冒険者ランク 5

「護衛の依頼を引き受けるぜ!」


 タカオが何も考えずに護衛の依頼を引き受けた。


「では、クエストの依頼を受諾じゅだくします。パーティーの代表者は書類にサインをお願いします」


 エノーラさんが紙を出すと、タカオはスラスラとサインをする。これで正式に依頼を受けてしまった。



 僕は、建築ギルドのアンドレアン親方に質問をする。


「僕らのレベルで護衛が務まりますか?」


「大丈夫だろ。モンスターなんて、ほとんど遭遇そうぐうしねぇし、遭遇したとしても、戦闘はお互い避けたいから、実際の戦いになるなんて事はまずねぇよ。それで、仕事の話だが、こちらギルドとしては、もう準備は出来ている、いつぐらいから行けそうだ?」


 時期を聞かれると、タカオはこんな質問をする。


「早い方が良いのか?」


「ああ、早ければ早い方が良い」


「じゃあ、今から行こうぜ!」


「……いくらなんでも、それはちょっと早すぎるな。明日の朝でどうだ?」


「分った。じゃあ明日の朝にしよう」



 タカオが話を決めてしまう。建築ギルドとしての準備は出来ているのだろうけど、僕らの準備は出来ていない。僕は慌てて親方にスケジュールを聞く。


「明日から向こうの農家で、1週間ほど滞在するんですよね?」


「ああ、そうだな。食料は向こうの農家さんが出してくれるから、心配はいらねーぜ。調味料くらいは持っていった方が良いかもしれねぇけどな。基本的には身の回りの雑貨くらいで良いはずだ」


「分りました。1週間ほど街に帰って来ないとなると、冒険者ギルドの職員の人たちに作る料理も、週に1回、提供する約束なので、今日中に作らないと行けませんよね?」


 エノーラさんに質問すると、こう答える。


「仕事がある場合は、そちらを優先してもらって構いません。余力がある時には、もちろん、料理してほしいですが……」


 今の時刻は昼を少しすぎたくらいだ。今日の午後は予定が空いている、急いで行動すれば、なんとかなりそうだ。


「では、僕たちは準備があるので失礼します。行くよタカオ」


「お、おう。じゃあ、行ってくる」


 僕の後を、あわててタカオがついてくる。突然、予定が出来てしまったので、これから忙しくなりそうだ。



 僕はまず、ギルドの隣のある解体施設へと足を運ぶ。施設の中では、僕らが持ち込んだ14匹のジャッカロープを、忙しそうに解体していた。

 施設の責任者のダルフさんに声を掛ける。


「すいません。ギルドの職員のみなさんの今晩の料理に、ジャッカロープを使おうと思うんですが、どうでしょうか?」


「おっ、良いんじゃないか。コイツら丸々と太っていて美味そうだ、あんたが料理してくれるんだろう?」


「ええ、そうです。何匹くらい要りますかね?」


「2匹、いや3匹にしておくか。噂によると、神さまが作ったくらい料理が美味いらしいからな、みんなたくさん喰うだろう」


「……それは言い過ぎですよ、精一杯、作らせてもらいますけど。では、調味料など、買い出しに出掛けてきます」


「おうよ。肉は加工して取り置きしておくから、安心して行ってきな」


 メインの食材を確保すると、僕らは次に向う。



 食材はスーパーで買おうと思ったのだが、自由市場がある事を思い出し、先にそちらの方を覗いてみる事にした。この間、買おうとした時は雨だったので、ほとんど露店が出ていなかったが、今日は違う。色とりどりの野菜や果物が並び、混雑している人の中、「いらっしゃい」「安いよ~」などと、呼びかける声があちらこちらから聞えている。


