魔術師ギルドの依頼 7

 ホットケーキというお菓子で釣って、アネットさんをなんとか歩かせる。

 お菓子の話をした直後は、アネットさんはやる気を出して、僕らの後に着いて来たが、やがて少しずつ遅れ始めた。

 ホットケーキは僕が作るので時間が必要になる。アネットさんをタカオに任せて、僕は1人で先に進む。



 タカオとアネットさんが見えなくなって、30分くらい歩いただろうか。2人が追い付くまでに、そこそこ時間が稼げたような気がするので、道端にテーブルと椅子を出し、さらに調理器具と、しゃべるる鍋『エルビルト・シオール』を出して料理を開始する。


「ふわふわのホットケーキを作ろうと思うんだけど、何かコツはないかな?」


 素材をテーブルに出しながら、エルビルト・シオールに話かけると、こんな答えが返ってきた。


マイ我がロード主よ、卵は黄身と卵白に分けて、別々にかき混ぜてから、後で合わせて下さい」


「卵白はメレンゲを作る要領?」


「はい、つのが立つような、クリーミーなメレンゲを作るのが、フワッとしたホットケーキを作るコツです」


「分ったよ。じゃあ、作り始めるね」



 エルビルト・シオールに言われた通り、卵を黄身と卵白に分けて、それぞれ小麦粉や砂糖やベーキングパウダーなどを加え、泡立て器でかき混ぜる。

 それぞれが出来上がると、軽く混ぜ合わせて生地きじを作り、いよいよ焼き始める。


「弱火の炎よ現われよ『火柱ファイヤーピラー』。エルビルト・シオール、このくらいの火力でどうかな?」


「マイ・ロード、まだ強いです。出力を23パーセント抑えて下さい」


「了解、炎よ23パーセント弱くなれ『火柱ファイヤーピラー』」


 僕が注文を言うと、炎がその通りに弱くなる。やはり魔法は便利すぎる。



「マイ・ロード、生地の周りが焼けてきたら、蓋をして蒸し焼きにして下さい」


「マイ・ロード、下の面が焼けたので、ひっくり返して下さい」


「マイ・ロード、そろそろ焼き上がります。お皿の準備を」


「マイ・ロード、今です! お皿に移して下さい!」


 エルビルト・シオールの言う通りに作業をして、ホットケーキを焼き上げた。

 ホットケーキはお皿に移すと、プルプルと震えるくらいに柔らかく出来上がった。

 この絶妙な焼き加減は、僕だけでは出来ない、さすが神器の鍋といった所だろう。



 2つめ、3つめと焼いていく。時間的にタカオとアネットさんが来てもおかしくはないのだが、まだ見えない。

 ホットケーキが冷めないように魔法倉庫にしまって、4つめ、5つめを焼いていく。魔法倉庫にしまっている間は、しまった物の時間は経過しないので、冷めたり傷んだりする心配が要らない。本当に魔法は便利だ。



 作った生地を使い切り、9つめが焼き上がった時にタカオとアネットさんがようやくやって来た。


「はぁ、はあぁ、も、もう無理ですぅ~」


 息もえのアネットさんに、僕が冷たい水を差し出す。


「お疲れさま、まずは座って、はいお水」


 アネットさんは倒れ込むように椅子に座ると、一気に水を飲み干す。一息つくと、僕の作ったホットケーキに手を伸ばしながら言った。


「そ、それがホットケーキですか? とてもおいしそうですぅ~」


 ここまで来る途中、そんなに険しい道は無かった気がするが、アネットさんはかなり弱っているように見える……



 タカオが椅子に座りながら、僕に聞いてくる。


「ユウリ、全員の分は出来ているんだろ?」


「出来てるよ。おかわりもあるよ」


「じゃあ、とりあえず食べようか」


「わかったよ、じゃあ、用意するね」


 出来たばかりのホットケーキをアネットさんに渡して、タカオと僕の分は魔法倉庫から引っ張り出す。バターとハチミツを添えて、食べる準備が整った。



「「「いただきます~」」」


「ん~、甘くて美味しい! フカフカした生地も素晴らしいです!」


 アネットさんはホットケーキを口に入れると、満面の笑みを浮かべる。喜んでもらえたようで、僕もうれしい。


「おっ、こんなホットケーキ、食ったことがねえな。最高だぜユウリ!」


「ありがとう。じゃあ、僕も食べてみよう」


 ホットケーキは口に含むと、トロッと溶け出して、フワッと消えてなくなった。そして、口の中は優しい甘さに包まれる。なるほど、確かにこれはかなりおいしい。



 あっとい間に食べ終えると、アネットさんが僕に訴えかけるように語りかける。


「あのぅ、おかわりもあるんですよね?」


「うん、ありますよ。出しましょうか?」


是非ぜひとも!」


 僕が倉庫魔法から次を出そうとすると、タカオがそれを止める。


「ユウリ、今はホットケーキを出さないでくれ、俺に考えがある」



「どんな考えがあるの?」


 僕が聞くと、タカオが少しもったいぶって言う。


「ここから1時間歩いた所に休憩場所を作って、そこで次のホットケーキを出すようにしよう。進んで行かなければ、おかわりは食べられない。アネット、次の休憩地点までがんばれるか?」


「は、はい。がんばってみます」


 アネットさんは返事をするが、これは大丈夫だろうか……



 タカオが席を立ちながら言う。


「よし、出発しよう。ユウリ、次の地点では、ストロベリーを使ったフルーツソースを作ってくれないか? ホットケーキに掛けて食べようと思うんだ」


 すると、アネットさんが強く反応をする。


「ス、ストロベリーですか! ただでさえおいしいホットケーキに、甘酸っぱいストロベリーソース追加されるなんて想像しただけで…… 行きましょう! 次の休憩地点まで!」


 ……こうして僕たちはアネットさんを引っ張って行く。



 食べ物で釣りながら、歩き続けて5日後。予定より1日遅れて、僕らは目的のザックソン村へとたどり着いた。デザートの食材が無くなる前に、無事に着けて本当によかった。

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