配達クエスト 5

 キャンプ地に着いたのだが、そこはサッカー場くらいありそうな巨大な水たまりだった。

 こんな場所に泊まれるのだろうか?


 僕が呆然ぼうぜんとしていると、タカオが水たまりの中にバシャバシャと入って行く。


「深さは、だいたい3~5センチ。足のくるぶし辺りってところだな。居住馬車だったら平気なんじゃないか?」


「うん、まあ、そうかもしれないけど。水たまりの中だと、足場が不安かな……」


「そうか。それなら、地形を操作する魔法の『隆起りゅうき』で、地面を盛り上げて、水を押しのければ良いんじゃないかな」


「あっ、そうか。でも、他の人の敷地しきちだし、勝手に地形を変えるのは……」



 僕が魔法を戸惑っていると。この村のお爺さんが、魔法を使うのを後押ししてくれた。


「この土地は、誰かの持ち物という訳ではないから、そこまで気を使わなくても構わん。むしろ、キャンプ場として整備してくれた方が良いじゃろ。後から使う者が便利になるからのう」


「そうですか、それなら魔法を使わせてもらいます」


「もし、魔法を使って整地しても、どうにもならん時は、うちの家に泊めてやらん事もない。まあ、色々と試してみなさい」


「ありがとうございます。では、やってみます」



 お爺さんは手を振って、この場から立ち去ろうという時だ、思い出したかのように振り返って、こんな事を言う。


「そうそう、この時期はワイルドボアが出没するかもしれんから、気をつけておくれ」


 それを聞いて、タカオが元気よく返事をする。


「おう。俺たち冒険者だから、ワイルドボアくらいだったら倒して晩飯にしてやるぜ」


「そうかそうか、それじゃあのう、気をつけるんじゃぞ」


 そう言い残して、お爺さんは去って行った。



 僕らは改めてキャンプ場を見ると、巨大な水たまりの中に、ぽつんと井戸があった。タカオが井戸を指さしながら言う。


「水の中を歩いて行くのは嫌だから、まずはあの井戸まで道を作ろうぜ」


「うん、そうだね。地面よ、井戸まで30センチほど『隆起』しろ」


 呪文を唱えると、井戸までの土地が盛り上がり、道ができる。

 僕らはその道を歩いて、井戸まで行くのだが……


「うお、これは泥沼みたいな道だな」


「まあ、さっきまで水の中だったからしょうがないよ」


 ぬかるんだ道を歩いて、とりあえず僕らは井戸のそばに移動する。



 タカオがどしゃ降りの雨の中、まわりを見ながら言う。


「ワイルドボアがでるらしいけど、見えるか?」


「いや、今は見えないよ。でも、ワイルドボアは厄介やっかいだよね、休んでいる所に、急に突撃されたら避けられないかも」


「うーん。それなら石の壁を作って、キャンプ場を囲むか」


 キャンプ場はサッカーコートくらいはありそうなので、全てを囲むとなると時間が掛かりそうだ。


「出来ると思うけど、時間が掛ると思うよ。今は夕方だから、作業が終わるのは夜中になっちゃうかも……」



 タカオが少し考え始める。


「さすがに夜中まで作業するのは面倒くさいな。俺たちの使う小さなエリアだけを囲むか…… そうだ! たしかユウリは新しく『城壁じょうへき』って魔法を覚えたよな。それを使ってみないか?」


「そうだね。じゃあ使ってみるよ。高くそびえ立つ壁よ、地中より現われ、我らの地を護りたまえ『城壁』」


 僕が呪文と唱えると、ゴゴゴという轟音と共に、高さ10メートルはあろうかという石造りの壁が地中から生えてくる、あっという間にサッカー場くらいのキャンプ場の四方を取り囲んだ。これは、想像以上の魔法のようだ……



 僕は自分の出した魔法に、ドン引きしているのだが、タカオはこれを見ておおはしゃぎをする。


「おお、すげぇ! 絵本に出てくるような城壁が一瞬で出来たぞ! これで防御は完璧だ!」


 興奮しているタカオをよそに、僕は、この城壁に重大な欠点がある事に気がついてしまった。


「あっ、うん。防御は完璧だけど、4方向、全部を囲んじゃった。これじゃ僕たちも外に出られない」



 閉じ込められたと知ったタカオは、きょとんとした顔で、こう言った。


「おっ、おう。それって修正できないのか? 壁に穴を開けたりして」


「あっ、どうだろう? とりあえずやってみるよ。南側の壁に、馬車が通れるくらいの穴よひらけ『城壁!』」


 通路の大きさを想像して呪文を唱えると、城壁にその通りの穴が空いた。



 出来上がった通路をみて、タカオが言う。


「これ、色々と出来そうだな。試しに俺の言うとおりに魔法を使ってみてくれないか?」


「いいけど、どうするの?」


「まずはこの沼地のような地面をどうにかしよう。石畳いしだたみをつくってくれ」


「うん。壁の内側を石畳で覆え『城壁!』」


 下から石が生えてきて、石畳が出来上がった。これで、不快な思いをして歩かなくて済むだろう。



 タカオは石畳を確認すると、次の注文を出してきた。


「つぎは四角い巨大な石壁の塊を作ってくれ」


「うん。できるだけ大きな塊よ現われろ『城壁!』」


 高さ10メートル。縦と横が20メートルぐらいの石の塊が現われた。

 タカオがこれを見て、さらに指示を出してくる。


「屋根の部分を残して、縦と横に通路を作りまくれ。出来上がりは、ギリシャの神殿みたいなイメージだ」


「あんな凄いのは無理だと思うけど、まあ、とりあえずやってみるよ。アーチ状の通路よひらけ『城壁!』『城壁!』『城壁!』」


 柱の部分を残すように、どんどん通路を作っていく。すると、不格好ぶかっこうだが、屋根付きの倉庫のような物ができあがる。



「とりあえず出来たみたい」


 出来上がりをタカオが見て言う。


「うーん、もっとカッコいいヤツを想像したんだが…… まあ、そうだな、とりあえず雨が防げればいいか。この中で泊まろう」


 タカオに言われて、僕らはキャンプの準備を始めた。


 食事の準備をしながら、石でかまどを作り、食べる時にはテーブルと椅子を作り出す。やがて周りは石のホテルのような空間が出来上がっていった。

 僕とタカオにとっては、これが初めての野宿だが、もはやこれは野宿と言って良いのだろうか……

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