5-3 空に繋がりを


 もう一度目を開けた時、彼の体は地面に横たわっていた。確かエアリアの膝枕の上にいたはずなのに、と思って隣を見れば、そこに倒れるように眠るエアリアの姿があった。


「おい、エアリア。おい」


 彼女の頭に軽く触れるが、起きる気配がない。少々強引だが、両肩を掴んで前後に振るう。コキッとこ気味いい音がすると、エアリアは目を開けた。

 ググっと背伸びして起きた彼女は、首のあたりを揉みながらあくびをした。


「なんだか、すごくきれいにハマったような気分」

「俺は不思議な気分だよ。確かに俺は心臓ごと思いっきり貫かれたはずなのに」


 改めて周りを見てみれば、彼らが倒れていたのは、機皇の基地の外だった。周りに残っていたはずの機人たちは全て機能が停止しており、鋼色に染まっていたはずの大地はなく、花の咲き乱れる地になっていた。


「どうなっているんだ、これは」


 確かに機皇の侵略によって閉ざされていたはずの空間が、元の生命豊かな大地を取り戻している。ふいに右手を見た時、そこに一切の火傷がないことにも気づいた。機人たちの囲みを突破するために炎で焼いた痕が、どこにもない。


「そこはボクに感謝してよ。この聖斗を使わなきゃ、キミ本当に死んじゃってたんだから」


 胸に触れてみると、機皇が貫いたはずの傷はどこにもなかった。それどころか第二十四番世界に来るまでに受けた傷も、全てきれいに消えていた。切り裂かれ剥がれ落ちた包帯に血は滲んでいるが、傷跡はない。


「確か、膝枕された体勢が最後の記憶だったんだけど……」

「ボクも疲れて眠っちゃったけど、まだあれから数時間しか経っていないよ」


 そう言って左手に持っている秘積物を地面に降ろす。


「それが、君の秘積物か」


 宝石で飾られた器に杖を突きさしたようなもの、これが彼女の秘積物である。


「『冥府救済の聖斗オールセイヴァー』、それがこの子の名であり、今の君の状態を見れば、持っている力がだいたいわかるかな」

「死人の蘇生、ということか」

「正確には、まだ死ぬべきではないものの帰還。大樹が求めた者を掬い上げるっていうことなんだけど、まあ、要するにそんな感じ」


 本来、死んだ肉体を復活させることはできない。魂も同じだ。傷ついた肉体同様、魂も傷つき、その傷が治らなければ体の傷も治らない。

 逆に、魂の再生は肉体の再生に変換することもできる。


 法力とは魂の領域――つまり霊的存在に干渉する能力と言い換えることもでき、死んだ魂は虚無へとつながる川に落ちていく。

 それを秘積物で掬い上げることで確保・修復し、肉体もそれに合わせて修復していった。


「同時に、大概の傷も修復したから、疲労感はあるけど痛みとかはないはずだよ」

「なるほど」


 彼女の秘積物の基本能力は、法力を集めることにある。だが本質は『掬い上げる』ことにある。現実ではなく、この世界の法則そのものに対し干渉して、ラタを助けたのだ。


 同時に基地のあった空間の真下、鋼色の液体に呑まれて生命の力を失った大地にも影響し、生命の力を取り戻した。周囲に咲いた花は、その結果だった。

 むろん、心臓を斬り裂かれた即死級の傷を再生させるほどだ。そうやすやすと使えるものではないと彼女は告げる。


「ある意味君とボクは一心同体のような状況だから、あんまりボクから離れないようにね」

 ――じゃないと心臓爆発しちゃうよ。


 と可愛らしく告げたつもりなのだろうが、ラタにとっては死活問題というか本当に胸に爆弾を抱えた状態になるわけだから、笑いごとではない。血の気の引いた顔をするが、彼女は大げさなリアクションだと笑う。


