心の洗濯 2

「ユウリ、どこに居るんだ、姿をみせてくれ!」


 タカオの助けを求める声に、僕が大きな声で答える。


「ここにいるよ。いったいどうしたんだい?」


 白い湯気の中からタカオが現われた。タカオは僕の姿を見て、ガクッと膝から崩れ落ちた。


「な、なんでバスタオルを体に巻いているんだ…… 湯船にタオルを浸けるのはマナー違反だろ!」


「いや、この世界では大丈夫らしいよ。注意書きを読まなかったの?」


「なんてこった。ユウリのおっぱいを見られると思ったのに……」


 うん、まあ、どうせこんな事だろうと思った。



「ねえ、タカオ。他の人には変な事をしてないよね?」


 不安になったので、確認をしてみる。もしも変な事をしていたら、どうしよう……


「してないぜ。なぜならお風呂に入っている他の女性は、おばあさんばかりだからな。そんな気は微塵みじんも起こらなかった」


 考えてみれば、それもそうか。温泉好きと言えば、まず高齢者が思い浮かぶ。それは、この異世界でも同じみたいだ。

 それに、今は午後の3時ごろで、若い人は学校に行っているか、働いているだろう。昼間から時間を持て余しているのは、確かにお婆さんくらいしか思い当たらない。



 タカオは僕に無茶むちゃなお願いをしてくる。


「なあ、ユウリ。少し見せてくれよ。できるなら、ちょっと揉ませて」


「ダメに決まってるでしょう。そんなに揉みたければ、自分のを揉めば良いじゃない」


 僕がそう言うと、タカオは真面目な顔で、こんな質問をしてきた。


「なあ、ユウリ。男だった時に、自分の胸を揉んだことはあるか?」


「な、無いけど」


「なぜ揉まないと思う?」


「えっ? よく分らないなぁ……」


「それは、自分の胸を揉んでも、楽しくないからだよ。揉むなら他人の胸でないと、楽しくないんだ。そういう訳で、揉ませてくれ!」


「絶対にダメ!」


 僕は断固、拒否をする。普通に考えて、断られると思わないのだろうか?



「そういえば、あまり温まっていなそうだけど、タカオはお風呂に浸かったの?」


「いや、まだだ。美少女を探して歩き回っていたからな。結果はお婆さんしかいなかったが……」


「まあ、とりあえずお風呂に入ろうよ。まずはタオルを体に巻いて」


 タカオの持っていたタオルを体に巻き付けさせる。しかし、タカオは良い体をしている。筋肉はあまりないが、バランスの良いモデルみたいな体型をしている。みずみずしい、張りのある肌。ほどよい大きさの胸とお尻。本人に自覚は無いかもしれないけど、女性になった僕から見てもエロい。



 タオルを巻き終えると、タカオはお風呂に浸かる。


「ああ~ やっぱり気持ち良いな。これからもちょくちょく入りに来ようぜ」


「うん、そうだね。定期的に通おう。貸し切りのお風呂だと、人目を気にせず、もっとゆっくりできるよ」


「いや、それはダメだ。今日はたまたま美少女が居なかっただけだが、今度きたときには会えるかもしれない。いや、絶対に会えるはず!」


 どうやら、まだタカオはあきらめていないようだ。



「よし! ユウリ、すべての種類の風呂に浸かるぞ。見て回った時に数えていたんだが、女湯には7種類の風呂があるらしい。全てを制覇せいはしてやろうじゃないか! いくぜユウリ」


 タカオは完全に立ち直ったようだが、次に変な目標を立ててしまった。まあ、このくらいは付き合おう。


『普通のお風呂』『ぬるめのお風呂』『蒸し風呂』『水風呂』『薬草ハーブ風呂』『水流風呂ジェットバス』『電気風呂』次から次へ風呂を渡り歩き、僕たちは全ての風呂を制覇した。

『電気風呂』はかなり強烈で、痛くて1分も入っていられなかったのだが、お婆さん達は平気な顔で長湯をしていた。あの人たちは、何か特別なスキルでも持っているんじゃないだろうか。



