新しいスキルの効果 4

 街に帰ってくると、タカオは門番の兵士たちの前で、こんな事を言い出す。


「新しいスキルを身につけたんだ、見てくれよ百花繚乱ひゃっかりょうらん『花吹雪!』」


 スキルを使うと花びらが落ち始め、タカオがクルクルと回ると、それに合わせて花吹雪が舞う。


「おお、すごい」「見たことも無いスキルだ」「美しい」


 タカオは褒められて満足したのか、スキルを解除しながら言った。


「困った事があったら、俺を頼ってきてくれ。いつでも力をかすぞ」


 格好をつけて、その場を立ち去る。


「さすが剣豪けんごう風格ふうかくがちがうなぁ」「いざという時はお願いします」


 門番からは、ものすごい大物に見られているようだが、実際はかなり弱い。いつもジャッカロープに苦戦しているあの姿を見せてやりたい。



 門を通り抜けると、僕たちは図書館へと向う。50年前に異世界から現われたという勇者について調べる為だ。図書館に入ると、この前のお婆さんが受付に座っていた。


「おお、あんた達かい。今日は何の用かな?」


 僕がお婆さんに質問をする。


「ええと、50年ほど前に現われた勇者について調べたいのです。味噌とか醤油とかを作り出した人なんですが……」


「ああ、それはおそらく農作物の勇者、スドウさんの事だね」


「知っているんですか?」


「ああ、もちろん。彼が来てから私らの食生活が、がらりと変ったからねぇ」


 50年前なら実際に知っている人が居てもおかしくない。ここは詳しく聞いてみよう。



「お婆さん、そのスドウさんについて、出来るだけ詳しく教えてもらえないでしょうか?」


「ああ、いいよ。彼が来たのは今から51年前だったねぇ。春の温かい日に現われて、領主様に向って『畑を貸してくれ、この世界には無い、美味い作物を作ってみせよう』と、自信満々に言ったそうだ。領主様は信じられなかったみたいだが、とりあえず荒れ果てた小さな畑を、その者に貸し与えた。そこはジャガイモもろくに育たないような畑だったらしいが、スドウさんは、素晴らしい作物を次から次へと作り出したんだよ」


「それはどんな作物だったんです?」


「野菜だと、キャベツや白菜やトマト、穀物だと、米やトウモロコシ、果物だと、ミカンや柿、様々な香辛料と、他にはキノコの栽培とかもあったねぇ。今、普及している作物の7割くらいは、あの人の手が入っているハズだよ」


「7割! そんなにですか?」


「ああ、従来からあった作物も入れ替わったからね。例えば、麦とかは、収穫量が6倍くらいに増えたんだ。もちろん、麦の種類だけでなく、農作業の方法も大きく変ったけどね。スドウさんが来てから『餓え』がほとんど無くなったね。彼はまぎれもなく英雄だよ」


 なるほど、おそらくこの世界の農業に改革をもたらした訳か。スドウさんはきっと凄いスキルを持っていたに違いない。



 タカオがお婆さんに聞く。


「それで、そのスドウさんってのは強かったのか? 魔王を打ち倒したりしたのか?」


 すると、お婆さんが驚いた顔で答える。


「へぇ? スドウさんは農業、一筋だったよ。戦闘に関しては、からっきしだったね。ただ、魔王軍にも農作業の方法を教えて、あっちの国の食糧難も改善しちまった。食糧難が無くなった魔王軍は、こっちの国に攻め込む理由も特に無くなったんで、平和条約が結ばれたんだ」


