魔術師ギルドの依頼 6

 旅に出て、2日目の朝が来る。宿屋で朝食をとり、再び馬車に乗り込む。

 すると、アネットさんが僕に話しかけてきた。


「昨日に話した内容を、ユウリさんは覚えていますか? 魔法の概念がいねんに関してですが……」


「ちょっと覚えられる自信が無かったので、ノートにまとめてみました」


 そう言って、僕はノートをアネットさんに見せる。


「おっ、完璧に把握はあくしてるじゃないですか。では、この先の真理しんりについて語りましょう!」


 アネットさんは生き生きと魔法について語り始めた。

 ……これは、僕が真面目に学習していたので、アネットさんの向学心こうがくしんを刺激して、火に油を注いでしまったかもしれない。馬車での移動は、のべ3日かかるのだが、この間は、ずっと魔法の話が続いた。



 3日目の午後2時くらい。馬車は目的の街に到着した。荷物をほとんど積んでいない馬車は順調に進み、予定より半日ほど早くたどり着いた。


「これ、預かっていた荷物です」


 僕が倉庫魔法から、しまっていた酒樽さかだるを出すと、御者ぎょしゃのおじさんがニコニコと笑顔で答える。


「ありがとうな、旅費を安くしておくよ。また機会があったら、よろしくな」


「はい。それでは、また」



 僕が軽い別れの挨拶をしていると、タカオが横から割り込んで来た。


「そういえば、ザックソン村って、あっちの街道で良いんだよな?」


「ああ、そうだ。街道から外れて、あの道を山の方に向って行けば良い。ここまでは街道沿いで、道も広く、宿場町も充実していたが、ここから先は気をつけて行けよ。村によってはレストランも無いし、宿も無い場合もある」


「……それは困るな。どうすりゃ良いんだ?」


「そりゃ、村人に聞けば良い。『この村に宿はあるか?』『宿が無いなら、次の村にはあるのか?』情報を聞いて、計画をたてて進んでいきゃあ平気だろ」


「なるほど。それもそうだな」


「無理して進んで、途中で野宿するなんて事にはならないようにな。じゃあ、気をつけて行けよ」


「ありがとう。じゃあなー」「お世話になりました~」「馬車の旅、楽しかったです」


 タカオと僕とアネットさんは、御者のおじさんに手を振って別れる。ここからは徒歩で4日間の旅になる。



 アネットさんが歩きながら僕に語りかけてくる。


「それで、闇魔法に関してなんですけど……」


 どうやら、まだ魔法に関して語り尽くしていないらしい。僕は重要な部分だけ、ノートに書き残しながら聞いていく。ちなみに、ここまで来る間にノートを半分以上が埋まった。このまま旅行中に書き続ければ、一冊の本が書けそうだ……



