4-2 希望と恐怖と
~第六番・十五番接合世界:オルニス王国首都防衛要塞~
そこは、現在残っているオルニス王国の全戦力の終結地となるはずだった。
現在は銃声と爆発音が飛び交う戦場となっていた。
「伝令! プラネトス共和国より、支援部隊の派遣決定とのこと! 現在出発準備中につき、戦線を維持されたし。以上!」
伝令からの報告を受け取ったのは、アエトスだった。この要塞に、現在国王も兄王子もいなかった。兄王子は現在首都から離れた別の都市要塞に滞在している。首脳部を一ヶ所に固めた結果一網打尽にされることを避けてのことだ。
その分護衛に部隊を裂いてしまうが、兄王子はそれを最小限度の人数に留め、ほとんどの戦力をこの防衛要塞に残していった。
政も戦も全て弟の方が長じていると判断した彼は、自らは囮になるくらいの覚悟だった。
「プラネトスが救援に答えてくれたか。ということは、ラタはそちらに着いたんだな。ならば、カヒナも無事だな」
ラタに対する強い信頼が、彼の心を少し軽くする。
首都防衛要塞に籠もり、首都からやってくる敵を迎撃すること、すでに二日。ラタたちと別れて随分と時間が経ってしまったが、後は家を取り戻して妻を迎えに行くだけだ。
「報告! 国王陛下が、敵軍に捕らえられたとのことです!」
端的な報告は、立ち上がろうとしたアエトスを制止させた。
よりにもよって喜び勇んだタイミングでのこの報告だ。出鼻をくじかれたというより叩き折られたくらいの衝撃だ。
「陛下の最後の伝言です。『俺を優先するな』以上です」
「父上らしい物言いだ。タイミングは最悪だがな」
国王が捕らえられたということは、オルニス王国にとっては実質的な敗北に等しいと言っても過言ではない。王国とはそういうものだ。
「黙って座っていてもどうにもならん。陛下の消息をすぐに調べろ。救出部隊を設立し、敵軍への反撃と同時に救出を試みる」
あくまで反撃のついで。ならば、国王の命令に逆らってはいない。
「まだ親孝行はし足りないんだ。教えてもらわなければいけないことも、いくらでもあるからな」
国王は周辺部隊をまとめ上げて城下町から周囲の都市や村への襲撃に対し、柔軟な対応を取るために遊撃部隊として行動していた。大規模な反撃作戦を準備するアエトスに代わり、国王は民を見捨ててないということを宣伝する目的もあった。
そのこともあってアエトスは着々と準備を進めてこられたのだが、その国王が捕まってしまうとは思っていなかった。
傍らのショット・アックスを手に取り、装填されている法弾を確認する。
散発的な戦闘を繰り返して機皇軍の力を削ぐことで何とかやってきた。
だが、それもすぐに限界が来るだろう。補給さえまともに機能していない今、手元に残っている武器が最後の武器なのだ。
「殿下、援軍は、間に合うのでしょうか?」
部下からの疑問の声に、アエトスは朗らかな笑みを浮かべて答える。
「必ず、ラタが援軍を連れて帰ってくる。だから信じて戦おう。負けないために」
外から喧騒が響いてくる。どうやら機皇軍がまた攻めてきたらしい。
ここは王城からそれなりに距離があり、途中には森や川と言った自然環境もある。ゲリラ戦を展開できたのは、地の利はこちらにあるからだ。
痺れを切らし、いつ森を焼き、川を堰き止めるような行動をとるかわからない。できることは、今のうちにやっておかなければならない。
「迎撃態勢! オルニスの意地と誇りを、奴らに見せてやれ!」
王子の鼓舞に兵士たちも声を上げる。
それも、持ってあと一日、二日。それ以上になれば、物資不足と疲労は軍隊の全体の足を折る。
限界は近い。それを誰よりもアエトスはわかっていた。
◆◆◆
『愚者たちは相変わらずみじめな抵抗を続けている。ラタと言ったか。貴様が、奴らに希望を与えてしまったからだ』