「へ、平和条約だって?」


「ああ、だから魔王軍は、イタズラのレベルでしか、ちょっかいを出してこないのさ。ある意味では魔王を打ち倒したと言えるのかもね」


「……知ってたか、ユウリ?」


 タカオが僕に聞いてきたので、すこしとぼける。


「い、いや。初めてきいたよ」


 まったく嘘は言っていない。僕が初めて聞く部分も多い。

 この世界がこれだけ平和なのには、それなりに理由があったと言う訳か。



「スドウさんって、凄い人だったんですね」


「そうだね。あっ、そうそう、彼の残した暗号文があるんだ。それは一冊の本になっていて、それを写した物なら、この図書館にもあるよ、見てみるかい?」


 暗号文と聞いて、タカオが興味を持つ。


「おう、それを見せてくれ! きっとすごい財宝のありかが書かれているに違いない!」


「では、とってくるかね。ほれ、この本だ」



 お婆さんの持ってきた本を、タカオが広げた。


「おっ、ユウリ、読めるぞこれ、日本語で書いてある。ええと、『トマトは石灰をまき、水はけのよい土地に植える。種まきは5月が理想、7月には収穫ができるが、収穫前はあまり水を与えすぎないように』……」


 僕も後ろから確認しながら言った。


「……これ、トマトの育成方法だね。他には果物や穀物の育成方法か。あとは、野菜を使ったレシピとかも書いてあるね。主に農業に関してのノートみたいだ」


 これを聞いて、お婆さんが驚いた。


「あんたたち、これが読めるのかい? それなら訳しておくれ。農作業の方法は、スドウさんは色々と教えてくれたけど、忘れられている部分も多いからね」


「分りました。それでは翻訳させてもらいます」


「よろしく頼んだよ。農家にとっては、この本はお宝になるだろうね」


 まあ、確かにお宝と言えるだろう。スドウさんの本を借り、僕たちは図書館を後にした。



 ギルドに帰って来ると、ギルドの裏にある解体施設に行き、今日の狩りの精算をする。今日の収入は、ジャッカロープ5匹で、銀貨27枚だった。


 お金を貰おうとすると、タカオが僕に言ってきた。


「そうだ、ユウリ。薬草も採っただろう。それも精算しないと」


「ああ、そうだった。今だ出すね」


 倉庫魔法で薬草を出そうとすると、解体施設の責任者、ダルフさんがそれを止めた。


「待ってくれ、薬草の買い取りは、あっちのギルド本部の受付でやってくれ。それはうちらの仕事じゃないんだ」


「わかりました。では、向こうで精算してきます」


 銀貨を受け取り、ギルド本部の建物へと戻る。



 本部の建物に戻ってくると、タカオはエノーラさんに声をかける。


「薬草の採取をしてきたんだ。買い取ってくれるんだろ?」


「ええ、薬草の買い付けは、あちらの商業ギルドのカウンターですね」


 商業ギルドのカウンターは、男性が立っていた。明らかにテンションが落ちるタカオ。


「ああ、うん。ユウリ、売ってきてくれ。俺はレストランの方に行ってるわ」


 僕は1人でカウンターに行き、受付をする。


「すいません。『チビヨモギ』という薬草を採取してきたんですけど」


「『チビヨモギ』はあまり珍しくない薬草だから安いよ。買い取り金額は10本で銅貨1枚だ」


「わかりました。それでは精算をお願いしますね」


 僕は倉庫魔法から『チビヨモギ』を出す。空中に扉が現われ、パサパサと薬草が落ちてきた。

 薬草は次々と落ちてくるのだが、これがなかなか途絶えない。全て出てきた後は、『チビヨモギ』の山が出来上がっていた。


「……少々おまち下さい」


 この後、手の空いているギルド員が総出そうでで、『チビヨモギ』を数える。気がつけば、自分の仕事では無いと拒否した、解体班のダルフさんも借り出されている。



 そしておよそ30分後、ようやく数え終わったようだ。


「ええと『チビヨモギ』3278ですね。銀貨32枚、銅貨7枚、小銅貨しょうどうか8枚になります。ご利用、ありがとうございます」


「……おつかれまです」


 僕が申し訳なさそうにお金を受け取ると、受付の人は、こう言った。


「あの、すいませんが、これからしばらくの間、『チビヨモギ』の採取は控えてもらえないでしょうか? 在庫の量が、その……」


「あっ、はい。分ってます」


 これは失敗した。僕の倉庫魔法の中は、時間が停止しているので、一度に全てを出す必要はなかった。これからはたくさん採取しても、小出こだしにしよう。

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