魔王を倒す手段

 5日目の朝が訪れる。目を覚まし、タカオのベッドを見ると、誰もいない。外出用の服は、まだコート掛けにかかったままなので、部屋着でトイレかシャワーにでも行っているんだろう。


 僕は身なりを整えたりして、部屋で時間を過ごす。しばらくしてもタカオは帰ってこなかったので、ギルド内を探しに出る事にした。



 ギルド内を見て回ると、レストランにタカオが居た。ただ、様子がちょっと変だ。朝からエールを飲んでいて、かなり酔っ払っている。


「どうしたのタカオ。そんなに酔ってたら、狩りに行けないよ」


 受付係のエノーラさんも心配したようだ。近寄ってきて声をかける。


「そうです。どうしたんですか? 何か嫌な事でもあったんですか?」


「昨日、知ったんだけど、魔王側と平和条約が結ばれているんだって?」


 その質問に、エノーラさんが答える。


「ええ、もう40年ほど前の話でしょうか。人間側と魔王軍側とでは、戦争をしない条約を結んでいます。魔王軍は、ときどきイタズラはしてきますが、争いと呼べるレベルのものは起こっていませんね」



 タカオはエールを一気に飲み干すと、ふてくされたように言った。


「うん、つまり平和なんでしょ。そうなると、俺がレベルアップして、強くなって、魔王を殺したら。俺が空気を読めてない痛いヤツじゃん」


「殺すつもりだったのですか?」


「魔王といえば、普通は悪逆非道あくぎゃくひどうなヤツで、人類を滅ぼそうとしてこない?」


「いえ、そこまでの悪人では…… 少々お待ち下さいね」


 エノーラさんは急いで奥の部屋に走って行った。そして、しばらくして戻ってくる。


「ギルドマスターがお会いになります。こちらの部屋に来て下さい」


 僕とタカオは奥の部屋へと連れて行かれた。



 奥の部屋に入ると、40歳くらいの屈強くっきょうな男性が座っている。男性は、エノーラさんを部屋から退出させると、僕たちを見るなり、こう言ってきた。


「俺はギルドマスターをやっている、ベルノルトって者だ。お前ら、異世界から来た冒険者だろ?」


 いきなり核心をつく質問に、どう答えようか迷っていると、タカオがそっけなく答える。


「ああ、そうだよ。異世界から魔王を倒しに来たんだ」


 あっさりと事実を認めると、ギルドマスターのベルノルトさんは、うなずきながら言った。


「なるほどな。それだと、今まで聞いた事のないスキルが出てきたり、異様に高いステータスにも納得がいく。ところで、この世界の魔王や魔王軍について、どこまで知っている?」



 その質問には、僕が答える。


「魔王軍とは争いは無く、平和条約が結ばれていると聞きました」


「そうだ。平和条約が結ばれている以上、いきなり魔王をぶっ殺したら、どうなるか分るか?」


「戦争が起こると思います」


「まあ、そうだな。それか、最悪の事態を避けるため、話を丸く収めようとして、殺したヤツを殺人犯として差し出す事態になるだろう」


「ええ、そうでしょうね」


「それだと、俺、魔王を倒せないじゃん。何をしにこの世界に来たんだよ……」


 タカオがガッガリと肩を落とす。



 たしかにタカオの言う通りだ、僕たちは何のために、この世界にやってきたのだろうか?

 落ち込んでいる僕たちに、ギルドマスターのベルノルトさんは、こんな質問をする。


「お前らは神様から魔王を『殺す』ように言われたのか、それとも『倒す』ように言われたのか、どっちだ?」


「ええと『倒す』ように言われましたね。その二つはどう違うんですか?」


 僕が聞くと、ギルドマスターは親指を上げて、笑顔で答える。


大違おおちがいだよ。『倒す』なら、方法はあるのさ」


 そう言って、本棚から一冊の本を取り出してきた。



 本は、魔王軍との平和条約について書かれたものらしい。

 ギルドマスターは、僕とタカオの前に本を広げ、説明をしてくれる。


「このページに『双方そうほうゆずれぬ信念がぶつかり合った時は、いずれかの戦いをもって決着をつけるべし』と、書いてあるだろ。つまり魔王を『戦い』で倒せば良いわけだ」