「大丈夫。本気のボクが一緒にいるっていうことは、君を二度も死なせる状況には、絶対にさせやしないってことさ」


 戦闘の余波だろう。機皇軍の基地はすでに崩れ、遮るもののない第二十四番世界の陽光が彼女に向けて差し込んでいく。その姿は、女神と称されるもののように思えた。

 さて、と伸びをして立ち上がった彼女は――


「キミの世界も、ボクが救いに行く」


 そのあまりにも堂々とした宣言に、ラタは何一つ、反論を持たなかった。


 そして彼女は『冥府救済の聖斗』を天に掲げ、その柄頭を地面にぶっ刺した。

 すると、勝手に秘積物は周囲の法力を集め始めた。これは、世界を渡るための準備だ。まだしばらく時間がかかるという彼女は、ラタに十分な休息をとるように勧める。


 ここまで連戦続きで、まともに傷をいたわる暇もなかった。先ほどまで寝ていたわけだが、まだ疲労は体に残っている。

 まだ崩れていない壁に寄り掛かる彼女の傍らで、ラタも同じく壁に背を預ける。


「これで、ようやく帰れるんだな」


 目を閉じなくても、奮闘するアエトスたちの姿は脳裏に浮かぶ。エアリアが機皇を退けたという話だが、まだ奴の本体は第六番世界に残っているという。

 となると、相当お冠な状態であるだろうと想像に難くない。


 下手をすれば、世界の剪定とやらを強行するかもしれない。具体的に何をどうするのかはラタにはわからないが、この世界が大樹の枝先に存在し、それを剪定するというのだから、やりたいことについては想像がつく。


「斬り落とす、っていうことなんだろうな」


 剪定とは、そもそも樹木の成長に伴い枝葉が多くなって風通しが悪くなるのを防いだり、虫害を防止したり、低い位置の枝を切って高い位置の枝に栄養を届けたりする、木の成長をコントロールするための行動だ。そうでなくても大きな果実を育てるために不要な分の果実をもともと育てさせないようにすることもある。


 機皇のやりたいこととは、ようはそういうものを世界単位でやるのだ。星征樹の枝から世界を切り離し、他の世界に養分となる何かを回す。


「エアリア、機皇の言う理想って、なんだと思う?」

「え? ……考えたこともないなあ。問答無用で別世界のヒトたちを攻撃するし、秘積物は盗っていくし、あいつらにとって都合のいい世界、くらいにしか思っていなかった」


 ラタとしても、機皇の掲げる理想とやらがアエトスたちの平穏と幸福を阻害し破壊するものである以上、享受する気はない。


 だが、あれほどまでに使命感に駆られて成し遂げようとする理想とは、いったい何なのか。全く気にならない、というわけではない。


「けど、なんだろうね。あいつ自体は、計画の発起人には思えないんだよね。神都がどうこうとか言っていたし」


 確かに気になる言葉は言っていたと、ラタも頷く。

 あの傲慢な機皇が誰かに仕えるのだろうかという疑問もあるが、本人が神なる都に選ばれたと言っている以上、その都がどこかにあって、機皇に指示を出していたのか。


「考えても仕方ないさ。当面のボクらが戦うべき相手は機皇で、気になるなら殴り倒した後に聞けばいいんだし」


 そう言うと彼女は背中を壁から離し、ラタの方に四つん這いになる形で顔を近づける。


「それよりさ、キミの秘積物、あれどこに行ったの?」

「……俺の秘積物?」


 何の話をしているのかと首を傾げれば、エアリアはラタの右手を取って掌を上に向ける。


 そこには、入れた覚えのない入れ墨のようなものがあった。


「これは、羅針盤?」


 東西南北を示す十字架と、そこに斜めにかかった針が一本。時計の長針のように両端で均一の長さではなく、片方が異様に長い。


「ボクの入れ墨と同じ感じだけど、ラタ」


 妙に懐疑的な視線を送るエアリアに、ラタは少し身を引いてしまう。


「キミ、昔から変なものが見えていたのかい」


 彼女の言いたいことを理解するまで数秒時間がかかったが、彼は肯定として頷いた。


 目を閉じれば、様々なものの周囲に広がるもやもやしたものが見える。ある程度の集中を必要とするが、このおかげで機皇の放った熱閃に対して回避ルートを見つけることができたのだ。この世界に来た当初は一瞬使えなくなっていたが、今は問題なく使える。

