配達クエスト 10

 牧草の一部が成長したと聞き、僕らは牧場に行く。

 家から出ると、普通は5センチくらいしか生えていない牧草が、所々で80センチほど、およそ腰当りまで生えている場所があった。放牧ほうぼくしている牛たちは、夢中になって、伸びた草をんでいた。


 タカオは『ヒール』や『キュアー』の魔法を掛けた箇所かしょが、伸びたと考えているようだが、僕は適当な場所に掛けていたので、伸びている部分かどうかは覚えていない。



「うん、確かに伸びているけど、あそこは魔法を掛けた部分だったかな?」


 僕がタカオに聞くと、こう答える。


「俺が場所を覚えているわけがないだろ。新しい場所に掛ければ分かるんじゃないか?」


「それもそうか、じゃあ、ためしてみるね」


 家を出て、すぐ右の場所に『ヒール』、左には『キュアー』をかけ、中央は両方の魔法を掛けてみた。



 魔法をかけて、しばらく見ていたが、変化は無いようだ。


「うーん、魔法は関係無いのかな?」


 すると、ジェフリーお爺さんが僕らに言う。


「人間と違って植物相手じゃから時間がかかるのかもしれん。目印の杭を立てておくから、一端、家に戻ろうか」


「そうですね。戻りましょう」



 僕らはジェフリーさんの家に戻ると、食材を売ってもらえないか、相談をする。


「ジェフリーさん、すいません。チーズを売ってもらえないでしょうか?」


 僕が言ったその横で、タカオがこう付け加える。


「いままで食べたチーズの中で、いちばん美味かった。できれば、たくさん買っていきたいんだけど」


「ええぞ、腐るほどあるからの、好きなだけ売ってやるわい」


 タカオが褒めたので、ジェフリーさんから笑みがこぼれる。自分の作った物が美味しいと言われれば、誰だって嬉しいだろう。



 僕らは家の奥に案内をされる。工房らしき場所を通り抜け、木の棚が並んでいる熟成室へ通された。

 棚には、山吹色やまぶきの、樽のような形のチーズが並んでいる。どれも熟成しきっていて美味しそうだ。


「これなんかは食べ頃じゃな。ひとつで銀貨40枚でどうじゃ?」


「ずいぶん大きいんですけど、重さはどれくらいあるんですか?」


「ひとつで、およそ20キログラムじゃな。毎日たべても1年は持つと思うぞ。まあ、このままでは大きすぎるから、手頃な大きさにカットして、買って行くのが普通じゃな」



 チーズをにらみながら、タカオはこう言った。


「そうだな。かたまりのまま3つ、いや、5つ買って行こうか。ユウリ、銀貨200枚を払ってくれ」


「……それは流石に多すぎない」


 僕が反論をすると、タカオは当然のように言い放つ。


「ギルドのレストランで、料理する時に使えば、あっとうい間に無くなっていくだろ。このくらいは必要だって」


「うーん、それもそうか。では塊のまま5つ下さい。これが銀貨200枚です」


 大量の銀貨を出すと、ジェフリーさんが驚いた顔をして、固まってしまった。



「いや、買ってくれるのは嬉しいんじゃが、そんなに使いきれるかの?」


「チーズを使った料理は、たくさんあるので大丈夫です」


「そうか、では、お得意様には状態の良いチーズをやらんとのう。コレとコレ、あとコレでどうじゃろ?」


「はい、では、倉庫魔法に入れておきますね」


 こうして僕は巨大なチーズ5つを手に入れた。重さにすると100キロ…… 確かに買いすぎたかもしれない。



 ジェフリーさんが笑顔で言う。


「思わぬ大金が舞い込んできたのう。何かオマケをつけようか?」


 それを聞いてタカオがこう言った。


「そうだ、絞りたての牛乳を付けてくれよ。料理に使うからさ」


「構わんぞ、今朝、絞った分を持っていけ。容器は何かあるかの?」


「ええと、寸胴ずんどうの鍋がありますけど、これでいいですか?」


 僕が特大サイズの鍋を出す。40リットルは入りそうな、レストランで使うの鍋だったが、そこになみなみと牛乳を入れてくれた。これは色々と料理に使えそうだ。



 買い物が終わると、僕たちは帰る準備を始める。のどかなこの牧場には、いつまでも留まっていたいが、そうも言っていられない。僕らは身支度をととのえて、別れの挨拶をする。


「チーズを売って頂いてありがとうございました。輸送の依頼は大丈夫でしたよね?」


「ああ、肥料まで撒いてもらって、完璧じゃったよ。いつでもチーズを買いに来なさい」


 ジェフリーさんがそう言うと、その横でお婆さんがこう言った。


「チーズを買わんでもいいから、いつでも遊びに来なさい」



「ああ、また来るぜ! 距離はちょっと遠いけど」


 タカオが笑いながら言うと、ジェフリーさんがこんな事を言う。


「それなら馬で途中まで送っていくぞ。その方が楽じゃろ」


「おっ、『乗馬』スキルを取っておいて正解だったぜ。さっそく役に立った」


 タカオが喜ぶその横で、僕が申し訳なさそうに言う。


「僕は『乗馬』スキルが無いんですけど、平気ですかね……」


「わしが引率いんそつをするから平気じゃよ。それじゃ、出かけよう」


 『乗馬』のスキルは使わないと思って取らなかったのが裏目に出た。こんな事なら取っておくべきだった。



 ジェフリーさんの家を出ると、目の前の草がぼうぼうに伸びていた。目印の杭があるので、僕が『ヒール』や『キュアー』をかけた場所だろう。どうやら魔法の効果は、充分にあったようだ。

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