冒険者ランク 8
ぶり大根ができあがると、タカオが皿を持って近寄ってくる。
「ユウリ、さっそく食べようぜ」
「まだ夕方だよ。夕飯まで時間があるでしょ。食べるのは後にしよう」
「いいじゃないか、ちょっとくらい。さっきのジャッカロープの照り焼きと違って、これは俺たちが自分で食べる為の料理なんだから」
「うーん。じゃあ、味見くらいなら……」
今回は、ぶり一匹、まるごとつかったので、およそ30人分のぶり大根が出来上がった。一人前くらいは食べても平気だろう。
それぞれの皿に料理を少しだけ取ると、僕たちは食べ始める。
ぶりは、舌の上でとろけるように旨みが広がり、
「おいしいね」
「ウマい! こんなにウマいぶり大根は喰ったことがないぞ!」
2人で試食をしていると、たまたまエノーラさんが通りかかった。
「見たことのない料理ですね。それは何という名前の料理でしょう?」
「これは『ぶり大根』という名前の料理ですね。ぶりと大根を煮込んだ料理です」
僕が質問に答えると、エノーラさんがジッと料理を見ながら聞いてくる。
「海の魚の『ぶり』ですか? 海の魚とは、ごちそうですね。私は何年も食べていません、今日の夕食が楽しみです」
この料理は、自分達で食べる為に作った料理だが、エノーラさんは、ギルドの職員に振る舞う料理だと勘違いしてしまったらしい。僕が意見を訂正しようとすると、タカオがカッコをつけて言う。
「そうです。楽しみにしていて下さい。とびきりウマいですよ」
「ええ、楽しみにします」
タカオはエノーラさんの機嫌を取るために、あっさりと料理を提供する約束をしてしまう。
まあ、30人前あるので、ギルド職員の15人分を振る舞っても、半分は残る計算だ。僕たちの分は十分に残るので平気だろう。
僕は、今後の予定を聞く。
「エノーラさん、ギルド職員の夕食の時間は、いつぐらいですか?」
「酒場が閉店した後なので、いつもだいたい夜の8時くらいですね」
「それでは、それまで料理を倉庫魔法にしまって、出来たての状態を維持して置きますね」
「はい、そうしてもらえると助かります」
異世界の夜は早い。日が落ちる前には仕事を切り上げてしまい、平均的な夕飯の時刻は、おそらく夕方5時くらいだろう。
ここら辺の時間から、ギルドのレストランは酒場として、活躍しはじめ、3時間ほど営業をした午後8時には店が閉まる。コンビニになれた僕たちは、初めは驚いたが、最近は、このサイクルになれてきた。
「今は、だいたい4時半ってところか。まだかなり先になるな。そうだ、ユウリ、風呂に行かないか? これから先、1週間ほど街を離れるから、その間は風呂には入れないし」
「そうだね、それが良いと思う。それではエノーラさん、出掛けてきます」
「いってらっしゃい」
僕たちは温泉ランドに向った。
温泉ランドに行くと、割引パスポートを使い、銅貨3枚で入場する。
脱衣場に行くと、タカオがすばやく服を脱ぎ、風呂場へと向っていく。
「今日こそは、若くて美女の人が居るはず! 先に行ってくるぜ!」
本来なら、僕が急いで追いかけて、止めなくてはいけないのだろうけど、ここはお婆さんしか居ない。放って置いても平気だろう。僕はゆっくりと着替えてから、お風呂場に向った。
洗い場で体を洗っていると、タカオが声をかけてきた。
「ユウリ~、今日もお婆さんしか居なかった…… そこで、ユウリのおっぱいを、まぶしっ!」
このお風呂屋さんは、光りの防御魔法が掛かっている、覗けないので、安心して洗っていられる。
体を洗い終わると、僕たちは水着に着替えて、温水プールへと向う。割引パスポートの条件に、男女共用のプールの使用が義務づけられているからだ。
ブールにつくと、タカオは勢いよく飛び込んだ。そしてそのまま泳いでいく。
今日の午後は、買い出しと料理しかしていない。料理はほとんど僕がやったので、体力がありあまっているのだろう。
僕は少し疲れているので、プール脇のジャグジーに浸かり、ゆっくりする。のんびりとしていると、この施設のオーナーがやって来た。
「ユウリさん、お疲れさまです。ゆっくりしたいなら、こちらの特大の浮き輪などいかがでしょう?」
「良いんですか? ここで浮き輪なんて使って?」
「構いません。どうぞご自由に使って下さい」
僕は浮き輪をプールに浮かべると、浮き輪の穴にお尻を落とし込んで、手足を投げ出し、仰向けに寝転ぶような体制を取る。とても開放的な感じで、重力から解放された感じがする。
僕はオーナーと
「僕たち、
「おぅ、1週間ですか…… そ、そうですか、これは参ったな……」
「どうかしました?」
「いえ、こちらの都合です。集客が減りそうな予感がするので……」
「あっ、そういえば、休日に、この『温泉ランド』を開けられないんですかね? 休日だと、みんながのんびりする為にやってくると思いますよ」
「おっ、良いアイデアですね。全く思いつきませんでした。でも、スタッフのみんなが休日に出てきてくれるかな?」
「賃金の割増をして、勤務してくれる人を募ってみてはいかがでしょう?」
「おお、なるほど。それなら出勤してくれるかもしれませんね。さっそく手配してみます」
