異世界クッキング 4
「マイ・ロード。カレーが完成、いたしました」
僕の作った神器、『エルビルト・シオール』が心に語りかけてくる。
「出来上がったみたいだから、
タカオに状況を説明しながら、僕は蓋を開けた。すると、かぐわしいカレーの匂いが鍋からあふれ出す。
「うおっ、上手そうだな。さっそく食べてみようぜ」
「うん、まだ夕飯にはちょっと早いけど、食べてみようか」
炊事場のすぐそばにはテーブルも並んで、食事が出来るようになっている。僕たちは鍋を持って、そちらに移動する。
倉庫魔法で、先ほどしまったご飯を取り出すと、皿に盛り付けて、カレーをかけた。飲み物を用意すると、いよいよ食べ始める。
「「いただきます」」
口の中に入れると、スパイスの香りが広がる。ピリッとして、ちょっぴり中辛の仕上がりだ。鳥肉はスプーンで切れるくらいに柔らかくなっていて、口の中に入れると旨みが広がる。ニンジンは甘みがあり、ジャガイモはホロホロと口の中で溶けていく。
これは神器のおかげだろう『エルビルト・シオール』にお礼を言う。
「このカレー最高だよ。エルビルト・シオールのおかげだね」
「お褒めにあずかり、
「うん、ありがとうね。これからもお世話になるよ」
お仕えと言ってくれたのだが、実際に働くのは僕なんだけど……
まあ、これだけ美味しい物が出来上がるのなら、働くのも悪くないだろう。
「おかわりをくれ、大盛りで」
タカオが空になった皿を差し出して来た。
「とりあえず、普通に盛るよ。足りなかったら、またおかわりをしてね」
「おう。これならいくらでも食べられるぜ」
僕らが食事を楽しんでいると、ギルドの受付係のエノーラさんが、たまたま通りかかった。
「あら、今日は自炊ですか、美味しそうな匂いですね。それは何というお料理でしょう」
タカオが少し驚いた様子で答える。
「まさかカレーを知らないのか? それは人生の半分を損してるぜ!」
「人生の半分は言い過ぎだと思うけど、エノーラさん、どんな料理か試しに食べてみますか?」
「ええ、では味見に少し下さい。それでは、ご
エノーラさんがテーブルの空いている席についた。カレー粉は売ってはいるが、カレーという料理は、一般にはあまり普及していないらしい。
味見という事なので、僕は小皿にお米とカレーを盛り付ける。エノーラさんは、しばらく
口に入れると、エノーラさんの目が、かつてないほど
「この料理、うちのギルドのレストランで販売してみませんか?」
「えっ? 販売ですか? 素人の料理なので、売り物としてはちょっと……」
僕がそんな返事をすると、エノーラさんが前のめりになって説得してくる。
「これは王都の高級店で、出してもおかしくない
「いや、そんなに高価な品ではないですよ。カレーだと高くても銀貨1枚程度だと思います」
「では、銀貨1枚で売りましょう」
「ちょっと待って下さい。僕がこの料理を売って、仮に、この料理に人気が出てしまうと、ここのレストランのシェフ達が
「大丈夫です。今日は雨なので、3人いる料理人のうち、2人が休んでいます。人手不足の状態なので、ユウリさんが
両手で僕の手を握られ、かなり強く言われてしまった。こうなると断りにくい。
「では、売れるかどうか分りませんが……」
こうして僕は、なぜか厨房に立つハメになった。
厨房と客席の間のカウンターに、中型の『
鍋の横には、小さな黒板を置いて『雨の日の特別メニュー、カレーライス、1杯銀貨1枚』と看板を立てる。準備が終わると、エノーラさんは受付へと戻っていった。
さて、これで販売の準備は整ったのだが、この世界の人にとって未知の食べ物が、はたして売れるのだろうか?
