魔術師ギルドの依頼 2

 汚れたので、タカオはお風呂に行った。

 残されたのは、僕とエノーラさん、白くて長いヒゲを蓄えた老人コルネリウスさん、弟子の小柄なメガネの女の子アネットさんだ。

 初対面の二人は、魔術師ギルドの調査で、わざわざ僕に会いに来たらしい。



 コルネリウスさんはギラギラとした目で、僕に質問をしてくる。


「さて、ユウリくん。『城壁じょうへき』の魔法を習得してから、どのくらい経つんだい?」


「ええと、おそらく2~3週間くらいでしょうか? まだ、あまり使えこなせていない気がします」


「なるほど、それだけしか経っていないのなら、そうかもしれないな。所でスキルを習得する切っ掛けは、何だと思う?」


「う~ん、おそらく『石の壁』をたくさん使ったからでしょうね。『城壁』の魔法は、巨大な『石の壁』みたいな効果ですし、おそらく関連性があるかと思います」



 コルネリウスさんが、にんまりと笑みを浮かべる。


「なるほど。文献ぶんけんによると、500年前に存在した『城壁』の魔法の使い手も、『石の壁』を多用していたという記録が残っている。ここまでは私の推測と同じだな、アネット!」


「はい、お師匠さまの予測どおりです。さすがです!」


 弟子のアネットさんも、目を輝かせて答える。この二人は、心の底から魔法を愛していそうな感じだ。



 コルネリウスさんが、質問を続ける。


「ユウリくん。『城壁』の魔法を取得するまでに、どのくらいの月日が掛かったかな? 文献によると、以前の使い手は石壁いしかべの職人で、毎日のように『石の壁』の魔法を使い続け、晩年ばんねんにようやく習得できたようだ。君も気の遠くなるような回数を使ったんだろう?」


「あー、そんなには『石の壁』を使ってないですね。使った回数は20回くらいで、『城壁』を習得するまで掛かった日数は1~2週間といった所でしょうか?」


 僕が素直に答えると、コルネリウスさんは、一瞬、驚いた顔をした後に、僕をにらみつけるように言った。


「嘘をついてはダメだよユウリくん。『城壁』は、たぐまれな建築魔法の最上位スキルだ。神様でもない限り、そんなに簡単に覚えられないんだよ」


 ……この人は鋭い所を突いてくる。僕は、いちおう女神なので、意外と簡単に覚えられたのかもしれない。 



「あー、僕は運が良くて、簡単に覚えられたのかもしれませんね」


 苦しい言い訳をすると、コルネリウスさんがるように問いただす。


「いや、それはありえない。そんなに簡単に覚えられる訳は無いんだ」


「えーと、でも……」


 僕が困っていると、エノーラさんが救いの手を差し伸べてくれた。


「私は、ギルドの魔法道具で『石の壁』を付与する場面に立ち会っています」



 エノーラさんが思い出しながら、語り続ける。


「『石の壁』を覚えてから、『城壁』の魔法を覚えるまで、およそ10日程度でしたので、ユウリさんの証言は正しいです。ユウリさんのステータスは『知力S』なので、こういったケースもあるでしょう」


「『知力S』は確かに凄いが、いくらなんでも早すぎるな。習得するのに、何か特別な条件があるのだろうか……」


 コルネリウスさんが、額に手をつけて、真剣に考え始めた。



 悩んでいるコルネリウスさんに、アネットさんがこんな提案をする。


「とりあえず『城壁』がどんな魔法か、実際に使ってもらった方が良いのではないでしょうか? 実際に見てみないと、どんな魔法か分りませんから」


「うむ、まずはそれが良いか。ユウリくん、協力してくれるかね?」


「はい、良いですよ」


「ありがとう。さて、『城壁』の魔法を試すとなると、どうした方が良いのだろうか? 巨大な石の塊が現われる大魔法らしいので、街中では使ってもらう訳にはいかんし……」



 ……危ない。普通に、ギルドの庭先で使うつもりだった。


 アネットさんがコルネリウスさんに言う。


「それなら、人の居ない、山の中とかで、適当に使ってもらってはどうでしょう?」


「いや、文献によると、『城壁』の魔法は、発動させるのに、膨大な魔力と長い儀式が必要らしい。無駄に使わせるような愚行ぐこうはさせたくはない」


 ……この魔法を、気軽にポンポンと使っていた僕は、おろか者なのだろうか。



 悪口を言われた気分になって、僕は険しい顔をしていたらしい。

 この状況を、コルネリウスさんが間違った捉え方をする。


「ほら、アネットが『山の中で適当に使え』と言ったので、ユウリくんはご立腹だぞ。この魔法は、もっと有意義ゆういぎに使ってもらわないと。しかし困ったな、平和なご時世じせいなので、新たに城壁を築く予定もないし、さて、どうするか……」


