十三話 作戦

 クリスが風呂から帰ってきてから自分も風呂に入った。風呂と言うよりも大浴場で、一度に十数人入れる規模に、空いた口が塞がらなかった。広い中を一人で居るのは何とも言えない気持ちになってしまい、湯に浸かっている間はため息ばかり吐いていた。

 部屋に戻ると、クリスがどこから持ってきたのか分からないコーヒーセットをテーブルに置き、悠々自適にコーヒーを飲んでいた。

「はぁ、やっぱり金持ちが飲むコーヒーは美味しいわ。一杯が高いから中々手が出ないのよねぇ」

『寝る前に飲むと目が冴えちゃうんじゃ……』

 彼女の隣でミリが注意するのだが、当の本人は気に止めずに味を堪能していたが、カイトの帰ってきたのを確認すると、カップをテーブルに置く。

「さて、寝る前に明日について話しておこうかな」

「明日?」

「そそ。最後のミストが見つからない以上、探すしかないじゃない」

「確かにそうだけどよ……」

「二手に分かれて、随時報告し合う。で、あとはミリちゃん」

 クリスは傍にいる彼女を指差す。

 差されたミリはキョトンとし、僅かに首を傾げさせる。

「ミリちゃんには、ファルトのおっさんを一日中張り付いておいて」

『え、私がですか!?』

 自分を指差して、驚愕の声を上げる。それに対し、クリスは頷く。

「あの人、今日何していたのか不明すぎるし、誰も彼の動向を知らないのよ。そこで還し屋以外、姿が見られないミリちゃんにお願いしたいの」

 還し屋を援助してくれている彼を疑っているというのだろうか。確かに一日中書斎に居たと彼の言葉だけで信憑性はない。しかし、疑う対象には成り得るかとなると、答えは否だ。少なくとも、彼は信頼できる存在できる存在であり、還し屋の偏見を和らげる役目を果たしてくれている重要な人物でもある。

「怪しいってか?」

 カイトがクリスに問い掛けてと、彼女は首を左右に振った。

「初対面で口説き文句を吐く人だとしても、別に疑っていないわよ」

(こいつを口説くなんてすげぇな……)

 情報が何一つ状態での彼女は、カリスマ性とある程度の美しさを持った女性と受け取れるだろう。大体は一定期間過ぎれば離れていくのだが。

 口説き文句という単語に顔を赤らめさせているミリを一瞥した後、カイトは頷いた。

「分かった。徹底的に調べればいいんだな?」

「そうよ。入室許可が得られない部屋は全部ミリちゃんに任せるわね。良いかな?」

 クリスがミリに質問すると、彼女は緊張しているようで、ぎこちなく頷いた。

「は、はい。頑張ります」

「じゃあ決まり。さ、明日に備えて寝よっか」

 ソファから立ち上がると、駆け足でダブルベッドに飛び込んだ。

「ふへぇ、やわらかぁい」

 間の抜けた声が上げた後、体を右端へ移動させ、布団を被った。そして、布団から顔の上半分だし、カイトを見つめる。

「何してんの。電気消して入りなさいよ。寝不足は仕事に支障を来すわよ」

「……抵抗ねぇのかよ」

「なにが? ……ははぁん、さては恥ずかしいんだな? モテモテの私と一緒に寝る――」

「うっせぇな。んなわけなねぇだろ」

 クリスの言葉を遮ってから舌打ちをし、部屋の電気を消すスイッチを押した。暗くなった事を確認すると、ベッドの方へ歩み寄る。ミリから放たれる青白い光のお蔭で何処かに当たったり、躓いたりすることもなく辿り着く事が出来た。

 クリスとは真逆、左端へ潜り込み、出来るだけ彼女と距離を取る。

『眩しい様なので、離れてますね……』

 ミリは自分の体を見下ろし、ふらふらとソファに横たわった。彼女が横になる事で視界から少しだけ光が見えなくなった。

 横なってしばらくして、しんとして部屋の中で、カイトは口を開いた。

「今回の依頼、おかしなところが多すぎるけど、クリスはどう思う?」

「だからこそミリちゃんに尾行をお願いするの。明日はセレカも来るし、さっさと終わらせるよ。長引くと嫌な事になりそう」

「嫌な事?」

「最悪のケースは言う気はないよ。寝ましょう。おやすみ」

「……おやすみ」

 考えるのも馬鹿馬鹿しく思い、カイトは彼女に背を向け、目を閉じた。

 後ろから『おやすみ』聞こえたと思えば、すぐに彼女の寝息が聞こえてくる。行動力のある故に、寝るのも早い。その感覚がたまに羨ましく思う時がある。

 カイトは布団を頭から被り、何度目か分からないため息を吐いた。

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