魔術師ギルドの依頼 8

 歩き始めて5日目のお昼過ぎ、深い渓谷沿けいこくぞいに街道を歩き続けて、ようやく目的のザックソン村が見えて来た。


 ザックソン村は渓谷の向こう側にあり、歩いては行けそうにない。周りを見渡してみると、およそ500メートルほど先に小さなばしが架かっているのが見えた。あそこから渡るのだろう、僕は、何とかついてきているアネットさんを励ます。


「アネットさん、もう少しで到着ですよ。がんばりましょう」


「は、はい。到着したら、パフェっていう甘くて冷たいスイーツが食べられるんですよね?」


「ええ、イチゴや桃やブドウなど、冷やしたフルーツを、ソフトクリームと共に食べるデザートですね」


「想像もできないのですが、とにかく美味しそうですね、がんばります! ふぉぉう」


 アネットさんが最後の力を振り絞って足を動かす。

 人がひとり、ようやく渡れるような、細い吊り橋を渡り、僕らはザックソン村へとたどり着いた。



 村の中に入ると、家の前で農作業の準備をしている中年の女性が居た。僕らをみて、声をかけてくる。


「そこのお姉さんたち、この村に何の用かね?」


 この質問に、タカオが答える。


「俺たち、ギルドの依頼で、橋の土台を作りに来たんだ」


「おや、そうすっと村長の所に用事があるんかな。今、案内するよ」


 女性についていくと、少し大きな農家の前に到着する。



「村長さん、おるかね?」


 女性が大声で家の中に叫ぶと、少し遅れてお爺さんが出てきた。


「そんな大声ださなくても聞えとる。何か用か?」


「橋の土台を作る人が来とるよ」


「おおっ、よくぞこの依頼を引き受けてくれました!」


 村長さんは、そう言って、僕らの手を両手でしっかりと握る。よほど嬉しかったのか、かなり力強く握ってきた。



「すいません、あの、話が長くなるなら、少し休憩した後にしてもらえないでしょうか……」


 体力的に限界だったのだろう、弱々しい声でアネットさんが訴える。


「おお、これは気がつきませんでした。遠いところからお越しで、さぞかし疲れたでしょう。こちらへどうぞ」


 村長さんが家に入れてくれる。



 会議室のような部屋に案内され、紅茶とお茶菓子のスコーンが出てきた。

 お菓子が出てくると、タカオがすかさず口に入れる。


「いただきます。おっ、このスコーン、絶品だぜ! ほろほろと口の中で溶けて、最高だ!」


「そうなんでですか、タカオお姉さま。では、私もひとつ…… 本当だ、ものすごく美味しい」


 ふたりがものすごく褒めるので、僕も食べてみる。すると、牛乳とバターの風味が、口いっぱいに広がり、控え目な甘さが後から押し寄せてきた。確かに、このスコーンは絶品だ。



「おかわりはいくらでもあるから、そんなに急いで食わなくとも無くなりはせんよ」


 がっついて食べる僕たちを、村長さんは温かく見守る。


「それじゃあ、俺におかわりを下さい」「では、私も」「僕も少しだけ……」


 疲れた体は、甘い物を欲しがる。僕らはスコーンを何度もおかわりをした。



 小腹こばらが満たされると、いよいよ本来の目的に移る。僕が依頼について聞く。


「そういえば、橋の土台はどこに作る予定ですか?」


「この村に渡ってきた吊り橋の、さらに300メートルほど向こう側に作る予定になっとる。村の中心からは少し遠くなるのじゃが、まあ、仕方があるまい」


 タカオが村長さんに質問をする。


「なんでそんな遠くに橋を作るんだ? もっと、村の近くに橋を作れば良いじゃないか?」


 すると、村長さんはこう言った。


「村の近くは渓谷の幅が広いからのう。土台を作ってもらっても、距離が長すぎて、上に載せる橋の部分を村民だけでは作れないんじゃよ」



 不思議そうな顔をして、タカオが質問をする。


「うーん。なんで魔法で橋の土台の部分しか作ろうとしないんだ? 魔法で橋を丸ごと作っちまえば良いんじゃないのか?」


 それを聞いて、村長さんが答える。


「いやいや、橋、そのものを作る魔法なんて聞いた事がない、不可能じゃよ」


 村長さんの答えを無視するように、構わずタカオは村長さんに質問を続ける。


「村の正面の渓谷の幅はどれくらいなんだ?」


「うーむ、およそ70メートルはあるかの」


「それなら魔法で作れるよな、ユウリ?」


「うん、そうだね。その大きさの石橋いしばしなら、魔法で簡単に作れると思うよ」



 僕の答えを聞いて、村長さんの表情が明るくなる。


「なんと、魔法で石橋が作れるのか! しかし、便利な魔法があるもんじゃな、人がようやっと渡れる吊り橋ではなく、馬車も通れる石橋は、村民の悲願ひがんなんじゃよ。しかし、魔法で丸ごと橋を作れると分っとったら、もっと早めにギルドに依頼をしておくべきだったのう……」


 ちょっと悔やんでいる村長さんを、僕が励ます。


「まあ、身近に魔法使いがいないと、知らなくてもしょうがないと思います。『石の壁』の魔法を使える者なら、比較的簡単に橋とか作れるはずですよ」


「そうなのか。儂は魔法にはうとくてのう。いつの間にやら、そんなに魔法は進化しておったのか……」


 しみじみとうなずく村長の横で、魔法に詳しいアネットさんが、僕に詰め寄ってきた


「橋を作る魔法なんて、私も初めて聞きました。どうなっているんですか、ユウリさん?」


「あれ? そうなんですか? えーと、僕の勘違かんちがいだったかな……」


 おかしい。この世界では、他のみんな魔法で橋とか作らないのだろうか……

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