十二話 規則
食事はファルトの身内、仕事、自慢の話。クリスが還し屋について重要部分を伏せて説明するというものが続いた。還し屋の話にファルトは興味津々に聞き、『還し屋になりたいと思ったが、この歳になると覚える事が大変でね』と困った様子で答えていた。
食事後は、同じ屋敷内にある来客用の部屋へと案内された。位置からして、家主の寝室から少し離れている。執事やメイドが待機する部屋からも離れており、外に出ても誰とも会う事が無いと思われる構造となっていた。
カイトとクリスは隣同士の一室――だったが、突然クリスが同室にしてくれと申し入れをしてきたのだ。当然、カイトは断固拒否したが、『給料無しにする』と脅しをかけてきて断念する羽目となってしまった。
「では、良い夜を」
ヴァールが頭を下げ、部屋を出ていくのを見送るなり、クリスが傍に置かれた高級そうなソファに身を投げて情けない声を上げる。
「ふああああぁぁ……、つかれたぁ……」
「何で同じ部屋にしたんだよ。ソファに寝る羽目になるだろうが……」
横になって寛ぐ彼女を、カイトは睨みつける。
しかし、クリスは否定するように手を振って、ベッドを指差した。
「なぁに言ってんの。一緒に寝るのよ」
「はぁっ!?」
「師匠と弟子で同じベッドで語り合おうじゃない」
「そんな趣味はねぇよ」
「あら、女として見てる?」
「んなわけねぇだろ」
「うっわ酷い」
わざとらしくショックを受けたように顔を覆う彼女に、呆れて鼻を鳴らす。
「女と見たとして、お前みたいな奴に惚れるかよ」
「年下には興味ないですよおだ」
覆っていた顔を現すと子供の様に舌を出してきた事で、苛立ちに眉を動かすが、ここで怒鳴っていては話が進まない。
食事中に彼女が零した言葉。
『敷地内から出る事は有り得ません』
ミストが移動しているという事は、ミリと同じ、生前の姿を保った状態だという事。この敷地内から出る事は無いと言っていたが、ミリはあちらこちらに移動し、挙句の果てには出会った場所から遠く離れた場所にまで足を運んできている。
「さっき言ってた事、何なんだ。敷地内から出る事は有り得ないってのは」
「あぁ、あれ? 嘘に決まってるでしょう」
「何でまた――」
「ああ言っとけば視えない奴は納得できるのよ。あんたも覚えておきなさい」
「騙す職業じゃねぇだろ……」
ぼそっと呟くが、それを彼女は聞き逃さかった。
クリスは鋭い目を細めさせ、淡々とした様子で口を開く。
「ミストの事を知ったからもう一つ教えておいてあげる。正体は絶対に言ってはいけない。万が一言ってしまった場合、相応の厳罰を与える」
どこかの規約書を読む様な抑揚の無い声に、カイトは眉を潜めさせる。
そんな規約が本当に存在しているのかは、今まで正体を知らなかったので知る由もない。だが、彼女の表情からして、その決まりは本当なのだろう。
「相応の厳罰って何だよ」
「資格の剥奪及び懲役刑」
「なっ……」
思いのよらない言葉に思わず声を上げてしまった。
ミストの正体を若い還し屋にまで行き届かないのは、それなりの理由があるのだろうと思っていたが、それは一般人まで行き届かない為のものだったかもしれない。それでも、剥奪の上に懲役刑までする必要性があるのだろうか。
「それだけの事で――」
「それだけで済まないからそうなるの」
横になっていた体を起こすと、真っ直ぐカイトを見据える。
「昨日も言ったけど、一般人に知られるのは一番危険な事。一人に教えれば、あっという間に広まって還し屋が迫害される危険性が一気に増すのよ」
「そんな事、一度も無かっただろ」
「そらそうよ。言った奴、知った奴は存在しなくなるもの」
「……どういう意味だ?」
それはどういう意味だ、と思ったが、その疑問は彼女自ら解決される事となった。
「そのまま。口封じ」
口封じ。つまり、始末したという事だ。
脅すまでならまだ許せる。還し屋サイドが、何が何でも伏せたいとなれば仕方がない。しかし、命まで奪うのは許される筈が無い。
カイトは壁を力の限り殴り、彼女に向けて激昂した。
「ふざけんなっ!! 死んだ人間を還す奴が殺してんじゃねぇぞ!!」
突然の叫びに傍にいたミリが大きく体を震わせた。
怒鳴られた本人は、特に様子を変える事無く立ち上がり、ケースに入っていた着替えを取り出し、手に持った。
「なぁに勘違いしてんの」
クリスはカイトに歩み寄ると、空いた手で額を軽く突く。
「さすがにそんな事をしないわよ。自分から仕事を増やす事なんて誰もしないでしょ。還し屋の方は牢屋にぶち込まれた後、監視下に置かれる。知った方も、口外したら同様に牢屋にぶち込んだ上に、返し切れない程の金額を請求っていう約束を取らせるの。そうすれば、誰も言わなくなるわ。実際、それで止まってるしね」
「監視しても喋ってる可能性があるかもしれねぇだろ……」
「そこらへんの監視は抜かりないわよ。知った代償は大きいっていうのを分からせてやるために、プライベートなんて皆無と言ってもいい程にされる」
「知った側は悪くねぇだろ」
「巻き込む事を知った上で話す奴が悪いのよ。運の尽き。擁護のしようが無いわ」
他の還し屋の事はどうでいいと言いたげな態度に、冷たいと人間だと思いながらも口にはしなかった。
クリスは笑みを浮かべ、カイトの肩を叩く。
「その気持ちがあるだけ十分よ。じゃ、先にお風呂いかせてもらうわね」
そう言って、部屋から出て行ってしまった。
カイトは深く息を吐くと、先程クリスが座っていたソファに座る。その隣に、ミリが腰を下ろしては言葉を発さず、不安気に顔を覗かせてくる。
「なんだよ?」
『……えっと』
しどろもどろしている彼女を横目に、天井に様々な種類に彩られている花の絵に視線を巡らせ、もう一度息を吐いた。
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