 それがどうしたのかと思ったところ、彼女はラタの右掌を見つめたまま答えた。


「キミのその力は、たぶん知らず知らずに秘積物と同調していた結果だと思うよ」

「秘積物と同調していた? 王族でない、俺が?」

「ボクだって第一番世界の王女だとか枢密卿の娘とかそういう設定はないよ」

「設定って……」


 とにかく、お互い特別な家系の出身とか、そういう話ではない。


「秘積物が何を基準にして使い手を選んでいるかはわからない。だけど、キミが他人には見えないものを見えるようになるきっかけとして考えられることが一つ。キミの出身世界の秘積物が、この世界に運び込まれた段階で見えるようになったんだと考えたんだ」


 秘積物の同調が、世界を超えてしまったことで途切れた。だからしばらく目を閉じても何も見えなくなっていたのだ。


 プラネトス共和国に居た頃はオルニス王国と《界遇》していたため見えた。そして今は機皇によってこの世界に持ち込まれ、その身に宿している。これで、ラタはどこに居ても物質の存在を感じ取ることができるだろう。


「名前は、なんだったっけ」

「……『果てなき旅路の道標ラティオイーター』そう言っていたと思う」

ailtaqaa 'akhiraanようやく あえた


 突然聞こえる声に、びくりとラタは肩を震わす。耳に聞こえる声とは違う、右腕を通して何かが伝わってきた、という表現が一番近しいのだろう。そして、何度か呼びかけてきた言葉と、同じものだと思えた。


「エアリア、秘積物が喋りかけてくることって、あるのか?」

「……ないわけじゃないよ。今、ボクには何も聞こえていない。でもキミがそれを聞いたというのなら、間違いなくそれは秘積物自体に宿った意思だよ」


 アエトスや国王、兄王子などではなく、ラタという侍従を選んだこの秘積物の意思。

 ラタ本人にもその思惑は理解しがたかった。なぜ自分なのか。どうして今まではただ周りの物質の存在を感じ取らせるだけだったのか。疑問はいくつかあるが、一つ、分かったことがある。


「俺たちを、導いてくれるのか」


 手を前に掲げた時、輝きとともにその姿は現れた。光が集まってできたそれは、剣のような形をとってラタの手に握られた。


 そして、切っ先から放たれた一筋の光が遠く遥か彼方の空を差す。目を閉じたラタの脳裏には、見えるはずのない故郷の大地が見えた。王城の天辺より高い場所から見下ろした故郷は燃えていて、ところどころでは爆発が巻き起こる。


 この『剣』が物質の存在を感じ取らせるのは、単なる力の副産物にしか過ぎない。

 遥か彼方の景色を見せる、そこに至るための道筋を示す、文字通り『指針』としてあることこそ、この秘積物の本質だ。


「オルニス王国が見えた。今も、戦いが続いている光景が……」

「――そうか。この光の筋を辿れば、直接キミの世界に戻れるかもしれない」


 そもそも、世界を渡る術が不自由なのは、狙いが付けられないからなのだとエアリアは言う。以前ボールを高い位置か低い位置から投げる時を例に出したように、見えないところに正確に投げるのは難しいものだ。


 むろん、エアリアにはこの世界以外の世界が見えるはずもなく、世界を渡るにも半分以上当てずっぽうで世界を移動していたのだという。


「でも、狙いが付けられれば一番下からでも好きな場所に行ける」


 光の先を見つめていたエアリアは、その視線をラタに向ける。


「ラタは、カエルムの一番重要な教義を知っているかい」


 急な話に、ラタは一瞬戸惑うも正直に答える。


「……よくは、知らないな」



″海と大地の浮かぶ全ての空は繋がり、星を征する樹の下で出会う″



 どこか歌うような調子で告げた言葉が、不思議と今のラタには違和感なく聞こえてくる。アエトスならカヒナの話を真剣に聞いていたから暗記していただろうが、ラタはカエルム教会のことに関しては寝ぼけ半分で聞いていたことばかりだった。