 延々と続くと思われた、魔法講座だったが、歩きはじめて10分もすると、アネットさんが黙った。

 15分もすると、うつむいてハァハァと肩で息をするようになり。20分もしないうちに足が止まった。


「ユウリさん、タカオお姉さま。少し休憩をしませんか?」


 道はまだ山道にはなっておらず、平坦へいたんな道だ。そこまで疲れるハズはないのだが……


 タカオがアネットさんの様子を見て言う。


「うーん。だいぶ息があがっているようだし、休憩にするか。ユウリ、テーブルと椅子を出してくれ」


「分ったよ。飲み物は冷たいお茶で良いかな?」


「ああ、それで頼むぜ」



 周りには誰も居ないが、いちおう通行の邪魔にならないように道端にテーブルセットを出す。すると、アネットさんがすかさず座り込んだ。


「疲れましたぁー、もう足がパンパンです」


 タカオがあきれながら言う。


「まだ20分くらいしか歩いてないぜ。これから4日間、歩き続けなきゃならないのに……」


「そんなの無理ですよ! そうだ、馬とかに乗って行きませんか?」


 僕がアネットさんに質問をする。


「馬を借りても良いですけど、乗馬できるんですか?」


「いえ、無理です……」


「では、歩いていくしかなさそうですね」


 僕がそう言うと、アネットさんガッカリする。どうやら、いつも室内にこもって研究ばかりしていたので、体力が無いらしい。



 10分ほど休むと、タカオがしびれを切らしたようだ。大きな声で言う。


「よし。そろそろ出発しよう!」


「まっ、待って下さいタカオお姉さま。もう少しだけ休憩を……」


「あまりのんびりとしていると、次の村にたどり着けなくて、野宿をする羽目になるぞ」


「そ、それは嫌です。い、行きましょうか……」


 休憩をあきらめたらしく、アネットさんが弱々しく立ち上がる。目的地への到着が遅れそうだが、ゆっくりと進んで行けば、おそらくなんとかなるだろう。



 歩きながら、僕とタカオが何気なにげない会話をする。


「タカオ、今晩の夕飯は何にしようか?」


「うーん。宿屋の飯はまあまあだったが、味が単調な物ばかりで飽きてきたな」


 これまでの移動している間は、食事は現地のレストランで済ませていた。味はどれもそこそこで、当りではないが、ハズレでもないという、そんな感じの店ばかりだった。



「そろそろユウリの手料理が食べたいぜ。何か作ってくれよ」


「良いけど。そういえば、アネットさんはどんな物が好物なんですか?」


「はぁ、はぁ、な、何か、エネルギーになる物が良いですね……」


 か細い声で答える。あまりにも弱々しいので、心配になってきた。


「だ、大丈夫ですか。また休みましょうか?」


「す、すいません、少しだけ休ませて下さい」


 うーん、本当で体力がなさそうだ。この調子だと次の村にたどり着けるのか、不安になってきた。



 休んでいる間、タカオがアネットさんに話しかける。


「アネットはどんな食べ物が好きなんだ? 肉と魚、どっちがいい? しょっぱいのと辛いの、どっちが好みだ?」


「そうですね。食べ物の好き嫌いはあまりないのですけど、甘い物が好きですね。砂糖は高価で、ほとんど口にできませんから」


 この世界でも砂糖は売っているが、500グラムくらいのビンで銀貨2枚、日本円になおすと、およそ2000円もするので、そんなに安い調味料とは言えない。



 アネットさんの発現を聞いて、タカオが何か思いついたようだ。


「よし、良い方法を思いついたぞ。ユウリ、この休憩が終わったら、1人で先に進んでくれ。俺とアネットは後からゆっくりと追いかけるから」


「良いけど、どうして?」


「ユウリには先行せんこうして休憩地を用意してもらって、そこで『お菓子』を作ってもらうのさ。ホットケーキぐらいなら、簡単だからすぐにできるだろ?」


「確かにホットケーキなら10分もあればできるけど。でも、それって、お菓子でアネットさんを釣ろうって話? それはいくらなんでも……」


 アネットさんをちらりと見ると、目を輝かせて僕を見つめている。



「ホットケーキってなんですか? どれくらい甘いんですか?」


 僕が簡単な説明をする。


「ホットケーキは、小麦粉をつかったお菓子だよ。簡単に作れて、ケーキ自体はそんなに甘くないんだけれど……」


 そこまで言いかけると、タカオが割り込むように言う。


「砂糖をいれたケーキに、バターとハチミツをたっぷりかけて食べるんだ。かなり甘いぜ」


「えっ! 砂糖のお菓子の上から、ハチミツもかけちゃうんですか! そんなおいしそうなケーキ、見たことありません!」


 アネットさんが完全に釣られてしまったようだ。タカオが椅子から立ち上がり、出発の準備を始める。


「じゃあ、出発しようか。ユウリ、先に行って用意を頼む」


「分ったよ。じゃあ30分くらい先で準備しているね」


 僕らは再び歩き始めた。これなら何とかなりそうな雰囲気だ。

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