第22話 練習しよう
「ジュリアス!」
外で何やら作業をしているジュリアスに声をかけると、彼はパッと顔を上げるやいなや、手に持っていたものを後ろ手に隠すような素振りを見せる。
マリーリが首を傾げてそれとなくジュリアスの手を注目するも、何事もなかったかのようにその手には何もなかった。
「……マリーリか。どうした? 片付けは進んでいるか?」
「えぇ。ミヤが最後の仕上げを張り切ってくれているわ」
「そうか。そういえばマリーリは随分と連れてくる使用人が少なかったのだな」
今回マリーリが連れてきた使用人はミヤを含めて五人。
いずれもマリーリに年が近く、彼女のことをよく理解し、身の回りの世話をよくしてくれた人物を選んでいた。
「えぇ、まぁ。せっかくですから、こちらの方々とも仲良くなりたくて、新しい使用人をこちらで雇用しようと思ったのだけど、いいかしら?」
「もちろん。雇用を生むのは大事なことだし、ブレアとの結びつきも強いほうがいいだろう。早速明日パーティーをする予定だから、そのときに募集しようか」
「えぇ。……でも、どうしましょう」
「うん? 何か不都合でも?」
「いえ、あの……パーティーするのは久々だから、ダンスのステップを忘れてしまっているかもしれなくて」
「あぁ、なんだそんなことか」
真剣な悩みだというのに、ジュリアスは大したこともないとでも言うように、さらっと言ってのける。
「そんなことかって、大事なことでしょう〜! 言っておくけど、パーティーなんて私は本当に久しぶりなのよっ」
「そこは誇るところではないだろう」
「そ、そうなんだけど……っ!」
先日もマーサに積極的に夜会や舞踏会などに出ろと言われたところだし、今後に備えてダンスのステップなどをおさらいしなければならなかったが、つい引っ越しなどのバタバタで忘れていたと頭を抱える。
すると、スッとジュリアスはマリーリの前に立つと、彼女の目の前に手を差し伸べた。
「なら、練習しよう」
「へ?」
「事前に練習しておいたら思い出すかもしれないだろう? ほら、手を出せ」
「え、えぇ。って、今ここで!?」
「やるなら早いほうがいいだろう」
「それは、そうだけど……」
そっとジュリアスの手に自らの手を重ねると、グイッと反対の手で腰を引き寄せられるマリーリ。
そして、「まずはゆっくりとステップを踏むぞ」と耳元で囁かれて、あまりの美声にキュンとしながら今すぐ耳を塞ぎたい衝動に駆られるも、ギュッと目を閉じて羞恥心をやり過ごす。
そもそもこうして抱きしめられるとジュリアスの体躯や筋肉、体温や匂いなどが感じられて、まだ接触が慣れないマリーリは胸がドキドキと高鳴った。
「ほら、いくぞ。まず一、二……」
「ちょっと、待って。えーっと、まずはこっちの足からよね……?」
おずおずと足を踏み出すと、それに合わせてゆっくりとステップを踏むジュリアス。
マリーリの足下がおぼつかないことでリードするのも大変であろうが、そんな様子も見せずに彼女のペースに合わせている。
「ど、どう?」
「いいんじゃないか? マリーリはよく走り回っているぶん身体能力は人よりも優れているから勘を取り戻せば、ほら」
「だから、最近は走り回ってないってば! って、うわわわわ、ちょっと!」
くるくる、と回されて、そのまま背を反らすように支えられる。
随分とアクロバットな動きにマリーリが抗議するも、ジュリアスは楽しそうに笑っていた。
「ほら、こういうこともできる」
「もう、本番ではやめてよ?」
「はは、どうしようかな」
「ブレアに来て早々、恥を掻くのは嫌よ」
「大丈夫さ、マリーリはやるときはやる女だろう?」
「それ、褒めているのかしら」
ジッと恨めしそうに見るも、笑ってはぐらかされる。
機嫌がよくなったり悪くなったり、昔に比べて読めないなぁと思いながらも、ジュリアスが楽しそうにしているのはマリーリも嬉しかった。
「ほら、続きをするぞ」
「え!? もう、ちょっと、待って……!」
再び腕を引かれてジュリアスの腕の中。
まるで包み込まれるように抱きしめられて再び胸がキュンと甘く疼いた。
(私、ジュリアスのことが好きなのかしら……?)
今まで自覚していなかったが、こんなにもずっとドキドキしたことなど初めてだった。
久々に会ってからというもの、普段会っていなかったための緊張のせいだと思っていたが、どうやらそうではないらしいと気づく。
(ブランにさえこんなにドキドキしたことなかったけど、もしかしてこれが恋というものなのかしら)
今まで幼馴染ゆえの親愛からの好きだと思っていたが、どうにも違うようだと今更ながらに恋心を自覚するマリーリ。
そして、そっと顔を上げるとジュリアスが「ん?」とこちらを見る視線とぶつかって、思わずすぐに逸らしてしまった。
(そんな顔でこっちを見ないでよ、もう……!)
「どうした?」
「い、いえ、何でも。……こんな調子で明日までに踊れるようになるかしら」
「それはマリーリ次第だな。身体が強張っているぞ?」
「それは……っ、いえ、何でもないわ。とにかく練習しないと」
「あぁ、ほら続きをするぞ」
一、二、三、と掛け声に合わせてステップを踏む。
だんだんと慣れてくると足取りも軽く、ジュリアスのリードのおかげかだんだん楽しくなってきた。
「いいぞ、マリーリ。上手だ」
「ジュリアスが褒めるなんて珍しい」
「俺はいい主人だからな。妻をきちんと褒めるのはやぶさかではない」
「本当にー?」
「もちろんだ。実際にいい夫であるだろう?」
言われて、否定できずに頷く。
家のこともそうだし、こうした練習のこともそうだし、普段の気遣いもそうだし、マリーリにとってジュリアスは理想の旦那様であると言える。
(だからこそ、これが演技だと思うとつらい)
恋心を自覚したからこそ切なくなるマリーリ。
これが自分を愛しているからではなく、ジュリアスの優しさによって甘やかされていると思うと苦しくなる。
こうして、甘やかされて嬉しくなりながらも、ふとした瞬間に我に返ってまた自棄になってしまうの繰り返し。
自分でもどうしてこんなにネガティブなのかとも思うが、一度考え出すと止まらなかった。
「マリーリさまぁ〜! お部屋の片付けが終わりましたから、お戻りくださぁ〜い!!」
ミヤの声が聞こえて思考が止まる。
そこでまた自分がネガティブなことを考えてしまっていたことに気づいて、またやってしまったのか、と自嘲した。
「わかったわ! 今行く!」
「あとは本番だな。いや、もしよければだが寝る前にも練習するか?」
「いえ、大丈夫。だいぶ勘も取り戻せたわ。どうもありがとう、ジュリアス」
(寝る前にこうしてジュリアスとまた練習なんてしたら、きっと眠れなくなってしまうわ)
そんなこと言えるはずもなく、マリーリはジュリアスの提案を断った。
「……そうか。では、早く戻らねばだな。夕飯は何が出るだろうか」
「何でしょうね、楽しみ」
腰を抱かれてそのまま家へと戻る。
家に入ってからパッと離されてしまった温もりをちょっと寂しく思いながらも、マリーリはミヤのところへと向かうのだった。
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