そう考えていると、若い人がやってきて、僕に聞いてくる。
「さっきっから良い匂いがしているけど、カレーってどんな料理だい?」
「あっ、こんな料理です」
蓋を開け、中身を見せると、その人は眉間にシワを寄せながら言う。
「あっ、うん。俺は遠慮しておくわ」
そそくさと鍋のそばかた立ち去った。やはり見た目が悪いのだろう。
「マイ・ロードの作った逸品を、要らないとは
『エルビルト・シオール』の声が聞えてきたので、僕はなだめる。
「ほら、まあ、お金をもっていなかったのかもしれないし」
「そうですか、それならしかたありませぬな」
うん、接客も大変だけど、神器の相手も大変だ。
その後、二人ほどがカレーを確認しに来たが、中身を見て、買わずに帰って行った。タカオがそれを見て言う。
「もう試食させちまえば良いんじゃないか? 味が分れば買うだろう」
「うーん、そうだね。次の人からはそうしようかな」
そんな話をしていると、僕の名前を呼ぶ声が聞えた。
「ユウリの嬢ちゃん。そんな所で何をしているんだい?」
声をかけてきたのは、僕が骨折を治した件で関わった、建築ギルドのマスターのアンドレアンさんだった。
「いえ、料理を売っているのですが、なかなか売れなくて……」
「銀貨1枚か、意外とするな。じゃあ、俺が買ってやろう。どんな料理だ?」
「カレーといって、こんな料理です。ご飯にかけて食べる料理ですね」
蓋をあけ、中身を見せると、アンドレアンさんもしかめっ面をする。
「おぅ、なんだ…… 男に
初めての注文が入ったので、皿にご飯をよそり、カレーをかけて渡す。
アンドレアンさんは、建築ギルドの人たちと来ていたようだ。料理を持ってテーブルに帰ると、建築ギルドの人たちから冷やかしが入った。
「親方、なんですかそれ」「変なものを喰って、腹壊して仕事を休まないで下さいよ」
「うるせぇ、ちょっと黙ってろ」
スプーンにカレーをすくい、おそるおそる口に入れる。口にれたたとたんに、アンドレアンさんの表情が一変した。
「こいつは、くぅ、ユグラシドル級の味だぜ。間違いなく神のあつかう食事だ」
??? この人は、なにを言っているんだろう。初めは、ふさけているのかと思ったが、ギルドの職人さんたちは、極めて真面目に話をきいていく。
「ユグラシドル級なんて初めて聞いたぞ」「これは想像もできないな……」
しばらくして、一人が動き出す。
「俺も食べるぜ。ユグラシドル級が銀貨1枚なら安いものだ」「俺も」「俺も並ぶぞ」
あっというまに行列が出来た。僕は慌ててカレーをよそい始める。
カレーを食べた人は、納得したように言う。
「確かにユグラシドル級だ」「いや、これはユグラシドル級、以上なんじゃないか?」
なんだろう、その表現は? まあ、美味しいという事は、何となく伝わって来る。
一通り、カレーの
騒ぎが落ち着くと、しばらくして、エノーラさんが僕たちの元にやって来た。
「大成功でしたね。次はいつ販売しますか?」
「ええと、あの、手が空いている時にでも」
「では、雨が降ったときはどうでしょう? 冒険者は雨が降ると暇ですからね」
「えっ、ああ、はい、そうかもしれませんね」
「雨の日にこの酒場にくればカレーが食えるぞ!」「カレーだ!」「カレーが食える!」
なぜか雨の日は、メニューにカレーが出てくるような雰囲気になってしまっている。ここまで期待されると、次も作らなければならない気が……
「私にも1皿お願いします。先ほどは、少ししか試食していないので」
エノーラさんが銀貨を払い、売り上げは銀貨35枚になる。今回、カレーに使った材料費は、銀貨7枚程度だったので、けっこうな利益が出てしまった。もしかして、へたに冒険をするより、儲かるかもしれない……
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