二十四話 苦手な人

 クリスの説教が終わった後、クリスとセレカティアは女子会と評して二人だけで出て行ってしまった。おそらく、落ち込んでしまったセレカティアのフォローを行う為だろう。女性だけの会なら、ミリも連れていくべきなのだが、クリスの誘いの眼差しを断り、二人を見送っていった。

 そして、事務所に残されたのはカイト、ミリ、そしてニール。

 ミリはともかく、ニールも残っているのが疑問だ。

 彼がここに来る理由の大体はクリスであり、それ以外に見当たらない。もし、隙を見てクリスの私物を持って帰ろうものなら叩きのめした上、警察に突き出してやる。

「帰らなくていいんすか?」

 向かいのソファにて読書に勤しむニールに問いかけると、彼は笑みを浮かべさせた。

「今日の仕事も終わってるし、帰ってもやる事ないもんでね」

「夜でも女の家に入り浸るのはいいとは思えねぇけど?」

「ハハハッ、すっかりクリスの用心棒だねカイト君」

「んな訳ねぇって……」

 クリス目当てで依頼してくる男達を、この三年間で何人も見てきた。純粋な想いを持った者も居れば、やましい事だけ考えて近寄ってくる者も居た。そういう者には、あからさまに嫌な態度を取ってきた気がする。

 彼女が誰と一緒になろうが、自分には関係ない。その人と一緒になりたいと思ったのなら、とやかく言うべきではないからだ。彼女の幸せは彼女自身が決める。

『カイトさん、クリスさんの事を大切に想っていますもんね』

 隣で口に手を当てて笑うミリに、カイトは顔を顰めさせるが、決してそちらに目を向けるような事はしない。

「どうかした?」

「いや……何でもないっすよ」

「そう? ところでさ」

「ん?」

「カイト君はどうして還し屋になろうと思ったの?」

「どうして……そりゃ、クリスを見て、かな」

「へぇ。やっぱりそういうものなんだね」

「ニール、さんは還し屋に興味あってもなろうとは思わなかったんすか?」

「確かに思った事はあったかな。けど、何分才能がなかったというのかな。それに、本業もあったから、片手間じゃ到底なれないと思った。だから、こうして、サポートする側に回った次第だよ」

 そういえば、先日逮捕されたファルトも似たような事もあった。彼の場合は志すには老いすぎたという理由だった。そして、好奇心が行き過ぎた結果、あのような結末になってしまった。

 職にしている手前、己の地位を犠牲にしてまでミストの秘密を知りたいという事が理解出来ない。いや、もし還し屋だとしても異様な存在を深く知りたいと思えないだろう。知ったところで何があるのか。知ったところで、得になるのは皆無なのだ。

「人それぞれ、か」

「そういう事だよ。自分になれなくても、その誰かに自分の人生を乗っける。それほどまでに僕は還し屋に希望を持っているのさ」

 還し屋は希望。そう呼ばれるほどの価値があるのだろうか。

 この世に留まる死者を還す。人助けとも言える。

 それを知ってから、今までただクリスを追って行ってきた事が善行であるものだと気付けた。何も知らない人からとったら、変わらず意味の分からない、詐欺紛いの職業に見えてしまう。

 クリスなら、還し屋を誇りある職業だと言うだろう。

 なら、口に大にして言える還し屋になれるように努力しなければならない。

 カイトはニールに気付かれないように口元を片手で隠し、笑みを浮かべる。

「そう思ってくれるように努力しますよ」

「期待してるよ。じゃ、僕は失礼しようか。騎士様の忠告に従わないとね」

 ニールはソファから立ち上がり、屈託のない笑顔を向けてくる。

「誰が騎士様だっての……」

「じゃあ、またね」

「あぁ」

 ニールが手を振り、そのまま事務所から出て行った。

 しんと静まり返った事務所で、カイトが散らかったクリスの机を片付けようと腰を浮かす。そこで、黙っていたミリが呼び止めてきた。

『カイトさん』

「ん、なんだよ」

『えっと……ニールさんという方は、本当に一般人なのですか?』

「はぁ? なんでだよ」

『いえ、その……彼と目が合った気がして』

 そんな筈はない。ミストを視る事が出来るのは、特別な施術を眼に行った者だけだ。それを行っていないニールに、ミリを捉えるという事は万に一つとしてない。

「気のせいだろ。俺を見たのをそう勘違いしただけだろ」

『そう、でしょうか……?』

「そういやミリ、記憶の事なんだけどさ」

『え? 何のことですか?』

「何のことって……俺達が記憶を取り戻そうとしたじゃねぇか。俺達が気を失って――」

『あれはカイトさんとセレカさんが喧嘩して、お互いに頭をぶつけたのでは?」

 何を言っているのだろうか、と言いたげに首を傾げさせる彼女の目には、偽りというものは感じなかった。自分が気を失っている間に、何らかの記憶の改竄が行われたのだろうか。現実逃避によるものなのか、クリスのよるものなのかは定かではない。クリスならば、セレカティアとは別の催眠方法を知っているようにも思えた。今まで、疑問について彼女に問いかけても、『知らない』という返答をされた事は一度もない。その博識故に、その選択を除外する事が出来なかった。

「……あぁ、そうだな……そうだった」

 これ以上、言うのはやめよう。あの記憶を思い出させてはいけない。それ以前に、彼女を元の体に戻していいのか。戻れば、あの記憶に再び悩み、怯える日々を強いられるのではないだろうか。クリス達は一刻も早く探し出すと話していた。昏睡状態が続けば、危ないのは理解している為、口を大にして反対出来ない。

「俺達はお前の体を探しに行くか。見つけて、サボリ魔共に目に物を見せてやろうぜ」

『はいっ』

 ミリはその言葉に表情を明るくさせ、大きく頷いた。

 彼女の純粋な笑顔に悟られないように、一瞬だけ視線を逸らせる。自分を信じてくれているが、自分は彼女に嘘を吐いている。複雑な気持ちが胸の中で渦巻き、自分の無力さに腹が立つ。

 カイトはミリに気付かれように、小さく舌打ちした。

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