第20話 何でそこで動揺するのよ
「ここが二階だ」
「うわぁ、こちらも広いわね! 窓も大きくて日差しがいっぱい入って気持ちいいわ」
「そうだろう? マリーリは寝坊助だからちょうどいい。この部屋をマリーリの私室にしようか」
「寝坊助って言われるほどではないわよ。ちょっと朝が弱いだけじゃない」
「それを寝坊助というんだ」
ジュリアスにサクッと切り捨てられて、うぐぐぐ、となるマリーリ。
認めたくはないが、ジュリアスのほうが一枚も二枚も
「ところで、寝室のことだが」
「え!? し、寝室!??」
びっくりしすぎて思いのほか大きな声が出てしまうマリーリ。
まさかジュリアスから寝室の話が出るなどとは思わず、想定外の話題に声が上擦ってしまった。
「何を動揺している?」
「あ、いえ、そ、そうよね。ベッドを運ばないとだし、し、寝室のことも話し合わないとよね」
努めて平静を装うも、マリーリはドギマギとしてしまって焦り過ぎで目が白黒としてしまっている。
すー、はぁ、と深呼吸しようにも焦りすぎて吸ってるのか吐いているのかどっちがどっちだかわからぬほど混乱してしまっている始末だった。
(もしかして、ジュリアスと一緒の部屋で寝るの? え、そうしたら寝顔だとかすっぴんだとか色々見られちゃうってこと?)
マリーリは隣でジュリアスと一緒に寝ているところを想像して、顔を押さえる。
顔が赤いのはもちろんだが、今絶対に自分でも見たこともない変な顔をしているに違いないとジュリアスのほうに顔を向けられない。
(朝、目が醒めたときに隣にジュリアスが寝ているってこと? というか、私の顔を見られるだけでなく、ジュリアスの寝顔とか寝相とか見られちゃうってこと? というか、寝るときも一緒の布団に潜り込んで隣合って寝るってことは……触れて、抱き合って……)
「はうっ」
「何を変な声を上げているんだ」
あからさまに不審そうな顔をされて、自分でも挙動不審すぎると気持ちを落ち着かせるように「落ち着けー落ち着けー」と自分に言い聞かせる。
とはいえ、一度出てきた妄想は幾重にも広がり、どんどん湧いて溢れてくるので、自分でも収拾がつかなくなっていた。
「い、いえ、気にしないで! そ、それでどうしましょうか。私はどちらでもいいわよ?」
つい強がってどちらでもいいとジュリアスに選択を委ねてしまったが、ジュリアスはどう答えるのだろうか。
(一緒に住むのだし、夫婦として暮らすのだし、それならもう、一緒に寝るのも仕方ないわよね……! そうよ、夫婦になるのだしっ)
そう自分に言い訳しつつジュリアスの言葉を待つ。
多少期待しつつも、それをおくびにも出さないようにマリーリは澄まして見せた。
「あぁ、寝室についてだが、一応表向きは婚姻済みとはいえ、まだ婚約状態だ。結婚式を終えるまでは寝室は別室にしようと思っているんだが、それでかまわないか?」
「……え? あー……、えぇ、そ、そうよね。確かに、そのほうがいいわよね」
(私ったら何を期待して何を残念がっているのかしら)
勝手に一人で期待していた自分がバカらしくなる。
今まで妄想していたものが一気に崩れ萎んでいくのを感じながら、マリーリはそれを悟られないように努めた。
「万が一のことなどあってはマリーリの父上に顔向けできないからな」
「そうよね。万が一……、万が一?」
「いや、なんでもない。ところで、お互いの部屋だが」
(万が一、とは? それってどういう意味の万が一だろうか)
すぐさま話題を変えるジュリアスの意図が読めず、困惑する。
彼の表情を窺うように覗き込んでもマリーリのように動揺している様子もなくて、いつも通りの涼しい顔だ。
いや、どちらかというと不機嫌だろうか。
先程までの上機嫌はどこへやら、今は少し気難しい顔をしている。
(万が一、ってあの顔的にどういう意味なのかしら。というか、何で急に不機嫌になるのかもわからないわ)
彼の真意を探ろうと頭を悩ませるも、次々と頭に浮かんでくるのは悪いことばかり。
そもそもこの結婚自体が相思相愛ではないのだから、ポジティブな意味合いではないだろう。
(ダメダメ、さっきもそうだけど初日から不安になってどうするの、私)
またまたミヤに指摘された悪いクセだと思い直す。
考え込むと悪いほう悪いほうに考えてしまうのはもはや仕様であるが、少しでもポジティブにならなければ、とマリーリは頭を切り替えた。
「マリーリ? 聞いているか」
「え? えぇ、部屋でしょう? せっかくだし、こんなに部屋があるのだからお互いに離れたところにする? そうしたらもし喧嘩したときにはお互い頭が冷やせるでしょう?」
「……っ、確かにそうだな。そういうのもいいかもしれない」
(何でそこで動揺するのよ)
ジュリアスの気持ちがわからないマリーリ。
お互い複雑な表情でモヤモヤしていると、ちょうど外が騒がしくなって荷車などが到着したことに気づいた。
「あ、来たわね」
「そうだな。では、それぞれ搬入してもらおうか」
「えぇ、そうね」
お互いの顔も見ずにパタパタと階下に降りていく二人。
どこかギクシャクしながらも、何も言えずに荷物の搬入指示を始めるのだった。
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