第30話 私、男を見る目がないのかしら
「ここがアトリエ……」
一際大きな部屋にイーゼルや画板などが用意されているのを見て圧倒される。
キャンバスやパレット、顔料なども用意されていて、とても充実したアトリエであった。
絵を描くことが好きとはいえ、素人のマリーリにはもったいないほどだ。
ジュリアスからマリーリにとっておきの部屋を用意してある、とサプライズで用意してくれた部屋なのだが、あまりに至れり尽くせりで正直戸惑ってしまう。
(ジュリアスはどうしてこうも私に色々してくれるんだろう)
マリーリは不思議で仕方なかった。
お互い気安い関係なのは理解している。
また幼馴染だからこそ、お互いの性質や思考などは大体把握しているつもりだ。
だが、恋愛的な面では全然読めない。
こうして自分を想ってくれてるからこそ色々としてくれるのはわかるのだが、なぜこんなに気遣ってくれるのかも理解できないし、何よりジュリアスが自分をどう思っているのか、好意を持ってくれているかさえ理解できなかった。
(キスだって、初日に私が冗談でせがんで以来してないし)
スキンシップはやたらとしている気がするが、それ以上のことは何もなかった。
むしろそういう気配があるとジュリアスはそれを避ける傾向にある。
(やっぱり私のことは好きではないのかしら)
お互いに都合のいい関係。
そう思おうと割り切ろうとしても、沸々と再燃する感情。
いつしかマリーリはジュリアスのことを好きになっていたが、ジュリアスからは全く好意が見えない。
むしろ拒絶すら感じる態度を取ることもあって、マリーリはその事実に胸を痛める。
利害が一致し、お互いに好き勝手できているのだからそんなこと一々気にしなければいいのだろうが、マリーリはどうしてもこのやるせない思いを拭いさることができなかった。
(やはり私は結婚には縁遠い星の下に生まれてしまったのだろうか)
冷静になればバカバカしいと思うだろう考えに取り憑かれる。
我ながらうじうじしていると思うが、それでもネガティブなことばかり思い浮かんではついそのことばかり考えてしまうのだ。
「はぁ、そもそも何でこうも私ったらうじうじ悩んでいるのかしら」
昔はもっと自信満々だったはずなのに、どうしてこうも自信がなくて弱気になってしまったのかしら、と考える。
(確か、初めて社交界に行ったときからだったかしら)
今から二年前、当時まだマリーリが十六歳の頃だった。
一般的に社交会デビューは十六から二十歳と言われている中では早いほうである。
あのときのマリーリは謎の自信があった。
社交界にさえ行けば誰かしら声をかけて一緒にダンスに誘ってくれるのだろう、と。
そしてお伽話のようにトントン拍子に話は進み、愛し愛され結婚し、素敵な家庭を築くようになるのだと。
けれどその思惑は外れ、なぜかヒソヒソと陰口を言われてあとはスルー。
訳がわからないながらもとても惨めで、ジュリアスには事前に声をかけるなと伝えていたのも災いして、その時はずっと独りぼっちであった。
もうこのままならいっそ早く帰りたい、とそう思ったときだ、ブランから声をかけられたのは。
「失礼、お嬢さん。お隣、よろしいでしょうか?」
その一言でマリーリは恋に落ち、初めて心揺さぶられるほどときめいた。
これはきっと運命だ、とまさに一目惚れである。
それからはもう、ずっとマリーリはブランに夢中であった。
(今考えてみれば、しょうもない初恋だわ……)
初恋は儚いというが、自分でエピソードを思い出しただけでも薄っぺらいと思う。
ただ惨めだと感じていたところにたまたま声をかけられ、それでちょっと会話が盛り上がった、ただそれだけ。
もっとこう、ロマンスらしいものはなかったのかとあれこれ思い出そうとするも、これと言ったエピソードも思いつかない。
元々ブランは会えば優しいが、会うまでに時間はかかるし都合がつかないしで、だんだん会っても楽しくなさそうだし、たまに私を責めるときもあったし、と考えてから今更ながら気づく。
(もしかして、こんなに陰気になってしまったのってブランのせいかしら?)
まさに釣った魚には餌をやらないとばかりに婚約後は特に顕著で都合はこちらから合わせないといけなかったし、何かと用意しておけと頼まれることも多かったし、そのくせドタキャンしたり希望のものに添ったものでないと貶されたり……。
それでもなおマリーリはブランのことを愛し、信じていたのだが。
(うーん、考えれば考えるほどブランがクズにしか思えない。そして自分が盲目すぎてチョロすぎる)
恋は盲目だとよく言ったものである。
実際あの嵐の件で心象ガタ落ちであったが、それ以前は彼のクズさ加減を正直理解していなかった自分に驚くマリーリ。
「私、男を見る目がないのかしら……」
我ながら悲しくなってくるが、現状ジュリアスも理解できない行動を取る辺り、女難ならぬ男難の相でもあるのかもしれない。
でも、ブランがクズだと自覚したのだってあのキューリスとの一件からだし、それまでは盲目的に彼のことを信じていたような……。
(ということは、鬱々とした性格になってしまったのはブランが直接の原因ではない……?)
うーん、わからない! と考えて、いつの間にか考え込みすぎて時間が経っていることに気づくマリーリ。
「って、こんなことずっと考えてたら日が暮れてしまうわ。ミヤにまた心配されちゃう」
またしてもぼんやり考えごとしてたなどとバレたら、明日以降は病院に連れて行かれるかもしれない。
しかも、自分の男運のなさについて延々と考えてたからだなんてバレたら、赤面どころでは済まないだろう。
「とにかく頭をスッキリさせるためにも何かを描こうかしら」
そうしてキョロキョロと見回すも、さすがに描くものはあっても描く対象がないことに気づいて、とりあえず何かしら描くものを用意しなければと思い立つ。
「確かミヤが花の絵、って言ってたわよね。庭にダリアの花が確かあったはずだからダリアでも描きましょうか」
ようやくマリーリは動き出すと、庭へと向かうのだった。
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