オーナーは急いでどこかに走っていった。これで上手く人が集まれば良いのだけれど……
タカオは一通り泳ぎ切ると、僕に向って言う。
「もう疲れた、そろそろ出ようぜ」
「うん、そうしようか」
男女共用のプールから、女湯へ戻るとき、チラリと振り返ると、以前より男の人が増えている気がした。
女湯で体を充分に温めてから、僕たちはギルドに戻った。
ギルドに戻ると、時刻は7時30分くらい。ギルドの入り口で、ギルドマスターのベルノルトさんが待ち構えていた。
「おう、お前らようやく戻ったか。待ちくたびれたぞ、飯にしよう」
ギルドのレストランを覗いてみると、まだお客さんが5~6人居る。
「お客さんが帰ってから、食事をするんですよね?」
僕がそう聞くと、ギルドマスターは、お客さんに予想外の行動をしようとした。
「ほら、これから職員の食事が始まるんだ、お前ら帰れ!」
慌てて僕が止めに入る。
「まあまあ、お客さんの横の席で食べましょう」
ウエイトレスさんが、お客さんにオーダーストップを告げてから、ギルドの全職員がレストランのテーブルに集結した。
全員がそろった事を確認すると、僕は料理の説明をする。
「こちら、ジャッカロープと付け合わせの野菜の『照り焼き』です」
「照り焼きってなんだ?」「聞いた事ないな?」
「ソースを付けて、オーブンで焼いたものですね。レシピは調理人さんに教えたので、いつでも作れると思いますよ」
そう言いながら、ジャッカロープの丸焼きを取りだした。
焦げた醤油の匂いが辺りに漂い、食欲を刺激する。
「おう、解体は任せろ!」
そう言って、解体専門のダルフさんが、どこからか刃物を取り出した。丸のままのジャッカロープは、あっという間にバラバラにされて、食べやすいサイズとなる。ウエイトレスさんが、すばやく配膳をすると、食事の準備が整った。
「おう、喰うぞ! お前らも喰え!」
ギルドマスターの一言で、みんなが料理を口に放り込む。
「なんだこれは!」「うめぇ」「こんなの、今まで食べた事がねぇ」
そんな感想が飛び交っていると、タカオがドヤ顔で言う。
「これが『照り焼き』って料理だぜ。どうだ、ウマいだろう」
ほとんど作ったのは僕なのだけど…… まあ、いいか。いちいち説明するのも面倒だ。
やがて料理を食べ終えて、嵐のような時間が過ぎ去った。みなさん、かなり満腹のようだが、実はまだ『ぶり大根』があったりする。僕が恐る恐る聞いて見る
「ええと、もう一品。『ぶり大根』という、海の魚を煮た料理があるのですが、みなさん、まだ食べられますか」
「絶対に喰う」「食べさせてもらうぞ」「満腹だが、あんたの料理なら喰うぜ!」
全員が食べるようなので、僕は人数分のぶり大根を取り出した。
各々が料理を口に含むと、こんな感想が聞えてくる。
「ありえない!」「旨みがしみ出してくる」「なんて優しい味だ!」
絶賛する中で、やがて疑問が飛び出しはじめた?。
「魚は分るが、こんな根菜あったか?」「全く分からないな……」
この世界では、やはり大根は普及していないらしい。調理前の大根を、倉庫魔法から取りだし、みなさんに見せる。
「この野菜なのですが、あまり出回っていないようですね」
「ああ、見たことないな」「きっと高級品なんだろう」
「いえ、これ一本が、銅貨1枚です。この野菜は、味を吸い込むので、他の素材とうまく調理すれば、美味しくできますよ。レシピをいくつか教えますか」
「教えて下さい」「お願いします!」
この後、いくつか簡単な料理を教えた。そのうちギルドのレストランで、大根を使った料理が出てくるかもしれない。
食事を終えたエノーラさんは、立ち上がって、ギルドマスターにとんでもない提案をする。
「ギルドマスターは、週に一度の料理の約束で『Dランク』に昇進させたのですよね? それなら、毎日、料理を作ってもらう約束で、ユウリさんと、タカオさんを『Cランク』に昇進させてはいかがでしょう?」
この発言に、職員の方々は大きな拍手をして賛成をした。
「うーん。なるほど。それも悪くないな」
ギルドマスターはチラッと僕の方を見た。さすがに毎日だと、冒険に支障がでそうだ。そこで僕はギルドマスターに、こんな耳打ちをした。
「今日の食事にかかった経費は、およそ銀貨32枚です、この経費が毎日続いて、平気ですか?」
すると、ギルドマスターは、真剣な顔で職員全員に言い放つ。
「さすがに連続で冒険者レベルを上げるのは問題だ。しばらくは『Dランク』で
「えー」「上げてしまいましょうよ~」
そんな声があがると、ギルドマスターがぶっちゃける。
「いや、毎日、こんな豪勢な料理を食ってたら、ギルドが潰れてしまう。うちは商業ギルドもやってるんだ、商業ギルドが食い
職員の方々は、文句を言いながら、しぶしぶ片付けはじめた。タカオも残念そうに言う。
「ちぇ、もう少しで『Cランク』冒険者になれたのに」
僕は心の中で突っ込む。冒険者なら、クエストをこなしてレベルを上げるべきだ。
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