異世界クッキング 3

 僕は出来たばかりの鍋に質問をする。


「ええと、お米を炊きたいんだけど、どうすれば良いのかな?」


マイ我がロード主よ、お米を炊くのですね、少々お待ちを」


 次の瞬間、寸胴の鍋がまぶしく光り、目を開けていられなくなる。

 しばらくして光がおさまると、そこには『おかま』が置かれていた。


「あれ? もしかして、変形したのかな?」


「その通りでございます、マイ・ロード。お米を炊くには、それにふさわしい形があるのです。さあ、そこにあるお米を入れて下さい」


 先ほど研いだ米を、ピカピカのお釜の中に入れる。するとエルビルト・シオールが言ってきた。


「続いて、水を入れて下さい。われが適切な水の量を計測しているので、ゆっくりと水を足していって下さい」


 言われた通りに水をチョロチョロと入れていくと、ある程度の量になった時に声がかかる。


「はい、そこまででございます。蓋をして、30分ほどお米を水に浸しておきましょう。マイ・ロードは、その間に、火の準備をお願いします」


「分ったよ。薪に火をつけて置けば良いんだよね」


「初めは弱火ですので、最低限の火で構いません。30分後、お米が水を吸い込んで、準備が出来たらおしらせします」


 僕は言われた通りに、火の準備をする。



 薪に火がついて、良い感じで準備が出来た。時間が余ったので、ジャガイモの皮をき始める。


 ちょうど剥き終わったくらいに、エルビルト・シオールが話しかけてきた。


「マイ・ロード、お米が充分に水を吸収しました。火に掛けて下さい」


「ちょっと待ってね、今、かまどに移すから」


 レンガで出来たかまどの穴に、お釜をはめると、計ったようにピタリと一致した。


「おお、ちょうど良いサイズだね」


 僕がそう言うと、エルビルト・シオールが返事をする。


「あらかじめ、かまどのサイズに合わせて変形しておりますから、問題が起こるはずがありません」


 どうやら僕は、かなり優秀な神器を作ったようだ。



 2分ほど火に掛けていると、エルビルト・シオールから注文がやってくる。


「さあ、ここからの火加減が勝負です。火を強くしていきましょう。マイ・ロード」


 火に薪をくべて強くすると、また注文が入る。


「少し弱めにして、その火の勢いを維持して下さい。マイ・ロード」


 薪を何本か、かまどの外に出し、火の勢いを調整する。しばらくすると、さらに注文が入る。


「さらに弱火でお願いします。マイ・ロード」


 注文の多い神器だ。だが、上手いごはんのためなら仕方がない。僕は鍋の指示に従う。


「火から外して下さい。そして10分ほど蒸らすと完成です」


 皮の手袋をして、お釜をかまどから外す。蓋の間から、良い匂いが漂って来た。あと少し待っていれば、炊きたてのご飯の完成だ。



 ご飯が出来上がろうとしていた時、タカオがちょうど戻ってきた。手には色々な荷物を抱えている。


「ユウリが居ないと倉庫魔法が無いから、持ってくるのが大変だったぜ」


「何かいい入れ物はあった?」


「おう。3件ほど店を回ってきたからバッチリだ。まず、お米を入れる『おひつ』代りの、木製のおけと蓋。スープなども入れておける、陶器の入れ物。あと、銅製の鍋みたいな入れ物だな。銅製のヤツは、そのまま火に掛けて、温めや調理も出来るらしい」


「充分だね。じゃあ、お米をさっそく移し替えようか」


 10分ほど経ったので、僕はお釜の蓋を開ける。すると、とても良い匂いが辺りに充満した。タカオが思わず声を上がる。


「おっ上手そうな匂いだ。お釜の中のご飯も、完璧な状態だな、さすがユウリ。あれ? でも、こんな形のお釜を俺らは買ったっけ?」


「まあ、その話は後にして、ご飯を移し替えようよ」


 木製の桶を水で洗うと、そこに炊きたてのご飯を全て移す。移すときには、お釜がテフロン加工をしたみたいにくっつかずに、一粒のこらずズルリと桶の方に移動できた。さすがは神器と言った所だろう。



 お米を移し終えて、熱が逃げないうちに、素早く倉庫魔法にしまう。

 作業が落ち着いた所で、タカオに説明をする。


「実は、この鍋は僕が作り出した神器なんだ。次にカレーを作ろうと思っているんだけど」


 タカオに説明をしている途中。エルビルト・シオールが話しかけてくる。


「次はカレーですか。任せて下さい。マイ・ロード」


 鍋は再び光ると、今度は圧力鍋あつりょくなべへと変化した。本当に便利な鍋だ。



「おっ、鍋が変化した。どういう事だ?」


 タカオが驚いている中で、エルビルト・シオールが話しかけてくる。


「マイ・ロード。先にタマネギを炒めましょう。飴色あめいろになるまでお願いします」


「じゃあ、エルビルト・シオールの指示通り、タマネギの皮からこうか」


 僕が言うと、タカオが不思議な顔をして聞いてきた。


「『エルビルト・シオール』って何?」


「ええと、あれ? 声が聞えてない?」


「マイ・ロード。我が声は下賎げせんの者どもには聞えません。こころざしが高き者にしか届かないのです」


 なるほど、タカオには声は届かないのか。これはアレだな、聖剣エクスカリバーが、アーサー王にしか扱えなかったのと同じで、使用者が限定されるみたいだ。僕がアーサー王と同じ扱いだと思うと、ちょっぴり気分が良い。



「声ってなんだよ?」


 不思議がっているタカオに僕が説明をする。


「この鍋は、実は僕の作った『神器』で、意思いしの疎通そつうができるんだ。まあ、限られた人だけらしいけど。詳しくはタマネギを剥きながら話すよ」


 僕は、この鍋がレシピを教えてくれたり、適切なタイミングで火加減の調整を知らせてくれる事や、鍋が『エルビルト・シオール』という名前だと言う事を伝える。


 タマネギが剥き終わると、続いてこんな声が聞えてきた。


「マイ・ロード。それではタマネギを炒めましょう。下賎げせんの者には、ニンジンの皮むきをさせて下さい」


「わかったよ。タカオ、ニンジンを剥いておいて、その間、僕は調理に入るから」


「本当は俺が調理したかったんだが、鍋の声が聞えないからユウリに任せるよ」


 タカオが大人しくニンジンの皮を剥き始めた。僕はちょっと優越感ゆうえつかんに浸る。



 しばらく優越感に浸っていたのだが、しばらくすると、それは大きくくつがえされた。


「マイ・ロード。火を少し強くして下さい」

「マイ・ロード。灰汁あくが出て来ました、灰汁取あくとりりをお願いします」

「マイ・ロード。カレー粉を入れて蓋をして下さい。匂いが飛ばないように、火を弱くして下さい」

「マイ・ロード。バターがあるようですね。仕上げの隠し味にひとかけら入れてみてはいかがでしょうか?」


 ……この鍋、とにかく注文が多い。主人使あるじつかいがとにかく激しい。

 慌ただしく動き回り続けて、およそ30分。僕はようやくカレーを作り上げた。

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