第21話 マリーリさまは命の恩人なんです

「本当に何度見ても素晴らしいですねぇ〜」


 一通り搬入を終え、一息ついたミヤがほぅ、とうっとりしたように二階から階下を見下ろしている。

 それがとても雰囲気があり、本人の美貌も相まって絵になる美しさ。

 この家の主人であるはずのマリーリさえも、誰がここの主人か一瞬わからなくなるほどだった。


(私って何やってるんだろ)


 時々、マリーリは自分の無力さに悲しくなるときがある。

 何か優れている部分があればいいが特に思い当たらず、美人なわけでも気立てがいいわけでもなくて、自分にはいいところが何もないのだとふとした瞬間に自覚して、悲しくなることが何度かあった。


(魅力的な部分がないからブランにも浮気されるんだし、キューリスにも裏切られるんだし……)


 夕方だからだろうか、なぜか無性に感傷的になってくる。

 すると、ミヤがいつのまにかこちらをジーッと見つめていたのに気づいた。

 マリーリは、またしょうもないことを考えていることを悟られないように慌てて取り繕うように澄ました顔をするが、ミヤの眉間の皺は深くなる一方だ。


「マリーリさま? 何をぼんやりなさってるんですか?」

「え、いえ。ミヤとこの家って似合っているなぁ、って」

「またまた、そんなことおっしゃって。お世辞を言ってもダメですよ〜。それにマリーリさまのほうがお似合いですから。そもそもこれ、全部マリーリさまの好きなものばかりじゃないですか〜。ジュリアスさまに愛されてますねぇ〜素敵!」

「そう思う?」

「えぇ、もちろん! あれぇ、もしかして、また悪いこと考えてません?」


 洞察力の鋭いミヤの目つきが変わる。

 マリーリのことは誰よりも理解していると自負しているだけはあって、ミヤはマリーリの変化に聡かった。


「べ、別にそんなこと……っ」

「マリーリさまぁ? ミヤのこの目は誤魔化せませんよぉ?」

「う、うぐ。……だって、私がこんな素敵な家に住んでもよいのかしらって。私は何もできないのに」

「何をおっしゃいます! マリーリさまは何もできなくはありませんよ!」


 突然ミヤがマリーリの手をしっかりと握ってまっすぐに見つめる。

 その勢いに気圧されて、「そ、そうかしら……?」と驚くマリーリ。


「えぇ、そうです! 覚えておいでですか? 私を拾ってくださったときのこと」

「え? えぇ、確か市場で売られていたのよね」


 まだマリーリが幼い頃だった。

 家族で多少遠出をしたときのこと。

 真っ昼間だというのに道の真ん中でほぼ半裸状態で売りに出されていた少女を見つけ、一目でその美しさに目を留め、マリーリはグラコスにこの子をおうちに連れて帰りたい! とそれはそれは駄々をこねたのだ。


「ご存知です? 私がなぜ売られたか」

「いえ、そういえば聞いていなかったわね」

「私は実母に売られたのです」

「え?」

「私は昔から発育がよくて、それで実父から性的暴行を受けていたんです。それに嫉妬した母によって人買いに売られました」


 ミヤの過去に絶句する。

 彼女がつらい過去を抱えていたのは薄々感じていたが、まさかこんなショッキングな内容だとは思わず、マリーリは何と言ってよいかわからなかった。


「それで売られたのですが、様々な男性貴族からはぜひ我が家へと愛玩用の奴隷として所望されました。ですが、私も気が強いタチでして、ことごとく返り討ちにしてきました。もちろん、人買いがそんな私を許すはずもなく、何度も打たれ蹴られの日々で心身共に疲弊して、いっそ死んでやろうかと思ったときでした。私がマリーリさまに会ったのは」

