配達クエスト 6

 料理を作り、石のテーブルに座って食事をする。雨の中を歩いてきたので、体が冷えてしまった。石の浴槽を作り、お風呂に入って暖まる。

 そんな事をしていると、けっこう時間が過ぎていた。明日に備えて早めに寝ようとすると、思わぬ来訪者が現われた。夕方にこの場所を紹介してくれた、お爺さんだ。


「なんじゃぁ、この建物はぁ。儂はキツネにでも化かされておるのかのぅ……」


 立ち尽くすお爺さんに、タカオが声をかける。


「この建物は本物だぜ、ユウリが『城壁』の魔法で建てたんだ。ほら」


 そう言って、お爺さんのほっぺたを軽くつねった。



「痛っ。おお、これは本物なのか。また、えらいもんを作ってくれたのう」


「ええと、邪魔じゃまになるようなら、更地さらちに戻しますけれど、どうします?」


 僕がお爺さんに聞くと、こう答えた。


「いやいや、できるならこのまま使わせてもらえんか? しかし、ちゃんと野宿が出来ているか、心配して来て見れば、こんな事になっとるとは…… 心配は要らなかったのう」


 あきれるように言うお爺さんに、タカオが得意気になって言う。


「風呂もあるんだぜ。まだお湯は温かいから、ついでに入って行くか?」


「この村で湯船がある家など、一軒もないぞ…… 風呂に入らせて貰えるなら、ばっさまを連れてくる」


 そう言って、自宅の方へと戻っていった。



 お爺さんが居なくなってから、タカオがポツリとつぶやく。


「そういえば、風呂は1つしか作ってないな。混浴だと、色々と困るだろうし、男女で分けて入れるように、もう1つ作っておいた方が良いんじゃないか」


「そうだね。急いで作ろう」


 僕は魔法で浴槽を作り、急いで二つ目の浴槽にお湯を張る。

 ちょうどお風呂が出来上がったくらいに、お爺さんがお婆さんを連れてもどってきた。



「あんれまあ、本当に建物ができちょるな」


 驚くお婆さんを、タカオが案内をする。


「男湯と女湯を作っておいたぜ。お爺さんはあこっち、お婆さんはこっちだ。暖まっていってくれ」


「それでは、お湯を拝借させて頂くよ」


「ありがたいのう」


 お爺さんとお婆さんは、ゆっくりとお風呂に浸かってから、お礼を言って帰っていった。

 これからこの場所はキャンプ場だけではなく、村の共同入浴場としても使われるかもしれない。



 お爺さんとお婆さんが居なくなると、僕たちは眠りにつく準備をする。

 倉庫魔法から居住馬車を出して、ソファーをベッドの状態にし、枕を配置する。石のベッドを作っても良いが、さすがに硬すぎて眠れないだろう。


 居住馬車の中に入ると、パジャマ姿に着替えて、あとは寝るだけだ。


「じゃあ寝るか。おやすみ」


「おやすみタカオ」


 今日は歩き回って疲れていたようだ。明かりを落とすと、あっという間に意識を失った。



 翌朝、寝苦しくて目が覚めると、抱き枕のようにタカオにしがみつかれていた。


 イヤらしい事を考えながら、抱きついていたのなら、軽く叩いてやろうと思ったのだが、どうもただ寝ぼけているだけらしい。そういえば、ギルドの宿屋に泊まっている時も、よくベッドの枕を抱きかかえている。


「タカオ、ほら起きて」


 力任せにタカオを引きがしながら、起こそうとする。


「う~ん。あっ、もう一度だけ」


 目を覚ましたタカオは、今度は明確な下心したごころを持って、抱きついてきた。タカオの行動は予想しやすい、来るのが分かっていた僕は、さらっとかわすと、タカオはベッドの下へ落ちていった。


「痛っ、ユウリ、避けなくても良いじゃないか」


「ほら、出かけなきゃ行けないんだから、早く準備をして」



パジャマからいつもの服に着替えて、朝食を食べている時だった。再びお爺さんがやって来た。手には荷物を抱えている。


「出発までに間に合ったか。これ、昨日のお風呂のお礼じゃ」


 そう言って、焼きたてのパンと、採れたての野菜をいくつか差し出してきた。僕は断ろうとするが、タカオが受け取ってしまう。


「おお、美味そうな野菜だな。ありがとうな爺さん」


「いいんじゃよ。ところでお前さんがたは、どこに行く予定なんじゃ?」



 行き先を聞かれたので、僕が答える。


「『ジェフリー牧場』です。荷物を届けに行くんです」


「ほう、なるほどのう。あそこのチーズはどれも格別じゃ、食べたらほっぺたが落ちるくらい美味いぞ」


 思わぬ情報を得て、タカオがやる気を出す。


「なんだって、それは食べてみたいな。すぐに出かけようぜユウリ」


「ちょっと待ってよ、あっ、パンと野菜、ありがとうございました」


「気をつけて行って来なさい。途中の川に気をつけてな」


 お爺さんに見送られて、僕らはキャンプ場を後にする。



 この日も酷い雨だった。水たまりの中を突っ切りながら、タカオが聞いてくる。


「『ジェフリー牧場』まで、距離はどのくらいなんだ?」


「ええと、昨日は30キロくらい移動したから、残りはおよそ20キロって所かな」


「なんだ、すぐだな。昼前には着けるんじゃないか?」


「いや、昨日は30キロのうち、15キロくらいしか歩いていないよ。半分の15キロは馬車に乗って移動しただけだし」


「……まあ、あれだ。15キロ歩けたんだ、20キロくらい行けるさ」


 最初は勢いよく歩いていたタカオだったが、すぐに失速をしはじめる。

 休憩を挟みつつなんとかタカオを歩かせる。これが晴れの日だったら、景色で気分がごまかせるのだが、今日はあいにくの雨だ。茶色くにごった川沿いの道を進み。20キロ先の『ジェフリー牧場』にたどり着いたのは、6時間後の午後2時半すぎだった。

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