 エアリアの告げた言葉に対し、ラタは空を見上げた。


「あらゆる存在たちは、聖なる大樹のもとに集う存在ということを示すほかに、複数存在する世界がいつか接続するということを示すものなんだ」


 それを第一番世界から三番世界は《界遇》という言葉で残していた。


 あまりにも非現実的すぎるものだから、世界平和の標語、程度の間隔でしかほとんどの教徒は認識していない。だが結婚式でカエルムの関係者は『星を征する樹の下』という言葉を発したように、教義の一つとしては残っていた。


 単なる自然崇拝ではなく、この世界そのものの在り方を示していたのだ。


「そのおかげで、啓示みたいなものがもらえた。全部を全部、教えてもらえるわけじゃない。でも、大切なことを教えてくれる。例えば、キミのこととかね」


 なぜ、星征樹がラタを助けるようにエアリアに啓示を出したのか、彼女は理解した。


「キミが、この指針と適合した存在だった。だから必要だと告げてきたんだ」


 エアリアが自由に世界を渡るための羅針盤となる。それがラタの役目なのだ。


 そう告げた彼女の頭に、ピチョンと水滴が落ちた。びっくりして変な声を上げるが、彼女はこれを待っていた。


 初めの一滴。次の数滴。断続的なものから連続した、次第に強くなる天の恵みが遮るもののなくなった基地の中に降り注ぎ、二人の体を濡らしていく。

 同時に、立ち上がったエアリアの足元に新たな法術が展開される。すでに、エアリアの秘積物には大量かつ高濃度の法力が蓄積されていた。


「行けるのか。これで、元の世界に」

「うん。少し離れていて」


 彼女の言う通り距離を置くと、足元の陣はさらに輝きを増す。


「重なり合う七つの色が、大地を繋ぐ弓を描く。繋がれ、大樹が支える二十四の世界!」


 降り注ぐ雨の中に七つの光が広がる。はるか上空へと伸びていくそれは、本来なら遠くの空にしか見えないはずのもの。


「届け、ビフレスト! 標の示す場所へ!」


 果てしないどこかにまで続く虹の架け橋。

 左右に真っ二つに割れる雲の間を、彼女の足元から見えないはるか空の彼方にまで、それは続いていた。


 雨を切り裂いて輝くその美しさに、言いようのない感動をラタは覚えた。何もなければそのままじっと見ていただろうラタの前に、エアリアが腰を落として彼の顔を覗き込む。


「ラタ、一ついいかな」

「な、なんだ?」


 妙に改まった雰囲気のエアリアの声に、生唾を呑み込む。濡れそぼった彼女の髪から雫がゆっくり落ちていくと思えるほど、一瞬の間を長く感じた。

「ボクがキミを助けたのは、大樹がそうするべきだという啓示を与えたから」


 今彼女が場所を指定して世界移動の術を発動できたように、ラタは彼女が世界を救うために必要な要素になると判断されたからだろう。要するに、救世主エアリアを作り出すために必要な部品と判断されたようなものだ。最悪、ラタでなくともよかった。


「だからこれから聞くことは、救世主じゃないボク自身から、キミ自身への問いかけ」


 若干下から見上げてくる真剣な顔は一瞬で崩れ、いたずらっ子染みた笑みに変わった。



「キミとボクとで、世界を救いに行かないか」



 ラタは、今までの人生を、大切な親友とその恋人が幸せになるために捧げてきたと言っても、過言ではない。

 人生の半分以上を戦争の時代に埋め尽くされ、その中でただアエトスとカヒナが求める平和のために、二つの世界の間を走り回ってきた。


 彼らのためだから、がんばれたのだ。


「この星を征する樹の下で出会ったボクたちなら、できるよ」


 今、ラタが立つこの場所は、オルニス王国でもプラネトス共和国でもない。星征樹の最下層。結果的にだが、その地を支配ししていた侵略者を彼は撃退した。きっと初めて、アエトスたち以外のために、全力で戦ったのだろう。


