何をなさっているんです?」
鋭く冷たい声が聞こえる。
顔を上げればそこには怒った顔をしたミヤがいた。
ミヤはマリーリに目もくれずマチルダを直視していて、見られていないはずのマリーリも怯えるくらいには憤怒のオーラを放っていた。
「あ、えっと……」
「貴女は面接にいらしたのでは? ここで何をなさっているんです?」
「いえ、あの……奥様がいらっしゃったので、その……お話を……」
「いいですか。あくまで今回は使用人の面接です。使用人を志す方が奥様のお時間を奪い、お手を煩わせていいとお思いですか?」
「それは……その、申し訳ありません」
先程のニコニコした表情から一変して真っ青な表情のマチルダ。
こんなにも手厳しく言われたことがないのか、ぶるぶると大きく身体を震わせながら硬直していた。
「謝るのは結構ですから、お帰りください。勝手に邸内をうろつかれては困ります」
「は、はい。すぐに帰ります……っ」
ミヤに言われて、マチルダは慌ててパタパタとエントランスを出ていく。
それを見届けたあと、ミヤは「はぁ」とうんざりしたように大きな溜め息をついた。
「……全く。マナー以前の問題だわ」
「えっと、ミヤ?」
「何です?」
「怒ってる、わよね?」
「えぇ、まぁ」
いつになくイラついた様子のミヤが吐き捨てる。
それを見てビクビクとするマリーリは咄嗟に「ごめんなさい」と謝った。
「何でマリーリさまが謝るんです?」
「え、だって……私にも怒ってるんじゃないの?」
マリーリの謝罪にキョトンとした顔をしていたミヤだが、まさか勘違いをしているとは思わず、今度は呆れたように苦笑した。
「そんなわけないでしょう〜? そりゃ、マリーリさまがすぐに追い返せばよかったかもしれないですけど、一応領民なわけですし、今の場合は私が追い出すのが正解です」
「そ、そういうものなの?」
「そういうものです。そもそも無礼すぎじゃありません? 勝手に邸内うろちょろして、奥様であるマリーリさまに普通にお話するだなんて、使用人としては失格です」
「でもミヤは」
「何を言ってるんですか〜! 私はいいんですよぉ〜」
うふふ、といつもの様子でミヤに微笑まれてそれ以上何も言えなかったが、確かにミヤは例外と言えるだろう。
別にマリーリ自身もミヤが変わることを望んではいなかったし、この距離感がいいのは事実だ。
「てか、大丈夫です? やっぱり具合悪いんじゃありません? いつものマリーリさまよりかなり卑屈になってますが」
「えーっと」
「ほら、いつもだったらここで言い返すのに! 絶対おかしいです!」
結局やっぱり体調不良なんじゃないか、と改めてミヤに問い詰められる。
ヤバい、選択ミスった! と思うも後の祭りで、アトリエ使用は結局お預けとなり、自室へと連行され大人しく寝ているようにとミヤから厳命されてしまうのだった。
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