魔術師ギルドの依頼 5

 重い荷物を僕の倉庫魔法に格納すると、馬車はゆっくりと進み出した。

 街を出て、のんびりとした田園地帯を進んで行く。


 アネットさんが、なんの変哲へんてつもない普通の風景を、食い入るように見つめる。


「外の風って気持ち良いですね。私、こんな風に旅に出るのは初めてなんですよ」


「ふ~ん、その様子だと、あまり外に出かけないみたいだな。魔術師ギルドのメンバーは、いつも何をやってるんだ?」


 タカオが質問をすると、アネットさんは苦笑いを浮かべながら答える。


「大体、塔にこもって、魔道書を読み解いたり、新しい魔法の研究をしてますね」



「室内にこもってばかりいたら、気が滅入めいらない?」


 僕がそう言うと、アネットさんが答える。


「そうですね、こうしてみると、たまには外に出かけるのも悪くないかもしれません。新たな魔法のヒントが得られる可能性もありますしね。そうだ、ユウリさんはどのくらい魔法に詳しいんですか?」


「……いや、入門書をちょっと読んだくらいかな」


「それはいけませんね。私が基本的な理念りねんについて、解説をしましょう」


 馬車の中で、アネットさんの魔法講座が始まった。魔法について、僕はほとんど知識が無い。これは助かるかもしれない。



 午前中、馬車に揺られて2時間半。昼食の休憩1時間を挟み、午後にまた2時間半の移動をして、僕らは初日の目的地の村へとたどり着いた。今日はこの村の宿で泊まって、疲れを癒やす予定になっている。


 一日中、馬車は乗っているだけだったが、体が揺られ続けられると意外と体力を使う。旅に慣れていないアネットさんが悲鳴をあげた。


「お、お尻が痛いです。もう座れません」


 よたよたと歩くアネットさんを見て、タカオが言う。


「これも怪我のうちに入るのかな? ユウリ、とりあえず治してやれよ」


「うん、効き目があるか分らないけどやってみるね。この者のお尻を治せ『回復の息吹ヒール』」



 ヒールの魔法をかけると、中腰でつらそうにしていたアネットさんが、すくっと立ち上がる。


「おっ、痛みが吹き飛びました。さあ、宿に入って、魔法講座の続きをしましょう」


「ちょっと待って。シャワーを浴びて、食事を済ませないと。魔法の話は、その後にしよう」


「そうか、そうですよね。じゃあ、速く行きましょう」


 アネットさんに急かされて、宿屋の中に入る。

 ちなみに、今日はおよそ5時間ほど馬車に乗っていたのだが、その間、アネットさんはずっと魔法の事を語っていた。どうやら、まだ喋り足りないらしい。お尻を治して、元気にしたのは失敗だったかも……



 宿で3人部屋をとり、シャワーを浴びて、食事を済ます。そして、魔法講座の続きが始まるかと思いきや、アネットさんが、こんな事を言う。


「少し休ませてください。ベッドで横に……」


 ふらふらとベッドの中に入り込むと、そのまま寝てしまった。その様子は、仮眠ではなく熟睡だ。おそらく、かなり疲れていたのだろう。



 アネットさんが寝ているのを確認すると、タカオがあきれるように言う。


「ふう、追加の魔法講座は無しみたいだな。あんな大量の知識、覚えられないぜ」


「アネットさんに言って、すこし手加減をしてもらおうか。毎日、少しずつ覚えていくなら、なんとかなるじゃないかな。旅はまだ長いし」


「馬車で3日、そこから歩いて4日だったっけ? 講座が7日間も続くのか……」


「帰りもあるから14日だよ」


「……俺はもう覚えられないから、ユウリ、あとは頼んだぞ」


「ええっ、そんなぁ……」


 タカオはそう言い残すと、さっさと寝てしまった。

 僕も明日に備えて早めに寝たいのだが、おそらく寝てしまうと、今日、教えてもらった知識の大半が、記憶から抜けていってしまうだろう。

 しょうがないので、最低限の部分をノートに書き出してから、僕は眠りについた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る