「戦うのと、殺すのと、どう違うんだ?」


 タカオがギルドマスターに聞くと、ギルドマスターはあきれたように答える。


「異世界人は野蛮だな、『戦い』と『殺し合い』は違うだろ。『戦い』はスポーツやチェスや囲碁などの、競技でも良いんだぞ。殺したら大問題になるが、競技をするなら問題にならないだろう」


 僕がギルドマスターに確認するように聞く。


「なるほど、スポーツとかで魔王を打ち負かせばいいんですね」


「ああ、ただし、競技の種目は挑戦をされた側、つまり受ける側が決められるんだ。お前らが魔王軍を倒そうとすると、お前らから戦いを仕掛ける事になる。要は、向こう側が自由に競技を選べるから、勝つのは一筋縄ひとすじなわではいかないだろうな」



 競技と聞いて、タカオはいまいち乗り気には慣れない。


「競技かぁ、過去に何かの『戦い』は行なわれたのか?」


「あー、俺の聞いた話だと、かなり昔に木刀ぼくとうによる『決闘けっとう』とかがあったらしいな。木刀だと、怪我はするけど死にはしないからな」


「『決闘』か、『決闘』ね。いいかも、『決闘』で魔王を打ち破るのも悪くない」


 タカオがその気になったようだ。ニヤニヤと笑いながら、『決闘』という言葉を連呼している。



「ふう、そういう訳だ。お前ら、あんまり問題を起こすなよ。たとえ魔王軍がイタズラをしてきても、大目に見てやれ」


「そういえば、なんでイタズラなんて、大人おとなげない事をするんでしょうか?」


 僕が素朴な質問をすると、ギルドマスターはこう答える。


「農作物の勇者、スドウさんの話は知っているか?」


「ええ、人類だけでなく、魔王側にも農業を教えて、飢餓きが根絶こんぜつしたという人ですよね?」


「ああ、魔王側から見れば、それまで自分たちより劣っていると考えていた人間から、農業を教えられ、飢餓が無くなったわけだ。スドウさんと魔王の間には、戦いは起こっていないんだが、魔王軍としては完敗した気分なんじゃないか」



「それとイタズラとは、どう関係があるんだ?」


 タカオが聞くと、ギルドマスターはこう話を返す。


「ところでお前は、格下だと思っている相手。そうだな、猿か何かの動物にチェスで負けて、素直に猿より知能が低いと認めるか?」


「いいや認めないね。俺が猿より知能が低い訳がない」


「魔王軍もそう考えたと思う。連中はプライドが高いから、素直には認められず、イタズラや嫌がらせをしてくるじゃないか。まあ、ここら辺には魔王軍なんていないから、連中の考え方は、よく分からんけどな」



 出してきた本をしまいながら、ギルドマスターは話を続ける。


「まあ、魔王と戦おうとすれば、魔王軍の幹部やら四天王が出てくるだろう。大変になるだろうが、とりあえず頑張れ。話は以上だ、もう出て行って良いぞ」


「では失礼しますね」


 僕たちが部屋から出ようとすると、ギルドマスターのベルノルトさんからもう一度、念を押される。


「いいか。魔族でも、殺せば殺人だぞ。お前ら、くれぐれも問題を起こすなよ」


 すこし威嚇いかくされるように言われたので、タカオがちょっと身震みぶるいしながら答える。


「大丈夫だ。相手に言われた競技で勝てば良いんだろ、幹部だろうが、四天王だろうが次々と倒してやる! 任せておけ!」


 タカオは胸をはって答えた。

 しかし、よく考えて見ると、相手の得意なジャンルで勝負をしなくてはいけない訳で、これは大変な事になりそうだ。

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