内緒だぞ


 パパがよく口にした言葉の一つに「内緒だぞ」と言うのがある。

 それは子供の悪戯のような小さな内緒で、だいたい外出の時に玩具やお菓子を買ってくれるときに「お母さんには内緒だぞ」だとか「妹には内緒だぞ」とお茶目な笑みで言ってくれる。大抵、母や妹には本当に内緒だったが「ママには内緒だぞ」と言うときは祖母に筒抜けなのである。ごく稀に私が「ごねたから」と祖母に言われてしまうこともあったが、ごねたことはないことをここで述べておく。

 私は自分の父親と過ごした時間よりも祖父と一緒に過ごした時間の方が長い。だから、成人後も祖父と二人で出かけたことが数回ある。

 一番最後に祖父と出かけたのは水族館だった。子供の頃から何回も連れて行ってもらった水族館に祖父と二人で出かけた。その時も「ママには内緒だぞ」と言って入館料を払ってくれたり、ぼけーっとサメやエイの泳ぐ大きな水槽を眺めている間もそっと寄り添うように付き合ってくれたり口数は少ないけれども辛抱強く付き合ってくれた。

 正直、自分の歩く速度や歩く距離は同年齢どころか年下の人間でも付き合うのが辛いということは何度も言われたことがあったので、高齢の祖父が疲れてしまわないか心配していた部分もある。けれども彼は「遠慮するな」と笑って、それから「ちっちゃいときから変わらないな」とサメの水槽を見上げていた。

 二人で館内を全部回って、それから外の展示(アザラシやセイウチなど)を見て回る時も「好きなところに行きなさい」とたくさん気遣われてしまった。だから、少しでも座れる場所がいいと思って、ペンギンのショーを見たことを覚えている。あの日のペンギンショーはとても衝撃的で内容までしっかり覚えているのだ。なにせ、飼育委員がペンギンをプールに突き落とすのだから衝撃でしかない。昔見た時とは随分内容が変わったのだなと思ってしまった。

 もう一つ、「内緒だよ」で覚えていることと言えば、祖父と二人で映画に行ったときのことだ。

 中学生の時、『ハウルの動く城』が丁度劇場公開されていたので映画を観たいと言ったら、祖母と母に断られてしまい、一人で行こうとしたのだが、祖父が付き合ってくれることになった。妹は映画よりも母と一緒に居たいと言うことで、祖父と二人きりの映画で、先にお小遣いを貰っていたのでチケットを購入しようとしたら「いい、しまっとけ。内緒だぞ」とチケットの他にポップコーンとパンフレットまで買ってくれた。もちろん、祖母には筒抜けなのだから後で祖母経由で母に知らされ、母に叱られることになるのだが、彼はいつも「内緒だぞ」と口にしていた。

 結局映画の最中、祖父は寝てしまっていたので映画には興味がなかったのだろう。孫をひとりにするのが心配だったのか、それとも一緒に過ごしたいと思ってくれていたのかはわからないけれど、その数年後に祖父母と三人で映画に行ったときも祖父は寝てしまっていたのでたぶん一緒に過ごしたいと思ってくれていたのだろうと考えることにしている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人生最高の男にフラれました。 高里奏 @KanadeTakasato

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