「……何が言いたい」
『もし、貴様が援軍要請の伝達に失敗し、援軍の見込みがないと分かれば、奴らも抵抗を早くにやめただろう。だが貴様が援軍要請を、直接ではないにしろ成功した。結果、奴らはそこに希望を見出したのだ』
だから、未だにゲリラ活動が終了していないと、彼は指摘している。
「つまり、あんたの力が彼らを絶望させられるほど強くなかったってことでしょう!」
エアリアの指摘に聞く耳は持たず、一方的にラタにのみ言葉を告げる。
『やはり時間を与えたのがいけなかった。諸事情があったとはいえ、すぐに戦場に向かっていれば、きっと今頃王子殿も捕えていたことだろう』
どういうわけか、機皇はオルニスとの戦闘には加わっていなかったらしい。そして現在もこうしてラタたちと会話しているということから、戦場にはいない。そのわずかな時間が、アエトスたちに希望をもたらした。
『結果、私は決断した。プラネトス共和国にも、機皇軍を本格的に派遣する。光栄に思うがいい。私自らが出撃したことに加え、こちらの増援部隊の派遣を決定させたのは、貴様らが初めてだ』
少しばかり本気を出す、そう言いたいのだろう。今でもぎりぎりのところ、さらに追加の戦力が投入される。そうなれば、アエトスたちに勝つ術はない。
「いい加減にしろ! 何が望みだ、なんでこんなことをする!?」
『それに関しては何度も説明している。世界の剪定、下等種の淘汰というごく自然なことをしているだけだと。まあ、楽しんでいないと言えば嘘になるがな』
「お前の感性で、勝手に決めるな!!」
ソード・ボウを真っ向から振り下ろすが、機皇の体は容易くその装甲で受け止めた。そして、ないはずの呼吸器官を動かすような動作で、ため息を吐いて見せる。
『実に、実に不愉快だ。貴様のような理解力の低いものに、これだけ丁寧な対応をしているというのに、その態度。まるで獣と変わらない』
刃を弾かれ、反撃が来る前にラタは下がる。機皇の腕に装備された鎌は、彼の服を薄く切り裂いていた。
『実力の差が、わかっていないらしいな。私は、世界の剪定者なんだぞ』
機皇の言葉から湧き出る禍々しいとしか言いようのない気配に、ラタは背筋が凍り付くような気がした。顔からは血の気が引き、構えた刃の切っ先がぶれる。
『今はオルニス王家の拿捕よりも、貴様らの排除を優先することにした。万に一つの勝ち目も、貴様らには与えない!』
そう言って、機皇の体は一瞬停止した。
「まずい、奴の意識が世界を渡ってくる!」
その前に、とでも言いたいのか、機皇へ向けてエアリアは駆け出した。何を感じ取ったかは知らないが、きっとそれは事実なのだろう。
ラタが第六番世界から虚無の海に放り出されたようとしたのを感知したというエアリアだ。世界を超えてくる機皇の本体の意識だって、感知できてもおかしくはない。
「今のうちに、砕く!」
『残念ながら時間切れだ』
止まっていた巨体の顔が動き出すと、その両目は赤い輝きを放つ。同時に、強靭な法力の壁がエアリアの拳を遮断した。
部屋の外にまで一気に押し返されたエアリアとは対照的に、ラタはゆっくりと、一歩ずつ後ろに下がっていた。
昆虫のような多脚をゆっくりと動かしながら迫る機皇から、彼は一定の距離を取ろうとしていたのだ。機皇という存在に対し、彼は無意識に逃げていた。
「こんな木偶人形、さっさと倒して秘積物を開放しよう。ラタ、援護をお願いね!」
グッと拳を握るエアリアだが、ラタは彼女の言葉には答えられなかった。手足の震えが止まらず、まともに剣を構えることもできない。
ラタの剣は、恐怖の鎖に巻き付かれて垂れ下っていた。
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