「……え?」

「始め、美しいお召し物を着て物珍しそうに私を見つめるマリーリさまに悪い感情を抱きました。……また、好奇の目に晒されているのかと感じて」

「ご、ごめんなさい」


 そういえば当時は人売りなど珍しくて、ついつい幼児特有の無遠慮さでまじまじと見てしまったことを思い出すマリーリ。

 その際はグラコスに窘められるほどだった。


「謝らないでください。でも、すぐに変わったんです。マリーリさま、私を見て第一声なんと言ったか覚えてます?」

「えっと、なんだったかしら? とにかくミヤのことを美しいと思ったのは間違いないのだけど」

「マリーリさまは私を『お人形みたいで綺麗!』とおっしゃったんですよ」

「へ? 私、そんなこと言ったの?」

「えぇ。まさかお人形だなんて言われるとは思わなくて、最初はバカにしてるのかと憤りもしましたが、純粋に本心で言っているのだと瞳を見て確信しまして。そのあとマリーリさまったら、グラコスさまにいつも以上に駄々をこねて、もうこの子を連れて帰らないなら私もここに一緒に売られてやる! とワガママまで言い出しまして」

「そ、そんなこと言っていたの? 私……」

「えぇ、えぇ。それで私にしがみついて離れず、グラコスさまが根負けして私を引き取ってくださったんですよ」


 ミヤがくすくすと笑う。

 当時の恥を言われて恥ずかしい気もするが、それでミヤがここに来てくれたのだと思うと、昔の私のワガママも悪いものではなかったのかな、とマリーリは思った。


「ですから、マリーリさまは私の命の恩人なんです」

「へ?」

「もう、今の私の話、聞いてました?」

「き、聞いてたけど、恩人だなんてそんなっ」

「私にとってはそうなんです〜。そのあとも常に私を気にかけてくださったでしょう? 連れ帰ってくださった日は同じお風呂に入ってくださったの、今でも覚えてます」

「あぁ、それは私も覚えているわ! 姉妹ができたようで嬉しかったのよ」


 あの日は風呂に色々と玩具を持ち込みすぎて、風呂上がりにしこたま怒られたなぁと思い出す。

 後にも先にもミヤと一緒に風呂に入ったのはそれきりだが、あのときはとても楽しかった。


「せっかくだし、引っ越し作業が終わったら久々に一緒にお風呂に入る?」

「え!? いいんです?」

「えぇ、私も久々にミヤとお風呂に入りたいわ」

「うっふー! でしたら残った作業、頑張っちゃいますよ〜!!」


 急にやる気に満ち溢れたミヤに、笑みが溢れる。


「あ、というか話脱線しちゃいましたけど、マリーリさまはそういうお優しいとことか、純粋なとことかで救われてる人もいますし、悪いこと考えないでくださいね? それに、ジュリアスさまに愛されてなかったらこんなに至れり尽くせりなことはありませんから! もっと自信を持ってください!」

「あ、うん」

「もう! ちゃんと返事!」

「えぇ、わかったわ」

「よろしい! さて、私はマリーリさまとのお風呂のために、最後の仕上げ頑張りますから、待っててくださいね〜!」

「大変だろうけど、お願いね。……ミヤ」

「はい」

「色々と話してくれて、あと励ましてくれてありがとう。ミヤ大好きよ」

「もう〜〜〜〜! そんなこと言われたら張り切っちゃいますよ、私! ちなみに、私もマリーリさまのこと大大大大大好きですからね!!」


 ぎゅうぎゅうと、これでもかと言うくらいミヤに強く抱きしめられるマリーリ。

 ミヤの存在はとても心強くあったが、自分も同じくらいミヤにとって心強い存在でありたいと思った。


「あ、そういえばジュリアスさまはお外にいらっしゃいましたよ? もう少しで片付け終わりますから、それまで一緒にお散歩されては?」

「んー、そうね。そうしようかしら」


 ミヤがニコニコと微笑む。

 まるで姉のようだと思いながら、マリーリはミヤに後押しされるまま外へと出ていった。

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