 僕は適当な場所でも良いのだが、重々しい雰囲気で、とてもそんな事を言い出せそうにない。



 困っていると、エノーラさんが1枚の紙を持ってきた。


「これはいかがでしょう。ザックソン村という場所で、橋を架ける予定がありまして、橋の土台を『石の壁』で作る依頼クエストが来ています。かなりの高さが必要な土台らしいので、普通の『石の壁』の魔法ですと、かなりの回数、魔法をかけ続けないのですが、上位魔法の『城壁』だと、回数が少なくて済むと思います」


 コルネリウスさんが、感心しながら答える。


「これは、理想的な依頼と言えるな、ユウリくん、さっそく引き受けてくれないだろうか?」


「はい、良いですよ。ただ、遠くに行くのなら、パートナーも誘って行こうと思います」


「ああ、それは構わない。しかし、この依頼には問題が2つあるな」


 僕には分らないが、どうやらなにか問題があるらしい。



 コルネリウスさんがエノーラさんに言う。


「問題のひとつ目は、依頼の金額が安すぎる」


「はい。ザックソン村は、あまり裕福とは言えない村です。予算が厳しく、この金額が精一杯せいいっぱいのようですね」


「まあ、あの村は、特産物も、目立った産業も無いから、仕方ないか…… よし、魔術師ギルドからも『魔法調査、協力費』として、ユウリくんに村と同じ金額の報酬を出そう。これなら協力してくれるかね?」


「あっ、はい。僕はいくらでも良いですよ」


「助かる。では、金額の条件はクリアだな」


 僕が依頼書を見てみると、依頼の金額は『銀貨500枚』となっていた。これが倍になるわけか、そのままの金額でも良かった気がする。



 先ほどよりも険しい顔をして、コルネリウスさんがいう。


「もう1つの問題は。この村は、山奥の僻地へきちにある」


 エノーラさんが、地図を指さしながら言う。


「そうですね。馬車で3日移動して、さらに徒歩で4日移動する形になります」



 コルネリウスさんが長いヒゲをイジりながら言う。


「私はひざが悪くてな。その距離だと付き添えない…… 仕方が無い、アネット、お前が付き添って、『城壁』の魔法を見届けてくれ」


「わかりました師匠。ところで旅の間、師匠はどうするんです?」


「私は、この街にとどまり、お前の帰りを待つとしよう。この街には温泉があるらしいから、膝の療養りょうようにちょうど良いだろう」



 何てことのない会話だったが、アネットさんが、師匠に疑いの目を向ける。


「……それって、適当な理由をつけて、温泉に行きたいだけですよね? 先ほど噂に聞いた、温泉に出没するという、すごい美女が見たいだけですよね?」


「……ああ、さすが私の弟子だな。師匠をよく見抜いているようだ」


「さすがじゃないですよ!」


「まあ、いいから行ってきなさい。お前は、私の膝の状態が本当に悪いのを知っているはずだ。この街で待っているよ」


「……わかりました。街で変な魔法を使わないで下さいね! じゃあ、ユウリさん行きましょう!」



 アネットさんにせかされた。いきなり旅に出るつもりらしいが、旅に行くのには準備が必要だ。


「えっ? 今から出かける気なんですか? 少し待って下さい。パートナーのタカオに会って、なりゆきを説明をしないと。あと、できればマクダさんも誘った方が良いかな?」


 すると、エノーラさんが答える。


「マクダさんは、今日の午前中から旅に出かけました。チーズ運びの依頼で、ジェフリー牧場まで往復しないといけないので、帰ってくるまでに4~5日はかかりますよ」


「うーん、タイミングが悪いですね。今回はマクダさんを誘うのは無理かな?」


「では、タカオさんという方に会って、同意をもらいに行きましょう!」


 アネットさんにせかされて、タカオが向った温泉へと僕らは向う。


 しかし、コルネリウスさん、魔法だけでなく美女にも興味があったのか。まあ、タカオが旅で出かけている間には、温泉で出会えないだろうけど……

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