 タカオが近くの露店のトマトを指さしながら言う。


「大きさが不揃ふぞろいで、形が悪いヤツもあるけど、安くて美味そうだぜ」


「今日の朝の採れたてだよ。うちのはどれも完熟で味は保証するよ。美しいお嬢さん」


「俺を褒めたって、何の意味も無いぜ。ユウリ、この店でトマトを買っていかないか?」


 ……お世辞せじの効果はてきめんだ。まあ、見ただけで野菜の質はよさそうなので、ここで買っても良いだろう。



「ニンジンが安いよ~、キュウリも安いよ~。そこのお姉さんどうだい?」


「かわいらしいエルフのお嬢ちゃん、カボチャがあるよ」


「そこの美女、ほうれん草と小松菜はいかが?」


 どの野菜もスーパーの半額以下で売っていた。形が悪い物もあるが、味には関係ない。歩きながら様々な野菜を買っていくと、ふと一軒の露店が目に入る。

 他の店はそれなりに売れているが、その店だけは全く売れていないようで、お客さんが見事に素通すどおりしていく。


 何を売っているのだろうと、気になって見てみると、白い大きな根菜、大根だいこんが店先に並んでいた。



 どれも大きく、まっすぐに育った大根は、とても美味しそうに見えるが、誰も買って行かない。値段が高いのかと思って値札を確認すると、一本、銅貨1枚と、100円くらいの値段なので、充分に安い。


 不思議に思い、店番の若い女の子に声をかけてみる。


「すいません。『大根』がほしいんですけど」


「はっ! お、お客様ですか。はい、どうぞ、手に取って見て下さい」


 お客さんが来て店番の女の子は驚いていた。いったい、どれだけ客が来ていないのだろうか……



 大根を手に取ってみると、ズッシリと重く、実も詰まっていて良さそうだ。なぜこんな立派な大根が売れないのだろうか。使い道が多い野菜なのに、本当に不思議だ。

 タカオも同じ事を思ったらしく、疑問を口にする。


「こんなに美味そうなのに、なぜ売れないんだろう。おでんにしたり、大根おろしにして、サンマと喰えば最高なのに」


 すると、店番の女の子が、不思議な顔をして聞いてきた。


「『おでん』って何です? 『大根おろし』って、どんな料理でしょう?」



 料理について聞かれたので、僕が説明をする。


「『おでん』は魚をすりおろして、練った物と茹でた食べ物ですね。『大根おろし』は生のまますりおろして、やくみとして焼き魚と一緒に食べたりします。いつもは大根をどうやって食べているんですか?」


「サラダとして食べるくらいですかね。大根は味が薄くて、あまり人気が無いんです……」


 女の子がそう言うと、タカオが反論をする。


「大根は色々と料理に使えるじゃないか、サラダだけって事はないだろ?」


 ここで僕は重要な事を思い出した。この食材は、おそらく食の勇者スドウさんが持ち込んだものだろう。そして、スドウさんは、作物の作り方は教えても、料理の仕方までは教えていない。



 僕はタカオにこんな質問をしてみる。


「タカオ、ここは中世ヨーロッパみたいな世界だけど、ヨーロッパで、大根を使った料理って思い浮かぶ?」


「……ええと、サラダとか? そういえば、大根を使う料理で、思い浮かぶのは、どれも和風か中華だな、ヨーロッパの連中は、そもそも大根を食ってるのか?」


「そうなんだ、おそらく大根を使った料理は広まっていないんだよ」


 タカオは店番の女の子に確認をする。


「大根って、もしかして、この世界だと、あまり広まってない?」


「ええ、ここら辺だと、大根を作っている農家はうちくらいですね。作ってもなかなか売れませんから」



 それを聞いたタカオが、ここぞとばかりにカッコを付けながら言う。


「なるほどな、こんなに美味しい物が売れないなんて、もったいない。俺が全部買い取ってやるよ」


「ほ、ほんとうですか?」


「ああ、これからも買い続けたいから、お嬢さんのお名前を教えてくれないかな?」


「私の名前は、メイファって言います。今後ともよろしくお願いします」


「こちらもよろしく。ユウリ、代金を支払ってくれ」


 こうして僕は銀貨5枚を支払い、大根50本を買い取った。


 女の子を見るタカオは、少し鼻の下を伸ばしていたので、下心がありそうだ。

 まあ、大根は出来がよさそうだから構わないけど……

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