 だから秘積物を右手に戻し、空いた手を差し出されたその手に伸ばした。


「俺を連れて行ってくれ。アエトスとカヒナを、俺たちの世界を救う戦いに」

「それじゃあ、一緒に行こうか。キミの世界へ!」


 ついで、ではない。大切な人たちを救う、そして彼らが暮らす世界も救う。両方を目指し、ラタは立ち上がる。

 二人は手をつないだまま虹の橋に触れ、指先から引っ張られる感覚が全身に広がる。


 虹に沿って、二人の体は浮かび上がっていく。


 これは、オルニス王国に居ても、プラネトス共和国に居ても知れなかったものだ。

 積層世界という存在。知らなかった場所。訪れることなどなかっただろう世界。そんなものが、まだいくらでもある。


 浮かんでいく体の下で、先ほどまでいた花畑が小さくなっていく。原生林が視界を満たす。そしてふと、あるが考えが頭をよぎる。


「なぁ、エアリア」

「なに?」


 思い付きのたわごとだと思いながらも、それを口にしていた。


「俺は主を守るために生きてきたから、その任務を放りだす気はない。けどいつか――それこそ侍従を続けられないくらいになったら、いろんな世界を回って、いろんなヒトを見てみたい。それを、あいつらに伝えられたらって思った」


 虹の先を見つめながら口にした言葉は、本人も驚くくらいすんなりと出てきた。叶えることはないと理解しているが、少しだけ憧れてしまう、願い。


 好奇心から生まれた、気の迷いの産物だ。


「ボクも思っていた。誰かにこの景色を伝えたいって。だからそのためにも、世界は守らなくちゃいけない」


 それをエアリアは肯定する。


「旅の目的は、世界を救うことだったかもしれない。機皇の脅威から人々を守り、各世界の安定を保つ。でも、旅自体は、楽しかった」

「俺が初めてプラネトス共和国を訪れた時、カヒナが出迎えてくれたんだ。アエトスと挨拶を交わして、俺の持っていた荷物を重量軽減の法術で軽くして。世の中には、こんなすごいことができる人がいるんだって、感動した」


 オルニス王国の首都は、王城を中心としたなだらかな丘に城下町が広がっている。対してプラネトス共和国の首都は高層ビルの森だった。


 主食である麦や米も食感が違い、見た目は同じようなソースでも味は全く違った。


「多くの場所があるから、あの二人は出会えた。あいつらのような出会いを、機皇に奪わせたくない」

「ラタは、本当にご主人様のことが大切なんだね」


 彼女ははにかみながらラタを見る。


「キミも新しい出会いのために、しばらく一緒に行かないかい? 楽しいと思うよ」

「無理だって前置きしたはずだが。まあ、考えてみるよ」


 雲を突き抜ける二人。虹の架け橋は雲を超えてもずっと遠くへ伸びている。


「この景色、アエトスが知ったら、羨ましがる光景だろうな」


 空が青から薄暗い群青色に染まっていく。翼を持つ者にのみ許された世界の色だ。

 それさえも超えた時、空は漆黒に塗りつぶされる。青から黒へと変わるコントラストはとうに終わった。黒いキャンバスに散りばめられた星の輝きが視界を埋める。


 この黒い虚無の先に、故郷が待っている。


「オルニス王国に帰還次第、戦闘になると思う」

「任せてよ。たぶん到着までまだ時間がかかるだろうから、準備はしっかりね」

「わかっている。だけど、機皇とまた正面から戦って勝つ自信ははっきり言ってない」


 苦しいが、それもまた事実だった。


「うん。でも、僕らの最優先目標は機皇の排除。あいつさえどうにかすれば、勝機はある」


 たとえ、機皇の背後に何がいたとしても、まずは最前線で戦う者たちを排除するのが先決だ。そのためにできることは、何か。


「できれば、もう一人くらい強力な法術師がいてくれるといいんだけど」

「大神官級の法術師なんて、そう簡単に見つかるものじゃないだろう」

「わかってる。でも何とかなる。そんな気がしてるのさ」


 自信満々に語る彼女の言葉は、どこか、そう思わせてくれる。

 多くのことを、彼女のおかげで知ることができた。そして、多くのものを、彼女は与えてくれた。


 だからこそ、今なら確信を持てる。


「最高の、援軍を連れて行くから」

「行こう、虹の向こうへ」


 二人の視線は、自然と虹の果てへと向けられた。


「アエトス、カヒナ、待っていてくれ」







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