 全ての風呂を巡った後に、僕らはある扉に気がついた。初めはスタッフ用の、出入りの扉かと思っていたのだが、それにしては扉が大きく、どこかに繋がっているようだ。


「なんだ、この扉は? トイレあたりかな?」


 タカオが扉に吸い寄せられるように近寄っていく。

 扉には、何か張り紙があったようだ。手招きをして僕を呼び寄せた。


「ユウリ、見てみろよ、この先は混浴スペースらしいぜ。行ってみよう、美少女が混浴スペースにいるかも知れない!」


「……タカオは、日本に居たときに、混浴のお風呂に行ったことはある?」


「たしか何度かは行ったな。秘境みたいな場所で、行くのが大変だったけど」


「その時に、女性は居た? 女性は居たかもしれないけど、お婆さんとかじゃなかった? 若い女性は、自ら進んで混浴のお風呂に行かないと思うけど……」


「……ユウリ、ここは異世界なんだぜ、俺たちの常識は通じない! 扉をあけると、そこは美少女がつど楽園らくに通じているハズだ!」


 タカオはそう言って扉を開けた。



 扉の先は、更衣室になっていた。更に奥に扉があり、こんな注意書きがしてある。


『ここより先は、混浴スペース。水着を着用してください』


 更衣室に置いてあるカゴには、サイズ別にビキニの水着が用意してあった。これを着用しろという事だろう。


「なるほど、この先には水着の美少女の集団が待っている訳だな。今すぐ行くぜ!」


 タカオが素早く水着を着けると、奥の扉から、外へと飛び出していった。早く追い付いて、タカオを止めないと大変な事になる。そう思い、僕も急いで着替えようとしたが…… 少し冷静に考えれば、美女の集団なんているハズがないだろう。ゆっくりと着替えてから、僕は奥の扉から外に出た。



 扉を出ると、プールサイドに出てきた。20メートルくらいの、そこそこの大きさのプールと、ジャグジーの施設を備えているようだ。家族連れが何組か、あと、泳ぎに来たと思われる、男性のグループがいた。

 そして、扉のすぐそばでは、タカオが両手、両膝を地面に付けて、全力で落ち込んでいる。


「おおおぉぉ、び、美女の集団が居ない。そんな馬鹿な……」


「若い女の子ならいるよ。ほら、そこに」


 僕は家族連れの中の女の子を指さす。年齢は10歳にいかないくらいだろうか。


「若い、若すぎる。せめて、もっと胸がないと…… はあ、もういいや、俺は泳ぐ!」


 どうやらあきらめたみたいだ。タカオはプールに入ると泳ぎだした。僕も泳いでみよう、久しぶりなので泳げるかどうか分らないけど。



 しばらく泳いでみて疲れてきたので、僕は少し休憩をする。タカオはまだ泳ぎ続けている。意外と泳ぎは得意そうだ、ただ、泳ぎ方が平泳ぎなので、いまいちカッコ良くない。優雅にクロールを泳げば、絵になると思うのだが……


 タカオはさらに2往復くらい泳ぐと、満足したようだ。


「さて、女湯に戻って、風呂で暖まってからあがるか」


「そうだね。そうしよう」


 女湯に通じるドアを抜けて、更衣室で水着を脱いで、バスタオルを体に巻く。すると、タカオが変な事を言い出した。


「うお、まぶしい! 目がくらむ!」


「なに? 特にこの部屋は明るくないと思うんだけど?」


「いや、うん。なんでもない。行こうか」


 僕らは湯船で体を温め直してから、お風呂をあがった。僕らは着替えて、ひとまず休憩室に行く。着替えの時に、タカオが「まぶしい!」とか、何度か言っていた。脱衣所にも、とくに光る物は無いのに……



 涼みながら、休憩所にいくと、食べ物の販売コーナーがあった。タカオがこれに見事に引き寄せられる。


「ユウリ、牛乳、コーヒー牛乳、フルーツ牛乳、ソフトクリーム、かき氷。どれも銅貨3枚らしい、どれにする?」


「そうだね、ソフトクリームかな」


「俺はコーヒー牛乳だな。おじちゃん、コーヒー牛乳とソフトクリームをくれ」


 テーブルに座り、ソフトクリームを食べていると、なにやら偉そうなおじさんから声をかけられた。



「私は、この松ノ湯の支配人なんだが、ちょっと良いかな? 君たち、うちの温泉施設の割引パスポートが欲しくないかい?」


「お、クーポン券みたいな物か。くれるのなら欲しいぜ」


「いくらくらい割引されるんですか?」


 僕が質問をすると、こんな答えが返ってくる。


「半額になる割引パスポートだよ。これをもっているだけで、いつでも半額になるんだ、ただし、使うのには条件がある。混浴スペースを必ず利用して欲しいんだ」


「なんでです?」


 僕が聞くと、その理由を素直に話してくれる。


「いや、君たちみたいな若い女性が、混浴スペースに居てくれたら、男性客が増えるんじゃないかと思ってね。うち、赤字で、けっこう大変なのよ」


「俺らを使って客を集めようって話か。まあ、いいけど、それなら7割引のパスポートで手を打とうじゃないか!」


「しっかりしてるね。じゃあ、そういう事でよろしくね」


 こうして僕たちは7割引のパスポートを手に入れる。入場料が、銀貨1枚から、銅貨3枚に下がった。これなら毎日だって利用できるだろう。



 パスポートを受け取った後に、支配人にちょっと気になった事を聞いてみる。


「そういえば、注意書きに『閃光せんこう魔法による自動防御』とかありましたが、あれってどんな魔法なんですか?」


「ああ、あれは、覗こうとすると、強烈な光がさし込んで、肝心な場所が見えなくなるという魔法だね。覗き防止の魔法だよ」


「……へぇ」


 タカオの方をチラリと見る。タカオは僕から目をそらした。

 なるほど、今度からは警戒しておこう。

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